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第一章 あなたを殺してもよろしいでしょうか
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会社近くにある公園でひとり、膝を抱えてベンチで丸くなっていたところ、愛未は知らない男から声をかけられた。
「あなたを好きになってしまいました。
殺してもよろしいでしょうか」
顔を上げると、しゃがみ込んで愛未と視線を合わせた男が、銀縁スクエアの眼鏡の奥から真っ直ぐに自分を見ている。
それはふざけている様子などなく、至極真面目に見えた。
しかし、殺していいかと聞かれて、よろしくお願いしますなんて言えるわけがない。
危ない人に絡まれたと思い、愛未はそそくさとその場を逃げだした。
住んでいるマンションに帰り、シャワーを浴びながら先程の男を思い出す。
……変な人、だったな。
まさか、聞けば殺させてくれるとでも思ったのだろうか。
そういえば〝好きになった〟とか言っていたが、あれは本気なのだろうか。
ううん、恋なんてもう二度としたくない。
あれが本当に恋だったのかは甚だ疑問だが。
愛未が、付き合っている上司の飯田明と喧嘩をしたのは、つい三日前の話だ。
もっとも、あれは喧嘩と言えるかどうか。
とにかく、言い争いから一方的に、飯田から愛未は蹂躙さればかりだった。
きっかけは些細なこと……というよりも、愛未がそれに気づけない脳天気な人間だっただけに過ぎない。
飯田は、既婚者だったのだ。
いや、それ自体は最初から知っていた。
知っていて付き合った。
それほどまでに愛未は、会社で孤立していた。
孤立していた理由はきっと、愛未の性格だろう。
といっても愛未が傲慢だとか、反対に卑屈だとかいうわけではない。
よく言えば何事にも控えめ、悪く言えば人の顔色をうかがっている。
しかし、男性にはよいほうに見え、さらになにかと目をかけられていれば、女性から敵視されるのは道理だろう。
しかも女性たちから疎外されるにつれて、男性たちの態度も微妙になっていった。
誰だっていらん火の粉には降りかかられたくない。
そんなわけで、愛未は会社で孤立していた。
そこに、声をかけてきたのが飯田だ。
『可哀想に。
鈴木はなにもしてないのにな』
その言葉が愛未には、酷く優しく聞こえた。
飯田だけが自分をわかってくれる気がした。
だから身体を求められ――拒否、できなかった。
それに。
『妻とは上手くいってないんだ』
そんな、不倫男性の常套文句を愛未は本気で信じていた。
だからきっと、そのうち飯田は奥さんと別れて自分と結婚してくれる。
本気でそんなふうに考えていた。
しかし先週末の休日、愛未が見たのはマタニティマークをつけた奥さんと仲睦まじく歩く飯田の姿だった。
ただひと言、嘘をついていたのかと聞けば終わりなのだとわかっていた。
けれど縋る相手が飯田しかいない愛未には、たったそれだけが言えない。
「あなたを好きになってしまいました。
殺してもよろしいでしょうか」
顔を上げると、しゃがみ込んで愛未と視線を合わせた男が、銀縁スクエアの眼鏡の奥から真っ直ぐに自分を見ている。
それはふざけている様子などなく、至極真面目に見えた。
しかし、殺していいかと聞かれて、よろしくお願いしますなんて言えるわけがない。
危ない人に絡まれたと思い、愛未はそそくさとその場を逃げだした。
住んでいるマンションに帰り、シャワーを浴びながら先程の男を思い出す。
……変な人、だったな。
まさか、聞けば殺させてくれるとでも思ったのだろうか。
そういえば〝好きになった〟とか言っていたが、あれは本気なのだろうか。
ううん、恋なんてもう二度としたくない。
あれが本当に恋だったのかは甚だ疑問だが。
愛未が、付き合っている上司の飯田明と喧嘩をしたのは、つい三日前の話だ。
もっとも、あれは喧嘩と言えるかどうか。
とにかく、言い争いから一方的に、飯田から愛未は蹂躙さればかりだった。
きっかけは些細なこと……というよりも、愛未がそれに気づけない脳天気な人間だっただけに過ぎない。
飯田は、既婚者だったのだ。
いや、それ自体は最初から知っていた。
知っていて付き合った。
それほどまでに愛未は、会社で孤立していた。
孤立していた理由はきっと、愛未の性格だろう。
といっても愛未が傲慢だとか、反対に卑屈だとかいうわけではない。
よく言えば何事にも控えめ、悪く言えば人の顔色をうかがっている。
しかし、男性にはよいほうに見え、さらになにかと目をかけられていれば、女性から敵視されるのは道理だろう。
しかも女性たちから疎外されるにつれて、男性たちの態度も微妙になっていった。
誰だっていらん火の粉には降りかかられたくない。
そんなわけで、愛未は会社で孤立していた。
そこに、声をかけてきたのが飯田だ。
『可哀想に。
鈴木はなにもしてないのにな』
その言葉が愛未には、酷く優しく聞こえた。
飯田だけが自分をわかってくれる気がした。
だから身体を求められ――拒否、できなかった。
それに。
『妻とは上手くいってないんだ』
そんな、不倫男性の常套文句を愛未は本気で信じていた。
だからきっと、そのうち飯田は奥さんと別れて自分と結婚してくれる。
本気でそんなふうに考えていた。
しかし先週末の休日、愛未が見たのはマタニティマークをつけた奥さんと仲睦まじく歩く飯田の姿だった。
ただひと言、嘘をついていたのかと聞けば終わりなのだとわかっていた。
けれど縋る相手が飯田しかいない愛未には、たったそれだけが言えない。
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❧イラストはAI生成画像自作
2025.3.3 再☑済み😇
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