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第一章 あなたを殺してもよろしいでしょうか
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翌日も愛未は、公園のベンチに座っていた。
今日も飯田から、俺からは逃げられないのだとさりげなく釘を刺された。
早く、楽になりたい。
心の底からそう、渇望する。
もう、あの人には会えないんだろうか。
「僕に殺される気になりましたか」
声をかけられて顔を上げる。
そこには、昨日の男が立っていた。
台詞と会っていない、にこやかに笑っている彼を見て、彼になら殺されていいと思えた。
「……はい。
苦しまないように、殺してくださいね」
男を見上げ、もう固まってしまったと思っていた表情筋を動かして、僅かに笑う。
それを見て男は、シャッターでも降りたかのように急に真顔になった。
「食事に、行きませんか」
「えっと……」
まさか、この場でさくっと殺してもらえるだなんて思っていない。
それでも、予想外の誘いに困惑した。
今から殺そうという相手を、食事に誘ってどうしようというのだろう。
「最後に美味しいものを食べるのも、悪くないでしょう?」
困ったように笑い、男が愛未の手を取る。
なんとなくそれに促され、立ち上がった。
今の状況で食事なんてできようはずがない。
あれから、水以外なにも喉を通らなかった。
それでもこうやって彼と歩いているのは、彼が優しそうに見えたからに過ぎない。
男は近くのイタリアンに愛未を連れてきてくれた。
「なに、食べますか?」
「……ワイン」
メニューを閉じ、目を伏せてそれだけを短く落とす。
「わかりました」
店員を呼び、男は手際よく注文していく。
ボトルの白ワイン、ピザにサラダと肉盛り合わせ。
ひとりで食べるにしては多い気がしたが、自分の分も取ったのだろうか。
「どうぞ」
すぐに運ばれてきたワインのボトルを男が差し出すので、グラスで受ける。
注がれたワインを無言で口に含む。
けれどそれは愛未にとってなんの味も香りもない、喉を焼くただの水だった。
「じゃあ、自己紹介しますね」
ワインをひとくち飲み、男が改まって座り直す。
「野間真人といいます。
二十八歳、弁護士をしています」
「……弁護士?」
長めの前髪をセンター分けにし、銀縁スクエアの眼鏡をかけている彼は誠実そうで、いかにも弁護士といった風貌だ。
よく見れば、スーツの衿には弁護士を示す、ひまわりのバッジが付いている。
しかし、正義の味方の代名詞と言えるような職業の男が、自分を殺したいなんて言うのだろうか。
「あ、疑ってますね」
彼はご丁寧にも、身分証まで見せてきた。
写真も本人だし、偽造でなければ確かに彼は弁護士なのだろう。
「……弁護士さんがどうして、私を殺したいなんて言うんですか」
テーブルの上だけを見つめ、ちびちびとワインを飲む。
愛未のグラスが空になると、すかさず野間がワインを注いでくれた。
「あなたを、好きになったからです」
彼の声は真剣だが、やはり冗談を言っているようにしか聞こえない。
「……どうして、好きになったら殺したくなるんですか?
