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第一章 あなたを殺してもよろしいでしょうか
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翌日、会社に行く愛未の足は鉛のように重い。
飯田と顔を合わせたくない。
いっそ、休もうかと思ったが、そんなの彼に問いただされるだけだ。
「鈴木。
資料、助かった」
「あ、……はい」
爽やかにお礼を言う飯田に、曖昧に笑って返す。
昨日のことはなかったかのように、彼は会社ではいい上司を演じていた。
昼は社食に行ったものの、トレイにのったうどんはまったく減っていない。
これからのことを考えると、どんどん憂鬱になって胃が痛くなっていった。
きっと飯田は、愛未を逃がしてはくれないだろう。
いっそ、会社を辞めようかと考えたが、次の就活が上手くいくとは思えない。
それに、それで飯田が諦めてくれる保証もどこにもなかった。
「鈴木」
どんよりとした気持ちで目の前の丼を見つめていたら、前の席に飯田が座った。
「どうした?
全然食べてないじゃないか。
どこか悪いのか?」
昨日、愛未を暴行しておきながら、親切面して心配してくる彼に吐き気がする。
「……待てよ」
黙って立とうとしたら、不満そうに止められた。
仕方なく、浮かしかけた腰を元に戻す。
なにも聞きたくない、なにも言われたくない。
耳を塞ぎたかったが我慢し、硬く俯いて丼の中のうどんを凝視した。
「怒ってるのか」
反対に、あれで怒らない人間がいるのか聞いてみたい。
黙っていたら呆れたように飯田がため息を落とした。
おかげで身体が、びくんと反応する。
周りの声が、酷く遠い。
この世界にはまるで、自分と飯田しかいないかのように感じた。
「昨日は悪かった」
飯田は謝ってみせたが、きっとこれは口先だけだ。
わかっているのに喜びそうになっている自分がいる。
しかし愛未は自分に、これは彼のいつもの嘘だと言い聞かせた。
「でも、お前も悪いんだぞ。
あんなことを言うから」
いかにも愛未が悪いような言い分だが、あれは自分が悪いのだろうか。
いや、悪いのは愛未に嘘をついていた飯田のはずだ。
それに、妻がいるのに愛未を口説き、不倫していた彼に非はないとは言えないだろう。
「なに、黙ってるんだよ」
飯田の視線が愛未を刺す。
それでもそれにはなにも答えなかった。
もう彼になにも言いたくない。
それが、彼女の正直な気持ちだった。
「まあいい。
……俺から逃げたらどうなるか。
それだけわかっていればいい」
ニィッと、飯田が醜く唇を歪める。
心臓がどっど、どっどと、今にも口から飛び出しそうなほど速く鼓動し、目の前がくらくらした。
嫌な汗を掻き、指先から冷えていく。
「じゃ、お先」
そのあとは無言で残りを食べ、飯田は去っていった。
ひとりになってなお、愛未は黙って座っていた。
そのうち、食堂でひとりっきりになっているのに気づいて、のろのろと立ち上がる。
愛未の世界は崩壊し、抜け殻だけが動いていた。
仕事は終わったものの飯田の気配のある自分の部屋には帰りたくなくて、愛未は会社近くの公園でベンチに座り、膝を抱えて丸くなった。
虚ろな目で行き交う人々を眺める。
あの、幸せそうな人たちの中に自分の居場所はない。
どこで間違ったのか考えるが、あんな男に簡単に騙されるような自分が悪いのだろう。
だんだんと人もまばらになり、そのうち誰もいなくなる。
帰らなければと思うが、一歩も動けない。
そのまま、長いことそこにいた。
空が白み始め、気の早い人々が活動し始める。
そうなってようやく愛未は立ち上がり、住んでいるマンションへ帰った。
シャワーを浴びて身支度をし、また出勤する。
淡々と仕事をこなし、今日もまた公園のベンチに座った。
そこで、件の男から殺していいかと声をかけられたわけだ。
ベッドに寝転び、天井を見上げる。
……あの人、私を殺したいと言っていた。
好き、というのはまったく理解できないけれど。
死んだら、飯田課長から逃げられるのかな。
死んだら――永遠に続くとも思えるこの苦しみから解放されるのかな。
苦しまないように殺してくれと頼んだら、あの人はそうしてくれるのだろうか。
自分から死ぬ勇気はないが、楽に殺してくれるんなら悪くない。
愛未の心は次第に、死へと傾いていった。
飯田と顔を合わせたくない。
いっそ、休もうかと思ったが、そんなの彼に問いただされるだけだ。
「鈴木。
資料、助かった」
「あ、……はい」
爽やかにお礼を言う飯田に、曖昧に笑って返す。
昨日のことはなかったかのように、彼は会社ではいい上司を演じていた。
昼は社食に行ったものの、トレイにのったうどんはまったく減っていない。
これからのことを考えると、どんどん憂鬱になって胃が痛くなっていった。
きっと飯田は、愛未を逃がしてはくれないだろう。
いっそ、会社を辞めようかと考えたが、次の就活が上手くいくとは思えない。
それに、それで飯田が諦めてくれる保証もどこにもなかった。
「鈴木」
どんよりとした気持ちで目の前の丼を見つめていたら、前の席に飯田が座った。
「どうした?
