君は僕の大切なおもちゃ【R18】

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
7 / 12
第2章 私の都合と彼の都合

2-3 お見合い

しおりを挟む
――ピンポーン。

「……んっ……チャイム……」

「無視しとけばいい」

――ピンポーン、ピンポーン……。

「……邪魔するなよな」

私の身体をいじっていた悠生の手が止まる。

……土曜日、朝九時過ぎ。

私の呼吸が整ったころ、戻ってきた悠生の口からは大きなため息。

「……父がきた」

「はいっ!?」

慌てて飛び起きると、悠生はクローゼットの中から、私の服を少し悩んで選び出してくれた。

「ラウンジで待たせてあるから、慌てなくていい。
……わるい。
きっと、沙也加に不快な思いをさせると思う。
傷つけてしまうと思う。
先にこんなことを言ったってなんの足しにもならないが、あやまらせてくれ」

「悠生……?」

後ろから抱きしめられ。
泣きそうな声で、いつもは言わないそんな弱気なことを言われ、不安になる。

「大丈夫、だよ」

精一杯、笑顔を作って振り返る。

……きっと悠生の方がもっともっと、不安なんだから。


初めて会う、悠生の父親。
あんまり悠生と似ていない。

私の顔を見て軽く舌打ちされた。

「彼女には関係のない話だから、帰ってもらいなさい」

「どうせ僕の、縁談の話だろ?
なら彼女に関係大ありだ」

腰を浮かしかけたら、悠生が私の手を掴んだ。
顔見たら黙って頷かれて、座り直す。

「わかっているなら話が早い。
さっさとこの中から、相手を選べ」

「……」

テーブルの上に載せられた、高さ十センチ以上にもなる封筒の束。

……忘れていた、わけではないけれど。

悠生は福岡の大手不動産、下坂不動産の御曹司。
そりゃ、お見合いの話だってあるだろうし。

……相手を親が決めるってことも。

「中身を見るのも嫌で、そのまま送り返したんだけど」

「見るのが面倒なら、適当に抜いた奴でいい。
選べ」

「……この中にはない」

「この中からしか、選べないんだ。
なんなら私が、選んでやろうか?」

……似ていないと思った親子ですが。
ほんとよく、似ています。
その、……冷笑。

「僕の相手は僕が決める。
僕の人生に口出しはさせない」

「育ててもらった恩を忘れよって。
犬以下、だな」

「育てた?
あんな家で?
投資の間違いだろ」

「なんだその口の効き方は」

完全に空気は凍り付いている。
吐く息すら、白く感じる。

すぅーっと父親の視線が私に向かって、思わず座ったまま小さく飛び上がった。

「別におまえが誰と付き合おうとかまわん。
しかし、結婚は別だ」

「沙也加を愛人にしろ、って?
ふざけるな」

「そもそもそんな女のどこがいいんだ?
見た目がちょっといいだけで、利用価値がないどころか、足を引っ張りかねないのに」

「調べたのかよ、沙也加のこと!」

珍しく感情を露わにして怒っている悠生に、父親は薄ら笑っている。

「おまえだって知ってるんだろ、その女のこと」

「調べなくても勝手に耳に入ってくるんだよ!」

……そっか。
悠生、やっぱり知っていたんだ。

知っていて、そのうえで一緒にいてくれて。
自分の会社に来ればいい、って言ってくれて。
そのうえ、私のために怒ってくれて。

もう、それだけで十分だよ。

「……悠生。
別れ、よ?」

……うん。
悠生に迷惑、かけたくないもん。
私なんかのために、悠生まで嫌な思いすることないよ。

……ああ。
私なんか、とか言うと、また悠生は怒るのかな。

「さや、か……?」

信じられないものを見る、そんな悠生の顔。

……でも。

「別れよう?
悠生。
お父さんの言うとおりだよ。
きっと私、悠生に迷惑……かける……から……」

なんだろ?

視界が滲む。
鼻が詰まる。

胸が、苦しい。

「ほら、彼女もそう言っていることだし。
別れ……」

「……沙也加を」

「は?」

「沙也加を泣かせたな!
沙也加を泣かせていいのは僕だけだ!
出て行け!
二度と僕の前に顔を出すな!
勘当でもなんでも好きにすればいい!」

「なにを言ってる!
そんなこと……」

「出て行け!!」

荒っぽい足音と言い争う声は次第に小さくなり、そのうち聞こえなくなった。
ひとりになってようやく、自分が泣いていることに気がついた。

……荷物。
出て、行かないと。

けど、身体は少しだって動かない。

「……沙也加?」

おそるおそるかけられた声に顔を上げると、悠生が立っていた。
私の前に膝をつき、ぎゅっと抱きしめてくる。

「……知ってたん、だね」

「親切面していろいろ言ってくる奴がいるんだ。
僕は頼んでもないのに」

「……そう」

胸に縋りつきかけた手を、だらりと落とす。

……もう私に、その資格は、ない。

「……沙也加。
僕のおもちゃが勝手に、僕から離れるとか許されるとでも思っているのか?」

「……でも」

「僕のことは全部、僕が決める。
沙也加のことだって例外じゃない」

「……けど」

「僕の特別な沙也加の、家族のことくらい、僕が背負ってやる。
だいたいそのつもりで、沙也加に僕の会社で働くことを勧めたのだから」

……震えている、悠生の声。
震えている、悠生の手。

私が、不安にさせた。

私がちゃんと悠生の気持ち考えないで、私がちゃんと、……自分の気持ちに向き合わなかったから。

私は悠生と一緒にいたい。

なのに迷惑をかけるとかかけないとか。
そんなことでぐちぐち悩んで。

素直にちゃんと、悠生に全部話せばよかったんだ。

そのうえで、悠生に選んでもらえば。

「……ごめんな、さい」

「なぜあやまる?」

自分から悠生に抱きついて、その胸に顔をうずめる。

「……嘘、ついたから。
悠生とずっと一緒にいたいのに、別れよう、って。
嘘、ついたから」

「嘘つきは悪い子だ」

「……え?」

急に楽しそうになった悠生の声に、顔を上げると意地悪く笑っていた。

「悪い子にはお仕置きが必要だな」

するり、悠生の手が私の頬を撫でる。
レンズの向こうの、妖しい光を灯した瞳に目は逸らせない。

そして私は――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

ドS王子の意外な真相!?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……その日私は。 見てしまったんです。 あの、ドS王子の課長の、意外な姿を……。

契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」 突然、降って湧いた結婚の話。 しかも、父親の工場と引き替えに。 「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」 突きつけられる契約書という名の婚姻届。 父親の工場を救えるのは自分ひとり。 「わかりました。 あなたと結婚します」 はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!? 若園朋香、26歳 ごくごく普通の、町工場の社長の娘 × 押部尚一郎、36歳 日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司 さらに 自分もグループ会社のひとつの社長 さらに ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡 そして 極度の溺愛体質?? ****** 表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ
恋愛
あらすじ 青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。 しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。 次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。 そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。 その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。 しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。 お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?  社長×秘書×お仕事も頑張る✨ 溺愛じれじれ物語りです!

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...