……ううん、そもそも私の、どこが好きなんですか?」
出会ったのは昨日、あれが初めてのはずだ。
まさか、一目惚れとかないだろう。
「あの公園、僕の通勤路なんです。
それで一昨日の帰りに、あなたを見かけました。
今にも消えてしまいそうなほど儚いあなたを、守ってあげたいと思いました」
「……守って、あげたい」
それは、飯田に言われたのと同じ言葉だった。
『愛未は守ってあげたいって庇護欲を掻き立てるんだよな』
前に彼は、そう言って笑っていた。
あの頃は飯田に守られる幸せを感じていたが、あれは全部、愛未になにも考えさせないためだったと今ならわかる。
「……そんなの、全然嬉しくありません」
もう、そんな甘い言葉で自由を奪われたくない。
いや、もう死ぬのだからどうでもいいか。
「……そうですか」
野間の声は沈んでいるように聞こえた。
それでも、もうそんな理由で好きになられるのは嫌だ。
今日も飯田から、俺からは逃げられないのだとさりげなく釘を刺された。
早く、楽になりたい。
心の底からそう、渇望する。
もう、あの人には会えないんだろうか。
「僕に殺される気になりましたか」
声をかけられて顔を上げる。
そこには、昨日の男が立っていた。
台詞と会っていない、にこやかに笑っている彼を見て、彼になら殺されていいと思えた。
「……はい。
苦しまないように、殺してくださいね」
男を見上げ、もう固まってしまったと思っていた表情筋を動かして、僅かに笑う。
それを見て男は、シャッターでも降りたかのように急に真顔になった。
「食事に、行きませんか」
「えっと……」
まさか、この場でさくっと殺してもらえるだなんて思っていない。
それでも、予想外の誘いに困惑した。
今から殺そうという相手を、食事に誘ってどうしようというのだろう。
「最後に美味しいものを食べるのも、悪くないでしょう?」
困ったように笑い、男が愛未の手を取る。
なんとなくそれに促され、立ち上がった。
今の状況で食事なんてできようはずがない。
あれから、水以外なにも喉を通らなかった。
それでもこうやって彼と歩いているのは、彼が優しそうに見えたからに過ぎない。
男は近くのイタリアンに愛未を連れてきてくれた。
「なに、食べますか?」
「……ワイン」
メニューを閉じ、目を伏せてそれだけを短く落とす。
「わかりました」
店員を呼び、男は手際よく注文していく。
ボトルの白ワイン、ピザにサラダと肉盛り合わせ。
ひとりで食べるにしては多い気がしたが、自分の分も取ったのだろうか。
「どうぞ」
すぐに運ばれてきたワインのボトルを男が差し出すので、グラスで受ける。
注がれたワインを無言で口に含む。
けれどそれは愛未にとってなんの味も香りもない、喉を焼くただの水だった。
「じゃあ、自己紹介しますね」
ワインをひとくち飲み、男が改まって座り直す。
「野間真人といいます。
二十八歳、弁護士をしています」
「……弁護士?」
長めの前髪をセンター分けにし、銀縁スクエアの眼鏡をかけている彼は誠実そうで、いかにも弁護士といった風貌だ。
よく見れば、スーツの衿には弁護士を示す、ひまわりのバッジが付いている。
しかし、正義の味方の代名詞と言えるような職業の男が、自分を殺したいなんて言うのだろうか。
「あ、疑ってますね」
彼はご丁寧にも、身分証まで見せてきた。
写真も本人だし、偽造でなければ確かに彼は弁護士なのだろう。
「……弁護士さんがどうして、私を殺したいなんて言うんですか」
テーブルの上だけを見つめ、ちびちびとワインを飲む。
愛未のグラスが空になると、すかさず野間がワインを注いでくれた。
「あなたを、好きになったからです」
彼の声は真剣だが、やはり冗談を言っているようにしか聞こえない。
「……どうして、好きになったら殺したくなるんですか?
……ううん、そもそも私の、どこが好きなんですか?」
出会ったのは昨日、あれが初めてのはずだ。
まさか、一目惚れとかないだろう。
「あの公園、僕の通勤路なんです。
それで一昨日の帰りに、あなたを見かけました。
今にも消えてしまいそうなほど儚いあなたを、守ってあげたいと思いました」
「……守って、あげたい」
それは、飯田に言われたのと同じ言葉だった。
『愛未は守ってあげたいって庇護欲を掻き立てるんだよな』
前に彼は、そう言って笑っていた。
あの頃は飯田に守られる幸せを感じていたが、あれは全部、愛未になにも考えさせないためだったと今ならわかる。
「……そんなの、全然嬉しくありません」
もう、そんな甘い言葉で自由を奪われたくない。
いや、もう死ぬのだからどうでもいいか。
「……そうですか」
野間の声は沈んでいるように聞こえた。
それでも、もうそんな理由で好きになられるのは嫌だ。
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