全然食べてないじゃないか。
どこか悪いのか?」
昨日、愛未を暴行しておきながら、親切面して心配してくる彼に吐き気がする。
「……待てよ」
黙って立とうとしたら、不満そうに止められた。
仕方なく、浮かしかけた腰を元に戻す。
なにも聞きたくない、なにも言われたくない。
耳を塞ぎたかったが我慢し、硬く俯いて丼の中のうどんを凝視した。
「怒ってるのか」
反対に、あれで怒らない人間がいるのか聞いてみたい。
黙っていたら呆れたように飯田がため息を落とした。
おかげで身体が、びくんと反応する。
周りの声が、酷く遠い。
この世界にはまるで、自分と飯田しかいないかのように感じた。
「昨日は悪かった」
飯田は謝ってみせたが、きっとこれは口先だけだ。
わかっているのに喜びそうになっている自分がいる。
しかし愛未は自分に、これは彼のいつもの嘘だと言い聞かせた。
「でも、お前も悪いんだぞ。
あんなことを言うから」
いかにも愛未が悪いような言い分だが、あれは自分が悪いのだろうか。
いや、悪いのは愛未に嘘をついていた飯田のはずだ。
それに、妻がいるのに愛未を口説き、不倫していた彼に非はないとは言えないだろう。
「なに、黙ってるんだよ」
飯田の視線が愛未を刺す。
それでもそれにはなにも答えなかった。
もう彼になにも言いたくない。
それが、彼女の正直な気持ちだった。
「まあいい。
……俺から逃げたらどうなるか。
それだけわかっていればいい」
ニィッと、飯田が醜く唇を歪める。
心臓がどっど、どっどと、今にも口から飛び出しそうなほど速く鼓動し、目の前がくらくらした。
嫌な汗を掻き、指先から冷えていく。
「じゃ、お先」
そのあとは無言で残りを食べ、飯田は去っていった。
ひとりになってなお、愛未は黙って座っていた。
そのうち、食堂でひとりっきりになっているのに気づいて、のろのろと立ち上がる。
愛未の世界は崩壊し、抜け殻だけが動いていた。
仕事は終わったものの飯田の気配のある自分の部屋には帰りたくなくて、愛未は会社近くの公園でベンチに座り、膝を抱えて丸くなった。
虚ろな目で行き交う人々を眺める。
あの、幸せそうな人たちの中に自分の居場所はない。
どこで間違ったのか考えるが、あんな男に簡単に騙されるような自分が悪いのだろう。
だんだんと人もまばらになり、そのうち誰もいなくなる。
帰らなければと思うが、一歩も動けない。
そのまま、長いことそこにいた。
空が白み始め、気の早い人々が活動し始める。
そうなってようやく愛未は立ち上がり、住んでいるマンションへ帰った。
シャワーを浴びて身支度をし、また出勤する。
淡々と仕事をこなし、今日もまた公園のベンチに座った。
そこで、件の男から殺していいかと声をかけられたわけだ。
ベッドに寝転び、天井を見上げる。
……あの人、私を殺したいと言っていた。
好き、というのはまったく理解できないけれど。
死んだら、飯田課長から逃げられるのかな。
死んだら――永遠に続くとも思えるこの苦しみから解放されるのかな。
苦しまないように殺してくれと頼んだら、あの人はそうしてくれるのだろうか。
自分から死ぬ勇気はないが、楽に殺してくれるんなら悪くない。
愛未の心は次第に、死へと傾いていった。
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貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
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