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第四章 絶体絶命のときに救ってくれるのは……
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事情聴取はマンションのある地域の、警察署だった。
玄関に入った途端、制服姿の恰幅のいいおじさんと、他数名がすっ飛んでくる。
「おはようございます、駒木警視」
おもねるように彼らは駒木さんに挨拶してきた。
「私は彼女の付き添いできただけで、出迎えなど不要だ」
しかし駒木さんがバッサリと、彼らを切り捨てる。
「そんな暇があるなら、さっさと犯人を捕まえろ」
「は、はっ!」
冷たい視線を送られ、彼らはしゃっちょこばって敬礼をした。
駒木さんは偉い人なんだろうとは思っていたが、たぶん署長さんと思われる人からもこんな扱いなんて、どれだけなんだろう?
「おはようございます!」
案内された部屋に入ったら、待っていた女性警官が立ち上がり、勢いよく私たち……というよりも駒木さんに敬礼した。
「おはよう」
それに返した駒木さんは、酷く素っ気ない。
促されて彼女のと向かいあって座る。
「それでは、事情聴取をさせていただきます」
女性警官はガチガチに緊張しているように見えるが、……無理もないよね。
隣で腕組みをし、圧をかけている駒木さんがいるんだもん。
住所氏名とか、家に帰り着くまでの行動はすらすらと答えられた。
私とNYAINのやりとりをしていた駒木さんも適宜、補足してくれる。
話しながら不安で、ちらちら女性警官をうかがってしまう。
あのときみたいに、私が悪いって言われるんじゃないだろうか、そんな不安が、拭えない。
「それで。
言いにくいとは思いますが、そのときの状況を……」
……あれを、女性相手とはいえ、人に話さなければならないの?
縋るように駒木さんを見上げたら、困ったような顔をしていた。
「犯人逮捕に必要なんだ、ごめん」
本当に申し訳なさそうに、彼が頭を下げてくれる。
「でも、花夜乃さんがどうしても話したくないっていうなら……」
「……話さなかったら、どうなるんですか」
「……立件、できないかもしれない」
苦しそうに彼が絞り出す。
たぶん、捕まえても罪に問えないってことだろう。
昨日のあれをまた、思い出すのも嫌だ。
人に話すも。
でも、そうしなければあの男は断罪されず、のうのうと普通の生活を続け、私はずっと彼に怯えて生活しなければならない。
「話し、ます。
だから、絶対にあの男を捕まえて、罰してください」
「わかった、約束する」
私の手を握り、駒木さんが力強く頷いてくれる。
女性警官も、一緒に、頷いた。
それでも、いざ言葉にしようとすると声が出てこない。
「無理はしなくていい、ゆっくりでいいから」
片手で私の手を握り、もう片方の手で駒木さんが背中をさすってくれる。
それにあわせて深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けた。
「ドアを開けたら……あの男が、部屋の中に、立って、いて。
それで……」
私の声は酷く小さい上に、震えていた。
つっかえつっかえの私の声を聞き逃しまいと、時折質問をする以外は、女性警官も駒木さんも黙って聞いている。
「そ、それ、で……」
あのときの恐怖を思い出し、心臓がばくばくと恐ろしく速く鼓動した。
目の前がチカチカして、頭がくらくらする。
「花夜乃さん、大丈夫。
僕がここにいるよ」
「……駒木……さん……?」
抱き締められ、優しく背中をぽんぽんとされて、のろのろと顔を上げる。
戻ってきた視界の中に駒木さんの顔を認め、身体から力を抜いた。
「一度、休憩にしよう。
……いいよな?」
「は、はいっ!」
駒木さんに視線を送られ、弾かれるように女性警官は立ち上がった。
「おいで」
私の手を引いて、駒木さんは勝手知った感じで警察署内を進んでいく。
「ほら、どれがいい?」
たどり着いた先にあったのは、自販機コーナーだった。
しかも、駒木さんが立っているのはフルーツ牛乳などのパック自販機の前だ。
「疲れているときは甘いものがいいよ。
いちごオレがいいかな」
「はい、それで」
すぐにお金を入れ、彼がそれを買ってくれる。
促され、近くのベンチソファーに座った。
「はい」
「ありがとうございます」
いちごオレを受け取り、ストローを挿して飲む。
甘ったるいそれが、私を癒やしてくれた。
「花夜乃さんはつらいのに、頑張って話して偉いね」
偉い偉いと駒木さんが私の頭を撫でてくれる。
普通なら子供扱いと怒るところだが、今はそれが嬉しい。
「ありがとうございます」
「偉い花夜乃さんにはご褒美が必要だから、お昼はどこか美味しいところに食べに行こう」
眼鏡の下で目尻を下げ、にこっと彼が笑いかける。
「……嬉しいです」
甘えるように彼に自分の肩を預けた。
再開したあとも、いろいろ聞かれた。
私が言葉に詰まるたび、女性警官は待ってくれ、駒木さんは手を握ったり背中をさすったりして、私の恐怖を和らげてくれた。
「あの人、私の知っている人かもしれないです」
自嘲聴取で話しながら、やはりその疑惑が深まっていく。
盗人なんて恨まれていそうなのは、コンペの件しか思いつかない。
私にいつも嫌がらせをしてくる彼女だって、「人から聞いた」と言っていたと聞いた。
それが、犯人なのでは?
