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第1章 同期でライバル
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……今頃、時任は契約中なのかなー。
渋滞にはまって動かない車の中、ふと見た時計は時任のクローバー洋菓子店訪問予定時間を過ぎている。
……それに比べて私はさー。
朝一で受けた電話はクレームだった。
しかも、その社員食堂に昨日納入されたタマネギが切ってみたら腐ってたからすぐに交換して欲しいというもの。
夕方の納品にその分を乗せると提案してみたが、とにかくすぐに交換しろの一点張り。
お客の要望に応えないわけにはいかないので、タマネギ一個のために二時間もかけて交換に行くはめになった。
……外から見りゃわかるだろって、スーパーで買ったのだって切ってみたら腐ってたって、よくあることじゃん。
ねちねちと嫌みを言い続ける社食責任者を思い出してぶるりと身震いする。
小太りで脂ぎった男はねっとりと朝香の身体に視線を絡ませてきたし、ソファーに座る朝香の膝上にあるタイトスカートの裾を凝視していた。
それに見送るとわざわざエレベーターに一緒に乗ってきて後ろに立ち、あまつさえアップにしてあるうなじに鼻息を……。
「……あそこの契約、切りたい」
セクハラまがいの行為を受けたのは一度や二度ではない。
今日だってわざわざ朝香が足を運ぶ必要なんてなかったのだ。
それをわざわざあの男は呼び立てる。
「ほんと今日、最悪」
やっと渋滞を抜けたかと思ったらぽつぽつと降り出した雨に、朝香は気分を振り払うようにワイパーを動かした。
会社に戻ると遠くからでもすぐにわかる、社長の声が響いていた。
「いやー、ほんとによくやったな!
さすが我が息子!」
「……」
ばんばんと背中を力強く叩く社長に対し、叩かれている時任は表情を全く変えずにくいっと眼鏡のブリッジを中指で押し上げただけだった。
「おっと、息子はまだ早かったかな?
婿殿?」
「いえ」
相変わらず時任の顔からは感情が読めない。
ただ社長がわざわざ営業部のフロアに来てあれだけ喜んでいるということは、今日の契約はうまくいったのだろう。
「やはり俺の目に狂いはなかった。
これで安心して会社を任せられる。
おっと、まだまだ俺は引退しないがな!」
「……」
がはははと豪快に笑う社長に時任は返事をせずにまた、眼鏡をくいっとあげた。
「これからもよろしく頼むよ、婿殿」
「はい」
社長の前だというのにどこまでもポーカーフェイスな時任もどうかと思うし、それを全く気にしてない社長もある意味おかしい。
「じゃあ、みんなも頑張ってくれたまえ」
社長を乗せたエレベーターのドアが閉まると、一気にフロアが静かになった。
なんだか急に気が抜けて、ホワイトボードの前に立って外出予定を消す。
「お疲れ。
俺のもついでに消しといて」
「はいはい」
後ろから匂う甘い香りと頭上から降ってきた声にひとつ上の欄にある時任の予定も消した。
「うまくいったみたいじゃん。
よかったね」
「おまえの祈りが足りなかったおかげだな」
「なにそれ」
なぜかくすくすと笑い声が漏れる。
おかげでセクハラ親父のせいでどんよりと重かった心が少し、晴れた。
席に着いて無言でパソコンを立ち上げ報告書を書く準備をしていると、すっと視界の隅になにかが滑ってきた。
「契約のお礼に大量に菓子を買ったんだ。
みんなに配ってるからおまえも」
椅子を回して振り返ると時任が立っていた。
朝香と目があうとくいっと眼鏡を押し上げる。
「どうせ今日、午前の埋め合わせで残業だろ。
腹の足しにでもしてくれ」
「なんかひどっ。
でも、もらっとく。
ありがと」
時任としては全く朝香を慰めてはないのだろうが、いつも通りいいたい放題の時任に、機嫌は完全に直っていた。
