黒弁護士は夜咲く桜を独占する~過保護な愛に溶かされて~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第五章 夏初は僕だけを信じていたらいい

5-2

翌日、晴貴さんに付き添われて再び訪れた病院で、追加のお薬が出された。

「今日もゆっくりしてろ。
医者にも今は休息が必要って言われただろ」

「はい……」

お持ち帰りで昼食を食べて薬を飲んだあと、晴貴さんから強制的にベッドに突っ込まれる。
なにもできず、お世話になっているだけの自分が情けない。

「今の夏初の仕事はゆっくり休むこと。
わかったか」

そんな気持ちをわかっているのか、彼は私の鼻を摘まんでにやりと笑った。

「あう。
わかりました……」

そこは彼の言うとおりなので、おとなしく布団をかぶる。

「なるべく早く帰ってくるけど、なにかあったら遠慮なく電話して。
じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

軽くキスされ、熱い顔で手を振って彼を見送った。

薬が効いてきて少し眠ったが、目が覚めると暇になる。

「タブレット、貸してくれてよかった」

携帯がないのは不便だろうと、晴貴さんがタブレットを貸してくれたので助かる。

「SNSはやってないのかな」

借りたタブレットはブラウザと動画配信サブスク、それに最初から入っていたであろう基本的なアプリしかない。
人様のタブレットに勝手にアプリを入れるのには躊躇したが、用が終わったら消すのでと言い訳してダウンロードした。

「うわぁ……」

ログインして、篠木さんのアカウントを開く。
フォローはしていないが彼女は本名でやっているからアカウントは知っている。
彼女のタイムラインを確認して、見なきゃよかったと後悔した。
篠木さんが私のことをずっと投稿している。

【同期が横領してて迷惑ー。
同期ってだけでこっちも疑われてるんですけどー?】

【前から怪しいと思ってたんだよねー、あの子。
発覚した日も絶対買えない指環してたし】

【おとなしそうな顔して裏で派手に遊んでるっぽかったし。
絶対、浮気どころか何股もしてるって】

事実と違う酷い投稿が数々されていて、頭がくらくらしてくる。

「知り合い以上友達未満くらいには思ってたんだけどな……」

使い込みの罪を私になすりつけられた時点で、彼女にとって私はそれだけの人間だったのだと理解していた。
それでもこの、私を貶める多くの投稿はショックが大きかった。

さっさと閉じてアプリを削除してしまえばいいのに、取り憑かれたかのように篠木さんの投稿を追っていた。

【いい子ムーブかましてきて、ウザい】

【自分がいい大学出てるからって、マウント取らないでほしいわー】

【化粧もまともにできない芋のくせに、彼氏とか生意気。
アイツも見る目、ないわー】

誰とは名指しされていないが、すぐに私のことだとぴんときた。
確かに私は国立大出だが、一度だってそれを鼻にかけたことはない。
事務しかできない、他に価値のない人間だと思っていたくらいだ。

「こんなふうに思われてたんだ」

心がパキパキと罅割れていく音がする。
やめればいいのにスクロールする指は止まらない。

もしかしたら気づかないうちに態度の端々から彼女をバカにするような空気が出ていたのかもしれない。
だからあんなに憎まれていたのかも。

だんだんと自分の形が曖昧になり、自分自身に疑心暗鬼になっていく。
――そしてとうとう。

実は自覚がないだけで本当の私はここに書いてあるとおりなのでは。

その考えに到達する。

「そこまでだ」

「あ……」

唐突にタブレットが取り上げられ、それを追う。
いつの間にか晴貴さんが帰ってきていた。

「タブレットなんて渡すんじゃなかったな」

呆れるようにため息をつき、彼がそれをライティングデスクに置く。

「夏初はあんなもの、見る必要はない」

「でも、でも!
あそこに書かれているのは、私が知らない私の本当の姿だから、私は知らなきゃ……」

「夏初」

静かな、けれど重い声に名前を呼ばれ、びくりと身体が震えた。

「あれは本当の夏初じゃない。
ただの誹謗中傷だ」

「でも」

「僕とあの女、どっちを信じるんだ?」

じっと彼が私を見つめる。
レンズ越しに見える瞳は怒りと悲しみの混ざった色をしていた。

「……晴貴、さん」

少し躊躇したあと、口を開く。
なんとなく気まずくて目を逸らした。
もう一年以上の付き合いになる篠木さんとまだ出会って一週間も経たない晴貴さんなら普通、篠木さんを選ぶものだろうが、その人となりから晴貴さんのほうが信じられる。

「だろ?
あんな女の言うことなんて、信じる必要はない」

「……うん」

彼に抱きしめられ、甘えるように額を胸につけた。
彼の香りを吸い込むと、心に染みて入っていた罅を癒やしていった。

「夏初は僕だけを信じていたらいい」

心の麻痺している私は、晴貴さんの甘い言葉になにも考えず溺れていく――
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