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第五章 キスくらいならしてもいい……かも

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仕事が終わったあと、駒木さんは私を携帯ショップに連れてきてくれた。

「壊されたから、新しいのを買わなきゃいけないだろ?」

「あー、そうですね……」

すぐにでもいるのはわかる。
持っていない今日一日、凄く不便だった。
でも、分割払いに分割払いをさらに乗せるのはきついな……。

なるべく機種代を押さえようと、安い価格帯のものを見る。
そうなると低スペックになるわけで。

「どうしよう……」

「なにを悩んでいるんだい?」

「あー……」

隣に立った駒木さんを、見上げる。

「僕がプレゼントするから、好きなのを選んだらいい。
どうせなら、お揃いにしようか」

などと言いながら駒木さんが手に取ったのは、高価格帯の機種だった。

「あ、いえ。
プレゼントなんて、そんな」

こんな高額なもの、ぽんともらうなんて悪すぎる。
私が断ったらなぜか、駒木さんはため息をついた。

「花夜乃さんはいつもそうだよね、すぐに遠慮する」

なにか、怒っている?
そう気づき、身がまえた。

「でも僕は、そういう花夜乃さんが好きだよ」

しかし、いつものように気の抜ける顔で駒木さんが笑い、力が抜ける。

「携帯が壊されたのは、僕が花夜乃さんを守れなかったせいでもあるからね。
償いだよ、だから遠慮せずに受け取って」

「いたっ」

軽くデコピンされ、痛む額を押さえて上目遣いで彼を見上げた。
彼は悪戯っぽく笑っている。

「償いなんて、そんな」

彼が気づいてくれたおかげで、最悪だけは免れた。
凄く、感謝している。

「ほら、またそうやって遠慮する。
プレゼントさせてくれないと僕は、ずーっと花夜乃さんを危険な目に遭わせたのになんの償いもできなかったって後悔し続けないといけないから、買わせてよ」

じっとレンズ越しに彼の目を見つめる。
駒木さんは目尻を僅かに下げて私を見ていた。

……そっか。
こうやって落とし所がないと、駒木さんが楽になれないんだ。
それともこれは私が気にしないでいいように、口実を作ってくれている?
だったら、断るのは反対に悪い。

「わかりました。
ありがたく買ってもらいます」

感謝の気持ちでぺこんと頭を下げる。

「じゃあ、どれにする?
僕としてはお揃いにしたいけど。
そうだ、ケースもお揃いにしようよ」

もうその気なのか、駒木さんはカウンターへ向かおうとしていた。

「えー、お揃いですか?」

それを笑いながら追う。
駒木さんは優しい。
こんな人に好きなってもらえて、私は幸せなのかもしれない。

SIMカードは無事だったので機種変だけで済み、手続きは早く終わった。
駒木さんと一緒に夕食を食べ、帰ってきたのは――彼の家だった。

「えっと……」

あの部屋に帰らないでいいのは助かるが、そういつまでもここにいるわけにはいかない。

「あの部屋は危険だよ。
僕の心配が的中して、後悔したくらいだ」

戸惑っている私に駒木さんが説明してくれる。

「危険、って……?」

あんな男に侵入されたんだから、それはわかる。
でも、〝心配が的中〟ってなんだろう?

「裏が細い路地で街灯も少なく、人目につきにくい。
しかも二階なんて簡単に登れるからね。
ちょっと危ないなとは思ってたけど、まさか、こんなことになるなんて……!
本当にごめん、謝って済むことじゃないが」

じっと私を見つめる、眼鏡の向こうの目は真剣だ。
こんなに彼が、後悔しているなんて知らなかった。

「そんなわけで新しいマンションが決まるまでは、ここに住んで。
いいよね?」

すぐにでも新しいマンションを探そうとは思っていた。
しかしその間、どうしようか悩んでいたのも事実だ。
だから、駒木さんの申し出は嬉しいけれど、本当にそこまで頼っていいのかな。

「ほらー、また難しいこと考えてる」

彼の長い指が、私の額を突く。

「お試し期間とはいえ僕は花夜乃さんの彼氏なんだから、なんでも頼ればいいの。
わかった?」

言い含めるように駒木さんは、ふふっと小さく笑った。

「ありがとう、ございます」

それに笑ってお礼を言う。
そういう彼の優しいところが、この頃はいいなって思っていた。

「まあでも、僕としては結婚して、このままここに住んでほしいけどねー」

想像しているのか嬉しそうに、へらっと駒木さんは笑った。

「そーですねー、こんな素敵な家に住めるなんて、悪くないですね」

「ほんとに!?じゃあ、今すぐ婚姻届にサインを……!」

どこから出したのか、私の目の前に婚姻届が出現する。
てか、もしかしていつも、持ち歩いているの?
「でも、駒木さんが私を本気にさせられたら、ですよ。
せいぜい、頑張ってください」

熱い頬に気づかれないように、ふざけて誤魔化す。

「僕は絶対に、花夜乃さんは本気になるって確信してるけどね。
じゃあ、お風呂の準備してくるよー」

私に向かって片目をつぶり、駒木さんはリビングを出ていった。
落ち着いたら、彼にはちゃんとお礼をしよう。
そのときには私の気持ちも、決まっているかもしれない。

「花夜乃さーん、僕もそろそろ寝るねー」

先に寝室でごろごろしてたら、ドアの向こうから駒木さんの声が聞こえてきた。
少しして、ドアが開く。
ベッドに入ってきた彼は今朝と同じく、人差し指で私の鼻の頭をぷにぷにと押した。

「おやすみ、花夜乃さん」

「おやすみなさい……?」

電気がダウンライトになり、釈然としないまま目を閉じる。
なんでわざわざ、声をかけてから入ってきたんだろう?
そんな必要……あ。
私を安心させるためだ。
不用意な音で私が怯えないでいいように、先に声をかけてくれているんだ。
そういえば、今朝もそうだった。
家の中だって私が行く全部の場所に、先に明かりをつけてくれている。

「……駒木さんは優しいですね」

甘えるように彼の身体に自分の身体を擦り寄せる。

「僕が優しいのは花夜乃さんだけだよ」

寝返りを打った彼の腕が、私を抱き寄せた。
温かい腕の中は、とても心地がよかった。
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