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第七章 僕だけしか見えないようにしてしまおうか
7-1
あれから晴貴さんは本気で、憲吾先生を暴行で訴えるべく準備を進めている。
「憲吾先生も頭を下げて謝ればいいのに。
そしたら許してくれる……よね?」
壁に寄りかかり、コーヒーを飲んでいた栗下先生が上目遣いでうかがってきた。
ここでは忙しくないとき、十五分程度のおやつタイムがあったりする。
若手の先生方は事務室奥のパーティションで区切られた場所に机を並べており、よくこうやって雑談したりした。
「許すわけないでしょ、あんなことされておいて」
斉藤さんの言葉に女性陣が同意だと頷く。
「だいたい、夜桜さんが許しても陽川先生が許すと思ってるの?」
「あー……。
ないな」
しばらく天井を見上げて考えていた栗下先生だが、すぐに視線を戻して困ったように笑った。
そのタイミングでドアが開き、晴貴さんが入ってくる。
話題が話題だっただけに、みんな晴貴さんの顔を見ていた。
「どうかしたのか」
意味もわからず注目され、怪訝そうに彼が聞いてくる。
「あの。
栗下先生が憲吾先生も謝ればいいのにとか言い出して」
刺すような視線に耐えかね、最若手の女性弁護士――大内先生がおそるおそる口を開いた。
「ふうん。
あの憲吾先生が謝るわけないだろ。
つまらない話はするな」
「す、すみません!」
栗下先生が小さくなって頭を下げ、気の毒になった。
「陽川先生はどうされたんですか」
微妙になった空気を変えるように、斉藤さんが晴貴さんに声をかけた。
「ああ、そうだ。
夏初、コピー頼める?
休憩終わってからでいいから」
「あっ、はい!
わかりました」
にっこりと笑って差し出された書類を受け取る。
「じゃあ、頼んだよ。
君たちも無駄な話をしている暇があるのなら、一件でも多く事例を読んだらどうだ?」
「は、はいっ!」
晴貴さんから冷たい視線を送られ、先生方はビシッと姿勢を正した。
ドアが閉まって足音が遠ざかっていき、全員がほっと息をつく。
「お、おっかなかった」
カップを口に運んだ栗下先生に至っては手ががたがたと震えていた。
「てか、告げ口するなよ」
「だって」
不満げに栗下先生からじとっと睨まれ、大内先生が唇を尖らせる。
「黙ってたら話すまで問い詰められるに決まってます」
「うん、それはそうだな……」
反論の余地がないせいか、諦めたかのように彼は壁に寄りかかった。
「まあ、憲吾先生が謝るとかないのも、あの陽川先生が許さないのもわかるんだけどさ」
先ほどの恐怖を思い出しているのか、カップの口を撫でながら栗下先生がぼそぼそとしゃべる。
「でも、俺だったら許してくださいって泣いて懇願する。
陽川先生と絶対、やりあいたくないもん」
想像しているのか暗い顔になり、彼は残りのコーヒーを飲み干した。
「あー、わかります。
陽川先生相手にしたら、弁護士辞めたくなりそう。
自信崩壊で」
大内先生が嫌そうに顔を顰める。
「だろ?