――しかし、結局、時任に今月の売り上げも勝てなかったという事実にはムカつくが。
渋滞にはまって動かない車の中、ふと見た時計は時任のクローバー洋菓子店訪問予定時間を過ぎている。
……それに比べて私はさー。
朝一で受けた電話はクレームだった。
しかも、その社員食堂に昨日納入されたタマネギが切ってみたら腐ってたからすぐに交換して欲しいというもの。
夕方の納品にその分を乗せると提案してみたが、とにかくすぐに交換しろの一点張り。
お客の要望に応えないわけにはいかないので、タマネギ一個のために二時間もかけて交換に行くはめになった。
……外から見りゃわかるだろって、スーパーで買ったのだって切ってみたら腐ってたって、よくあることじゃん。
ねちねちと嫌みを言い続ける社食責任者を思い出してぶるりと身震いする。
小太りで脂ぎった男はねっとりと朝香の身体に視線を絡ませてきたし、ソファーに座る朝香の膝上にあるタイトスカートの裾を凝視していた。
それに見送るとわざわざエレベーターに一緒に乗ってきて後ろに立ち、あまつさえアップにしてあるうなじに鼻息を……。
「……あそこの契約、切りたい」
セクハラまがいの行為を受けたのは一度や二度ではない。
今日だってわざわざ朝香が足を運ぶ必要なんてなかったのだ。
それをわざわざあの男は呼び立てる。
「ほんと今日、最悪」
やっと渋滞を抜けたかと思ったらぽつぽつと降り出した雨に、朝香は気分を振り払うようにワイパーを動かした。
会社に戻ると遠くからでもすぐにわかる、社長の声が響いていた。
「いやー、ほんとによくやったな!
さすが我が息子!」
「……」
ばんばんと背中を力強く叩く社長に対し、叩かれている時任は表情を全く変えずにくいっと眼鏡のブリッジを中指で押し上げただけだった。
「おっと、息子はまだ早かったかな?
婿殿?」
「いえ」
相変わらず時任の顔からは感情が読めない。
ただ社長がわざわざ営業部のフロアに来てあれだけ喜んでいるということは、今日の契約はうまくいったのだろう。
「やはり俺の目に狂いはなかった。
これで安心して会社を任せられる。
おっと、まだまだ俺は引退しないがな!」
「……」
がはははと豪快に笑う社長に時任は返事をせずにまた、眼鏡をくいっとあげた。
「これからもよろしく頼むよ、婿殿」
「はい」
社長の前だというのにどこまでもポーカーフェイスな時任もどうかと思うし、それを全く気にしてない社長もある意味おかしい。
「じゃあ、みんなも頑張ってくれたまえ」
社長を乗せたエレベーターのドアが閉まると、一気にフロアが静かになった。
なんだか急に気が抜けて、ホワイトボードの前に立って外出予定を消す。
「お疲れ。
俺のもついでに消しといて」
「はいはい」
後ろから匂う甘い香りと頭上から降ってきた声にひとつ上の欄にある時任の予定も消した。
「うまくいったみたいじゃん。
よかったね」
「おまえの祈りが足りなかったおかげだな」
「なにそれ」
なぜかくすくすと笑い声が漏れる。
おかげでセクハラ親父のせいでどんよりと重かった心が少し、晴れた。
席に着いて無言でパソコンを立ち上げ報告書を書く準備をしていると、すっと視界の隅になにかが滑ってきた。
「契約のお礼に大量に菓子を買ったんだ。
みんなに配ってるからおまえも」
椅子を回して振り返ると時任が立っていた。
朝香と目があうとくいっと眼鏡を押し上げる。
「どうせ今日、午前の埋め合わせで残業だろ。
腹の足しにでもしてくれ」
「なんかひどっ。
でも、もらっとく。
ありがと」
時任としては全く朝香を慰めてはないのだろうが、いつも通りいいたい放題の時任に、機嫌は完全に直っていた。
――しかし、結局、時任に今月の売り上げも勝てなかったという事実にはムカつくが。
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