いつかあなたに食べられる日まで~元社畜女子はもふもふに癒やされる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第8章 ふたりだけで結婚式

4.一生、お前だけを愛すると誓う

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夕方になって迎えに来た馬車で村に帰る。
もう一泊して明日、街へ帰ることになった。

夕食の席で少し躊躇ったあと、レオンが口を開いた。

「おじさん。
俺はチハルと番になりました」

「……本気か?」

ナイフとフォークを置き、バルドゥルさんがナプキンで口を拭く。

「はい。
今日、ふたりだけでチハルの生まれ故郷の方法で番の誓いを立てました。
チハルと俺はもう、番です」

「……はぁーっ」

バルドゥルさんの口から、大きなため息が落ちていく。

「お前は私の忠告をまったく理解していないみたいだな」

レオンを睨んだバルドゥルさんの瞳は、怒りよりも悲しみに満ちていた。

「理解したからこそ、です」

真っ直ぐにレオンがバルドゥルさんを見つめ返す。
その瞳に何事かを読み取ったのか、バルドゥルさんは再び、はぁーっ、とため息を吐きだした。

「とりあえず、おめでとうと言っておくよ」

「ありがとうございます」

祝福するよりも哀れむその言葉に、さらに胸のざわめきが大きくなった。

食後はおじさんと話があるからと、先に部屋へ帰された。

「レオン、なに考えているんだろう……」

ハンカチを広げ、そこに挟んだ花の指環を眺める。
本来ならこんなの、にやけまくってベッドの上をごろごろし、ジタバタ暴れる案件なのだ。
なのにそれよりも、不安の方が心のほとんどを占めていた。

「まさか……ううん、だって、一緒にいるって誓ってくれたし」

思い浮かんだ考えを振り払う。
この結婚生活には大きな不安があるのはわかっている。
次は、レオンに食べられるかもしれない。
ううん、次はそうじゃなくてもその次。
もしかしたらその次の次。
その危険を冒してでも、私はレオンと一緒にいたい。

「なんだ、まだ起きてたのか」

「あー、うん」

曖昧な笑みをレオンに向ける。

「眠れないならお茶をもらってくるか」

「大丈夫、なので」

「そうか」

服を脱いでベッドに入ってきたレオンの胸に、額をつけてくっついた。

「……チハル?」

……バルドゥルさんとなにを話していたんですか?

訊きたいはずなのにそれは、喉に引っかかって出てこない。

「……今日はこうやって、レオンの体温を感じながら寝させてください」

「……ああ」

レオンがそっと、私を抱き寄せる。
とくん、とくんと優しい心臓の音を聞きながら、目を閉じた。

「……レオンが好き」

「……」

「……レオンが好き、だから」

「……」

レオンからの返事はない。
ただ、私の肩に触れる手に力が入った。



朝、鏡を見たら目は真っ赤になっていた。

「チハル、白ウサギみたいな目になってるぞ」

レオンは笑っているが、どこか元気がない。
きっと彼だって白目が見えていたら、真っ赤になっているだろう。

「た、たまにはそんな日もありますよ」

ハンカチの間に挟んだ花の指環を確認し、ポケットへとしまって一緒に食堂へと向かう。

「おはようございます」

「おはよう」

先に食堂へ来ていたバルドゥルさんが迎えてくれる。

「今日は街へ帰るんだったな。
馬車で送らせよう。
そうじゃないとお嬢さんを歩かせてしまうからな」

「ありがとうございます」

昨日と変わらない朝食、きっと昨日からの不安は私の思い過ごし。

朝食が終わり、支度が終わってもレオンは私に首輪をつけなかった。

「レオン、首輪はいいんですか……?」

「……ん!?
ああ。
おじさんの馬車だろ、なら必要はない」

レオンはなんでもない顔で私のあたまをぽんぽんしたが、……嘘、ついてない?

「じゃあ、お世話になりました」

「……」

馬車で帰ると言ったのに、玄関前には停まっていなかった。
あんなに大量に買った、私の荷物もない。

「レオン……?」

不安で、不安で、レオンの顔を見上げる。
しばらく私を見つめたあと、レオンはそっと私の背中を押した。

「……おじさん。
チハルをよろしくお願いします」

「ああ、任せておけ」

バルドゥルさんが私の腕を取る。

「レオン。
……なに、言ってるの?」

振り返ると彼は、私から顔を背けた。

「お嬢さんはここに残るんだ」

「レオン。
本気、なの?
ずっと一緒にいるって誓ったのは嘘なの!?」

レオンは私を見てさえくれない。
引き留めようとするバルドゥルさんの手から逃れようと、身体を捩った。

「レオン……!」

「……俺はチハルを食いたくないんだ」

ぼそりと落とされた声は、酷く思い詰めていた。

「一昨日の夜のことを言ってるの?
レオンは私を食べなかったじゃない。
だから、これからだって……!」

希望的観測だってわかっている。
私が悲痛な叫びを上げても、レオンは振り返ってくれなかった。

「一昨日は食わなくて済んでも、きっといつか俺はチハルを食う」

「だったら、プラトニックな関係でいればいいじゃない!」

「俺は!
そんな我慢ができない!
わかってくれ、チハル……!」

三歩の距離を勢いよく引き返し、私の服を掴んでレオンが口付ける。

「……一生、お前だけを愛すると誓う」

突き放すように服を離し、逃げるようにレオンが去っていく。

「レオン、待って……!」

必死に私がレオンを追いかけようとし、バルドゥルさんの手に力が入る。

……と。

「レ……あ゛あ゛ーっ!!」

突然、肩に焼けるような痛みを感じ、獣の咆哮のような悲鳴が上がった。
レオンが私を振り返り、目を見張る。

「……レオン、待って……」

肩の痛みは凄まじいが、その代わり私を引き留めるものはなにもなくなった。
痛みを堪え、一歩、二歩と彼の方へ踏み出す。

「……、……!」

それをしばらくレオンは見ていたが、俯いて強く手を握りしめたあと、振り切るように足早に去っていった。

「……レオン、まっ、て……」

力尽きてその場にぺたんと座り込む。

「おい、誰か医者を!」

周りが騒がしい。
無意識に痛む肩を触った手は、真っ赤に染まっていた。

「……なん、で?
レ、オン……?」

「しっかりしろ、お嬢さん!」

私を抱き抱える、バルドゥルさんの姿が霞んで見える。

「……レ……オ……ン……」

まもなく、意識は途切れた。
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