陽川先生相手の裁判回避できるんなら、這いつくばって靴を舐めてもいい」
「さすがにそれは言いすぎ……でもないですね」
先生方は頷きあっているが、そこまで晴貴さんって怖いんだろうか。
「えっと……」
「夜桜さん。
陽川先生の辞書にはね、容赦という字がないの」
困惑している私の肩を両手で掴み、説明してきた大内先生の目は本気だった。
「もういったい、幾人が再起不能に落としいれられてきたか」
「先月、判決が出た冤罪事件とか判決言い渡されたあと、もう陽川先生とやりあわなくていいって安堵した検事が泣き崩れたとかいう噂、聞きましたよ」
またしても先生方はうんうんと頷いているが、信じられるはずがない。
「まあ、あくまでも噂だけどね。
でも、それくらいこの世界では陽川先生は恐れられてる」
「味方にすればこれ以上ないほど頼もしいんだけどね。
でも敵に回したら……」
「お、恐ろしすぎる……」
ふたりは肩を抱いてガタガタと震えだし、申し訳ないけれど笑ってしまった。
「憲吾先生も頭を下げて謝ればいいのに。
そしたら許してくれる……よね?」
壁に寄りかかり、コーヒーを飲んでいた栗下先生が上目遣いでうかがってきた。
ここでは忙しくないとき、十五分程度のおやつタイムがあったりする。
若手の先生方は事務室奥のパーティションで区切られた場所に机を並べており、よくこうやって雑談したりした。
「許すわけないでしょ、あんなことされておいて」
斉藤さんの言葉に女性陣が同意だと頷く。
「だいたい、夜桜さんが許しても陽川先生が許すと思ってるの?」
「あー……。
ないな」
しばらく天井を見上げて考えていた栗下先生だが、すぐに視線を戻して困ったように笑った。
そのタイミングでドアが開き、晴貴さんが入ってくる。
話題が話題だっただけに、みんな晴貴さんの顔を見ていた。
「どうかしたのか」
意味もわからず注目され、怪訝そうに彼が聞いてくる。
「あの。
栗下先生が憲吾先生も謝ればいいのにとか言い出して」
刺すような視線に耐えかね、最若手の女性弁護士――大内先生がおそるおそる口を開いた。
「ふうん。
あの憲吾先生が謝るわけないだろ。
つまらない話はするな」
「す、すみません!」
栗下先生が小さくなって頭を下げ、気の毒になった。
「陽川先生はどうされたんですか」
微妙になった空気を変えるように、斉藤さんが晴貴さんに声をかけた。
「ああ、そうだ。
夏初、コピー頼める?
休憩終わってからでいいから」
「あっ、はい!
わかりました」
にっこりと笑って差し出された書類を受け取る。
「じゃあ、頼んだよ。
君たちも無駄な話をしている暇があるのなら、一件でも多く事例を読んだらどうだ?」
「は、はいっ!」
晴貴さんから冷たい視線を送られ、先生方はビシッと姿勢を正した。
ドアが閉まって足音が遠ざかっていき、全員がほっと息をつく。
「お、おっかなかった」
カップを口に運んだ栗下先生に至っては手ががたがたと震えていた。
「てか、告げ口するなよ」
「だって」
不満げに栗下先生からじとっと睨まれ、大内先生が唇を尖らせる。
「黙ってたら話すまで問い詰められるに決まってます」
「うん、それはそうだな……」
反論の余地がないせいか、諦めたかのように彼は壁に寄りかかった。
「まあ、憲吾先生が謝るとかないのも、あの陽川先生が許さないのもわかるんだけどさ」
先ほどの恐怖を思い出しているのか、カップの口を撫でながら栗下先生がぼそぼそとしゃべる。
「でも、俺だったら許してくださいって泣いて懇願する。
陽川先生と絶対、やりあいたくないもん」
想像しているのか暗い顔になり、彼は残りのコーヒーを飲み干した。
「あー、わかります。
陽川先生相手にしたら、弁護士辞めたくなりそう。
自信崩壊で」
大内先生が嫌そうに顔を顰める。
「だろ?
陽川先生相手の裁判回避できるんなら、這いつくばって靴を舐めてもいい」
「さすがにそれは言いすぎ……でもないですね」
先生方は頷きあっているが、そこまで晴貴さんって怖いんだろうか。
「えっと……」
「夜桜さん。
陽川先生の辞書にはね、容赦という字がないの」
困惑している私の肩を両手で掴み、説明してきた大内先生の目は本気だった。
「もういったい、幾人が再起不能に落としいれられてきたか」
「先月、判決が出た冤罪事件とか判決言い渡されたあと、もう陽川先生とやりあわなくていいって安堵した検事が泣き崩れたとかいう噂、聞きましたよ」
またしても先生方はうんうんと頷いているが、信じられるはずがない。
「まあ、あくまでも噂だけどね。
でも、それくらいこの世界では陽川先生は恐れられてる」
「味方にすればこれ以上ないほど頼もしいんだけどね。
でも敵に回したら……」
「お、恐ろしすぎる……」
ふたりは肩を抱いてガタガタと震えだし、申し訳ないけれど笑ってしまった。
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