愛している、だから殺した。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
1 / 29
第一章 あなたを殺してもよろしいでしょうか

1-1

しおりを挟む
会社近くにある公園でひとり、膝を抱えてベンチで丸くなっていたところ、愛未めぐみは知らない男から声をかけられた。

「あなたを好きになってしまいました。
殺してもよろしいでしょうか」

顔を上げると、しゃがみ込んで愛未と視線を合わせた男が、銀縁スクエアの眼鏡の奥から真っ直ぐに自分を見ている。
それはふざけている様子などなく、至極真面目に見えた。
しかし、殺していいかと聞かれて、よろしくお願いしますなんて言えるわけがない。
危ない人に絡まれたと思い、愛未はそそくさとその場を逃げだした。

住んでいるマンションに帰り、シャワーを浴びながら先程の男を思い出す。

……変な人、だったな。

まさか、聞けば殺させてくれるとでも思ったのだろうか。
そういえば〝好きになった〟とか言っていたが、あれは本気なのだろうか。
ううん、恋なんてもう二度としたくない。
あれが本当に恋だったのかは甚だ疑問だが。

愛未が、付き合っている上司の飯田いいだあきらと喧嘩をしたのは、つい三日前の話だ。
もっとも、あれは喧嘩と言えるかどうか。
とにかく、言い争いから一方的に、飯田から愛未は蹂躙さればかりだった。

きっかけは些細なこと……というよりも、愛未がそれに気づけない脳天気な人間だっただけに過ぎない。
飯田は、既婚者だったのだ。
いや、それ自体は最初から知っていた。
知っていて付き合った。
それほどまでに愛未は、会社で孤立していた。
孤立していた理由はきっと、愛未の性格だろう。
といっても愛未が傲慢だとか、反対に卑屈だとかいうわけではない。
よく言えば何事にも控えめ、悪く言えば人の顔色をうかがっている。
しかし、男性にはよいほうに見え、さらになにかと目をかけられていれば、女性から敵視されるのは道理だろう。
しかも女性たちから疎外されるにつれて、男性たちの態度も微妙になっていった。
誰だっていらん火の粉には降りかかられたくない。

そんなわけで、愛未は会社で孤立していた。
そこに、声をかけてきたのが飯田だ。

『可哀想に。
鈴木すずきはなにもしてないのにな』

その言葉が愛未には、酷く優しく聞こえた。
飯田だけが自分をわかってくれる気がした。
だから身体を求められ――拒否、できなかった。
それに。

『妻とは上手くいってないんだ』

そんな、不倫男性の常套文句を愛未は本気で信じていた。
だからきっと、そのうち飯田は奥さんと別れて自分と結婚してくれる。
本気でそんなふうに考えていた。
しかし先週末の休日、愛未が見たのはマタニティマークをつけた奥さんと仲睦まじく歩く飯田の姿だった。

ただひと言、嘘をついていたのかと聞けば終わりなのだとわかっていた。
けれど縋る相手が飯田しかいない愛未には、たったそれだけが言えない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白椿の咲く日~ひそかな恋、遠い日の思いは

紫さゆり
恋愛
結婚を控えた真由子は、久しぶりに異母姉の稚子(わかこ)と会う。 真由子の母の雪江は、大学教授であり著名な歌人の水上実之(みなかみさねゆき)の後添いとして水上家に嫁いだ。 婚約者の諒人(りょうと)のことなど、真由子は稚子と色々語り合ううち、庭の白椿の木は真由子がなついていた異母兄、靖之が植えたものだと知る。 白椿の木をめぐっての、ひそかな大人の恋物語です。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

恋した悪役令嬢は余命一年でした

葉方萌生
恋愛
イーギス国で暮らすハーマス公爵は、出来の良い2歳年下の弟に劣等感を抱きつつ、王位継承者として日々勉学に励んでいる。 そんな彼の元に突如現れたブロンズ色の髪の毛をしたルミ。彼女は隣国で悪役令嬢として名を馳せていたのだが、どうも噂に聞く彼女とは様子が違っていて……!?

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

【完結】恋人代行サービス

山田森湖
恋愛
就職に失敗した彼女が選んだのは、“恋人を演じる”仕事。 元恋人への当てつけで雇われた彼との二ヶ月の契約が、やがて本物の恋に変わっていく――。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて  

設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。 ◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。   ご了承ください。 斉藤准一 税理士事務所勤務35才 斎藤紀子    娘 7才  毒妻:  斉藤淳子  専業主婦   33才 金遣いが荒い 高橋砂央里  会社員    27才    山本隆行  オートバックス社員 25才    西野秀行   薬剤師   22才  岡田とま子  主婦    54才   深田睦子  見合い相手  22才 ――――――――――――――――――――――― ❧イラストはAI生成画像自作 2025.3.3 再☑済み😇

処理中です...