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第1章 同期でライバル
2.ライバル
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壁に貼られる棒グラフを朝香は睨んでいた。
グラフは二本の柱が群を抜いて競り合っている。
僅かに高い方の柱の下には朝香の名前が記されていた。
もうひとつの柱の下には時任の文字。
「戻りました」
外回りから帰ってきてグラフの隣に設置してあるホワイトボードの前に立つ、男の隣にさりげなく朝香は三歩、男性社員に負けないように履いている七センチヒールをカツカツカツと音を立ててスライド移動した。
「お疲れ」
「お疲れ」
朝香に視線を向けることもなくイレイザーを握ると、男は時任と書かれた欄の外出予定を消していく。
「今月は私の勝ちだよね。
もう明後日で今月終わるし」
嬉しくてつい、顔がにやけそうになる。
弾む声の朝香に、男――時任はちらりと、グラフの先を眼鏡の奥から見ただけだった。
「明日、大口の契約予定」
「うそっ!?」
淡々とした声の割に驚きの事実を告げられ、思わず自分より少し高い時任の顔を見上げる。
七三分けにされた短い黒髪は丁寧にセットされ、さらに黒縁ハーフリムの眼鏡がいかにも誠実な男という顔を作りだしていた。
その割に時任は少しも朝香の方に視線を向けないが。
「信じられない!
月末に大口契約とか!」
非難する朝香の声に、席に向かおうとしていた時任がくるりと振り返った。
「信じられないもなにも、スケジュール的にそうなっただけ。
なんか文句ある?」
「……ない」
やっとあった視線は切れてしまいそうなほど冷ややかで、ピシッと背筋が凍り付く。
しゅんとうなだれてしまった朝香を無視して、時任は今度こそ自分の席に着いてパソコンを立ち上げた。
……今月こそ勝てると思ったのに。
期待が大きかっただけに、朝香の落胆は大きい。
がっくりと大きく肩を落としたまま、島を回って自分の席に着く。
パソコンのスリープを解除しながら、まだどうにか売り上げを伸ばせないか考えた。
「ねえ」
「なに?」
向かい合う机の時任はパソコンの画面に視線を向けたまま、ほぼ惰性で返事をしてくる。
「明日の契約予定って、どこ?」
「クローバー洋菓子店」
「嘘でしょ!?」
思わず、キーを叩いていた朝香の手が止まる。
クローバー洋菓子店はつい先日まで町の小さな老舗ケーキ屋だった。
しかし経営が先代の息子に移り、近隣の市町村に支店を展開しはじめる。
ついに今度は百貨店進出が決まり、契約が取れれば大きなものになるだろうという話だった。
「でも、あの話って、社長が直々に行ってもダメだったって」
「ああ、ダメだったな」
朝香との話は続けるものの、時任の視線がパソコンの画面から外れることも、キーを打つ手が止まることもない。
「それを時任が?」
「ああ」
いったい、どんなマジックを使ったのだろう。
気になるところだが、訊いたところで時任が話してくれるとは思えない。
「信じられない」
「信じられないもなにも、事実だからな。
まあ、明日にならないとどっちに転ぶかはわからないが。
せいぜい、失敗するように祈ればいいんじゃないか」
社長でもダメだった契約が取れそうだというのに、時任はまるで明日の天気の話でもするかのように話している。
そういう神経が入社以来の長い付き合いだというのに、朝香にはいまだに理解できないでいる。
「まあ、祈っておくよ……」
……はぁーっ、朝香の口から落ちる重いため息の理由に時任が気づく様子はない。
グラフは二本の柱が群を抜いて競り合っている。
僅かに高い方の柱の下には朝香の名前が記されていた。
もうひとつの柱の下には時任の文字。
「戻りました」
外回りから帰ってきてグラフの隣に設置してあるホワイトボードの前に立つ、男の隣にさりげなく朝香は三歩、男性社員に負けないように履いている七センチヒールをカツカツカツと音を立ててスライド移動した。
「お疲れ」
「お疲れ」
朝香に視線を向けることもなくイレイザーを握ると、男は時任と書かれた欄の外出予定を消していく。
「今月は私の勝ちだよね。
もう明後日で今月終わるし」
嬉しくてつい、顔がにやけそうになる。
弾む声の朝香に、男――時任はちらりと、グラフの先を眼鏡の奥から見ただけだった。
「明日、大口の契約予定」
「うそっ!?」
淡々とした声の割に驚きの事実を告げられ、思わず自分より少し高い時任の顔を見上げる。
七三分けにされた短い黒髪は丁寧にセットされ、さらに黒縁ハーフリムの眼鏡がいかにも誠実な男という顔を作りだしていた。
その割に時任は少しも朝香の方に視線を向けないが。
「信じられない!
月末に大口契約とか!」
非難する朝香の声に、席に向かおうとしていた時任がくるりと振り返った。
「信じられないもなにも、スケジュール的にそうなっただけ。
なんか文句ある?」
「……ない」
やっとあった視線は切れてしまいそうなほど冷ややかで、ピシッと背筋が凍り付く。
しゅんとうなだれてしまった朝香を無視して、時任は今度こそ自分の席に着いてパソコンを立ち上げた。
……今月こそ勝てると思ったのに。
期待が大きかっただけに、朝香の落胆は大きい。
がっくりと大きく肩を落としたまま、島を回って自分の席に着く。
パソコンのスリープを解除しながら、まだどうにか売り上げを伸ばせないか考えた。
「ねえ」
「なに?」
向かい合う机の時任はパソコンの画面に視線を向けたまま、ほぼ惰性で返事をしてくる。
「明日の契約予定って、どこ?」
「クローバー洋菓子店」
「嘘でしょ!?」
思わず、キーを叩いていた朝香の手が止まる。
クローバー洋菓子店はつい先日まで町の小さな老舗ケーキ屋だった。
しかし経営が先代の息子に移り、近隣の市町村に支店を展開しはじめる。
ついに今度は百貨店進出が決まり、契約が取れれば大きなものになるだろうという話だった。
「でも、あの話って、社長が直々に行ってもダメだったって」
「ああ、ダメだったな」
朝香との話は続けるものの、時任の視線がパソコンの画面から外れることも、キーを打つ手が止まることもない。
「それを時任が?」
「ああ」
いったい、どんなマジックを使ったのだろう。
気になるところだが、訊いたところで時任が話してくれるとは思えない。
「信じられない」
「信じられないもなにも、事実だからな。
まあ、明日にならないとどっちに転ぶかはわからないが。
せいぜい、失敗するように祈ればいいんじゃないか」
社長でもダメだった契約が取れそうだというのに、時任はまるで明日の天気の話でもするかのように話している。
そういう神経が入社以来の長い付き合いだというのに、朝香にはいまだに理解できないでいる。
「まあ、祈っておくよ……」
……はぁーっ、朝香の口から落ちる重いため息の理由に時任が気づく様子はない。
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