思い当たる話を女性警官にする。
駒木さんは黙って、私の話を聞いていた。
「ようするに、花夜乃さんにとって会社は危険な場所ってことか……」
考えながら駒木さんがぼそっとこぼした言葉は、私には恐怖しかなかった。
玄関に入った途端、制服姿の恰幅のいいおじさんと、他数名がすっ飛んでくる。
「おはようございます、駒木警視」
おもねるように彼らは駒木さんに挨拶してきた。
「私は彼女の付き添いできただけで、出迎えなど不要だ」
しかし駒木さんがバッサリと、彼らを切り捨てる。
「そんな暇があるなら、さっさと犯人を捕まえろ」
「は、はっ!」
冷たい視線を送られ、彼らはしゃっちょこばって敬礼をした。
駒木さんは偉い人なんだろうとは思っていたが、たぶん署長さんと思われる人からもこんな扱いなんて、どれだけなんだろう?
「おはようございます!」
案内された部屋に入ったら、待っていた女性警官が立ち上がり、勢いよく私たち……というよりも駒木さんに敬礼した。
「おはよう」
それに返した駒木さんは、酷く素っ気ない。
促されて彼女のと向かいあって座る。
「それでは、事情聴取をさせていただきます」
女性警官はガチガチに緊張しているように見えるが、……無理もないよね。
隣で腕組みをし、圧をかけている駒木さんがいるんだもん。
住所氏名とか、家に帰り着くまでの行動はすらすらと答えられた。
私とNYAINのやりとりをしていた駒木さんも適宜、補足してくれる。
話しながら不安で、ちらちら女性警官をうかがってしまう。
あのときみたいに、私が悪いって言われるんじゃないだろうか、そんな不安が、拭えない。
「それで。
言いにくいとは思いますが、そのときの状況を……」
……あれを、女性相手とはいえ、人に話さなければならないの?
縋るように駒木さんを見上げたら、困ったような顔をしていた。
「犯人逮捕に必要なんだ、ごめん」
本当に申し訳なさそうに、彼が頭を下げてくれる。
「でも、花夜乃さんがどうしても話したくないっていうなら……」
「……話さなかったら、どうなるんですか」
「……立件、できないかもしれない」
苦しそうに彼が絞り出す。
たぶん、捕まえても罪に問えないってことだろう。
昨日のあれをまた、思い出すのも嫌だ。
人に話すも。
でも、そうしなければあの男は断罪されず、のうのうと普通の生活を続け、私はずっと彼に怯えて生活しなければならない。
「話し、ます。
だから、絶対にあの男を捕まえて、罰してください」
「わかった、約束する」
私の手を握り、駒木さんが力強く頷いてくれる。
女性警官も、一緒に、頷いた。
それでも、いざ言葉にしようとすると声が出てこない。
「無理はしなくていい、ゆっくりでいいから」
片手で私の手を握り、もう片方の手で駒木さんが背中をさすってくれる。
それにあわせて深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けた。
「ドアを開けたら……あの男が、部屋の中に、立って、いて。
それで……」
私の声は酷く小さい上に、震えていた。
つっかえつっかえの私の声を聞き逃しまいと、時折質問をする以外は、女性警官も駒木さんも黙って聞いている。
「そ、それ、で……」
あのときの恐怖を思い出し、心臓がばくばくと恐ろしく速く鼓動した。
目の前がチカチカして、頭がくらくらする。
「花夜乃さん、大丈夫。
僕がここにいるよ」
「……駒木……さん……?」
抱き締められ、優しく背中をぽんぽんとされて、のろのろと顔を上げる。
戻ってきた視界の中に駒木さんの顔を認め、身体から力を抜いた。
「一度、休憩にしよう。
……いいよな?」
「は、はいっ!」
駒木さんに視線を送られ、弾かれるように女性警官は立ち上がった。
「おいで」
私の手を引いて、駒木さんは勝手知った感じで警察署内を進んでいく。
「ほら、どれがいい?」
たどり着いた先にあったのは、自販機コーナーだった。
しかも、駒木さんが立っているのはフルーツ牛乳などのパック自販機の前だ。
「疲れているときは甘いものがいいよ。
いちごオレがいいかな」
「はい、それで」
すぐにお金を入れ、彼がそれを買ってくれる。
促され、近くのベンチソファーに座った。
「はい」
「ありがとうございます」
いちごオレを受け取り、ストローを挿して飲む。
甘ったるいそれが、私を癒やしてくれた。
「花夜乃さんはつらいのに、頑張って話して偉いね」
偉い偉いと駒木さんが私の頭を撫でてくれる。
普通なら子供扱いと怒るところだが、今はそれが嬉しい。
「ありがとうございます」
「偉い花夜乃さんにはご褒美が必要だから、お昼はどこか美味しいところに食べに行こう」
眼鏡の下で目尻を下げ、にこっと彼が笑いかける。
「……嬉しいです」
甘えるように彼に自分の肩を預けた。
再開したあとも、いろいろ聞かれた。
私が言葉に詰まるたび、女性警官は待ってくれ、駒木さんは手を握ったり背中をさすったりして、私の恐怖を和らげてくれた。
「あの人、私の知っている人かもしれないです」
自嘲聴取で話しながら、やはりその疑惑が深まっていく。
盗人なんて恨まれていそうなのは、コンペの件しか思いつかない。
私にいつも嫌がらせをしてくる彼女だって、「人から聞いた」と言っていたと聞いた。
それが、犯人なのでは?
思い当たる話を女性警官にする。
駒木さんは黙って、私の話を聞いていた。
「ようするに、花夜乃さんにとって会社は危険な場所ってことか……」
考えながら駒木さんがぼそっとこぼした言葉は、私には恐怖しかなかった。
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