私の愛する悪い男【R18】

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 同期でライバル

2.ライバル

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壁に貼られる棒グラフを朝香は睨んでいた。
グラフは二本の柱が群を抜いて競り合っている。

僅かに高い方の柱の下には朝香の名前が記されていた。
もうひとつの柱の下には時任の文字。

「戻りました」

外回りから帰ってきてグラフの隣に設置してあるホワイトボードの前に立つ、男の隣にさりげなく朝香は三歩、男性社員に負けないように履いている七センチヒールをカツカツカツと音を立ててスライド移動した。

「お疲れ」

「お疲れ」

朝香に視線を向けることもなくイレイザーを握ると、男は時任と書かれた欄の外出予定を消していく。

「今月は私の勝ちだよね。
もう明後日で今月終わるし」

嬉しくてつい、顔がにやけそうになる。
弾む声の朝香に、男――時任はちらりと、グラフの先を眼鏡の奥から見ただけだった。

「明日、大口の契約予定」

「うそっ!?」

淡々とした声の割に驚きの事実を告げられ、思わず自分より少し高い時任の顔を見上げる。

七三分けにされた短い黒髪は丁寧にセットされ、さらに黒縁ハーフリムの眼鏡がいかにも誠実な男という顔を作りだしていた。

その割に時任は少しも朝香の方に視線を向けないが。

「信じられない!
月末に大口契約とか!」

非難する朝香の声に、席に向かおうとしていた時任がくるりと振り返った。

「信じられないもなにも、スケジュール的にそうなっただけ。
なんか文句ある?」

「……ない」

やっとあった視線は切れてしまいそうなほど冷ややかで、ピシッと背筋が凍り付く。
しゅんとうなだれてしまった朝香を無視して、時任は今度こそ自分の席に着いてパソコンを立ち上げた。

……今月こそ勝てると思ったのに。

期待が大きかっただけに、朝香の落胆は大きい。
がっくりと大きく肩を落としたまま、島を回って自分の席に着く。
パソコンのスリープを解除しながら、まだどうにか売り上げを伸ばせないか考えた。

「ねえ」

「なに?」

向かい合う机の時任はパソコンの画面に視線を向けたまま、ほぼ惰性で返事をしてくる。

「明日の契約予定って、どこ?」

「クローバー洋菓子店」

「嘘でしょ!?」

思わず、キーを叩いていた朝香の手が止まる。

クローバー洋菓子店はつい先日まで町の小さな老舗ケーキ屋だった。
しかし経営が先代の息子に移り、近隣の市町村に支店を展開しはじめる。
ついに今度は百貨店進出が決まり、契約が取れれば大きなものになるだろうという話だった。

「でも、あの話って、社長が直々に行ってもダメだったって」

「ああ、ダメだったな」

朝香との話は続けるものの、時任の視線がパソコンの画面から外れることも、キーを打つ手が止まることもない。

「それを時任が?」

「ああ」

いったい、どんなマジックを使ったのだろう。
気になるところだが、訊いたところで時任が話してくれるとは思えない。

「信じられない」

「信じられないもなにも、事実だからな。
まあ、明日にならないとどっちに転ぶかはわからないが。
せいぜい、失敗するように祈ればいいんじゃないか」

社長でもダメだった契約が取れそうだというのに、時任はまるで明日の天気の話でもするかのように話している。
そういう神経が入社以来の長い付き合いだというのに、朝香にはいまだに理解できないでいる。

「まあ、祈っておくよ……」

……はぁーっ、朝香の口から落ちる重いため息の理由に時任が気づく様子はない。
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