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3.やっぱり歯医者は行きたくない

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予約のときに次回は一時間くらいかかるって云われて、断りそうになった。
仕方なく、仕事が休みの土曜日に予約を入れる。

どんよりと暗い気持ちで家に帰ると、千草からメッセージが入ってた。

“どうだった?
ちゃんと行った?”
 
小さい子並みに信用されてないよ。

“行ったけど。
抜かなきゃダメだって。
あと、痛くない治療とか、嘘。
痛かったもん”

“そうなの?
おかしいな。
でも、歯科医が若くてイケメンで優しい、って”
 
は?
なにそれ。

“確かに若かったけど。
マスクマジックじゃない?
それにぜんぜん優しくなかったし”

そうだ、そうだ。
優しくなんてなかった。
無駄に痛いとこ、ツンツンされたし。
なんかそれで、喜んでるみたいだったし。

“優しくないどころかドSだった”

“ご愁傷様。
だからといって、もう行かないとかダメだからね。
最後まで治療すること”

“はいはい、わかりました”
 
既読が付いたことを確認して画面を閉じる。

……イケメン、あれが?

眼鏡の奥の瞳がわずかに笑ってたのを思い出し、とたんに顔が熱くなる。

……いやいや。
絶対マスクマジックだって。
あのマスクとったら、不細工なんだよ、きっと。
ドSで不細工って最悪じゃない?

さんざんひとりで文句を云ったものの。
腕は確かなのか、その夜から歯は痛まなかった。



土曜日。
クッションを抱きしめて時計を睨む。

……そろそろ出ないと間に合わない。
でも、行きたくない。

くすり、レンズの向こう、わずかに笑う瞳。

思い出すのは、それ。

きっと行ったら、あのドSに、超楽しそうに滅茶苦茶痛く、抜かれるに違いない。
それがわかってるのに行きたい奴なんているんだろうか?
いや、いるわけない。

それにあれだよ、もう、痛くないし。
行かなくていいんじゃないかなー?
 
~♪~♪
 
うだうだ悩んでたら鳴り出した携帯を見ると、歯医者から。
一瞬悩んで通話ボタンをタップ。
案の定、予約時間を過ぎてるけどって電話。

「あ、急用、できちゃって。
……次、ですか?
えっと、しばらく忙しくて、予定が立たなくて」

しどろもどろに云い訳してると、電話の向こうで誰かが受付嬢の声を遮る。
代わったのは……例の、歯科医。

『都築さん?
いまは痛くないかもしれないですけど、すぐにまた、痛み出しますよ。
今日、何時でもいいですからいらっしゃい』
 
というか、なんでわざわざ歯科医が出る?
暇なのか、おまえは。

「あ、でも、診療時間中には行けないですし、はい」

『……ちっ』
 
え、いま、舌打ちした?
電話越しだから聞こえてないと思ってるのかもしれませんが。
しっかり聞こえましたけど。

『何時でもいいって云ったでしょ?』

「でも、無理なもんは無理なので」

『じゃあ、明日は』
 
そこまでして、人の歯、抜きたいか!?
抜くあんたは痛くないだろうし、楽しいのかもしれないけど。
こっちは死ぬほど怖いんだって!

「明日も無理なので。
はい」

『じゃあ……』

「明後日も明明後日も、しばらく忙しくて無理なので。
行けるようになったら連絡します。
じゃ」

返事を待たずに通話終了。

歯を抜く患者なんてそうそう珍しくないだろうに。
それとも、ひとりでも逃がしたくなくて、毎回あんなふうにやってるんだろうか?
だとしたら……完璧な変態だ。
やっぱりあのマスクの下には不細工が隠されてるに違いない。
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