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第四章 絶体絶命のときに救ってくれるのは……

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参事官室に戻ってきて、また応接セットに東本くんと向かいあって座る。
仕事の資料を読む気持ちで、もらった広報誌を読んだ。
それに普段あまり関わらない業界に触れるのは、なにか新しい気づきがあるかもしれないし。

「駒木警視、戻ってきた?」

ノックの音と共に廊下側のドアが開く。
落ち着かない気持ちで東本くんを見上げたら、大丈夫って目で言われて、座り直した。

「すみません、まだ戻ってきてないです。
たぶん、またどこかで、誰かに捕まっているんだと思います」

「駒木警視は人気者だね」

入ってきた、駒木さんより少し年上の男性の目が、話しながら私へと向かう。

「……お客さん?」

「はい。
駒木警視の」

「うそっ!?」

男性は驚いた声を上げたが、なんで?

「へー、そう、ふーん。
じゃあ、また来るよ」

珍しいものでも見るかのように私を観察し、彼は部屋を出ていった。

「なんだったの、今の?」

「さあ?」

とか言いながら東本くんはニヤニヤ笑っていて、性格悪いぞ。

「駒木警視、いる?」

また少ししてドアがノックされ、今度は四十代くらいの男性が入ってくる。

「すみません、まだ戻ってきてないです」

「あー、またどこかで足止め喰らってるんだろうね。
了解。
……ん?」

先程と同じく、男性の視線が私で止まった。

「誰?」

「駒木警視のお客様です」

「うそっ!?」

先程の男性とまったく同じ反応で、私のほうが驚く。

「へー、ふーん。
あの、駒木警視のねぇ」

またもや彼も、珍しいものかのように私を観察した。

「こりゃ、明日は雪かな。
いや、花でも降るか。
じゃあ、また来るよ」

楽しそうに笑いながら彼は出ていったが、ほんとになんで?

「あのさ、ほんとにあれ、なんなの?」

私の声は多少怒りが含まれているが、仕方ない。

「駒木警視の女っていうのが珍しいんだよ」

「女……」

まあ確かに?
お試しで付き合っている今は、そうなるか。

「あの人、あの顔でキャリアだし、さらに大企業の御曹司だろ?
すぐに女性が寄ってくるんだけど」

それで〝誰かに捕まってる〟〝足止め喰らってる〟なのか。
ん?
ちょっとむかっとしたのは……気のせいか。

「でも、全部バッサリ切り捨てるし、かといって決まった女がいる様子もない。
女性に興味がないんじゃないかと噂されていたくらいだから、珍しいんだよ」

「へー、そう、なん、だー」

なんでだろう、駒木さんにとって私は特別って言われた気がして、いい気になっているのは。
というかさっきから駒木さんを訪ねてくる人がいるし、いまさらながら部外者の私がここにいていいんだろうか。

「東本くん。
私、ここにいていいの?」

「別に?
保護してるんだからいいに決まってるだろ」

「保護……」

それは確かに、そうかもしれない。

「てかさ。
俺、ずっと篠永に謝らなきゃって思ってた」

「え……?」

顔を上げると東本くんが真剣に私を見ていた。

「あのとき、俺は親身になって篠永を支えてやらなきゃいけなかったのに、どうしていいのかわからなくて、適当に笑って済ませて。
こんなときに謝るのもなんかあれだけど、本当に悪かった」

「東本くん……」

……高校生のとき。
私は痴漢被害に遭った。
休みに、少し遅くなった日のことだ。
抱きつかれ、全身撫で回された。
それだけでも最悪なのに、犯人は通り魔的犯行ではなく、前々から私を狙い、凶行の日を待っていた。
それ以来、私は自分の容姿が嫌いになった。

最悪なのは犯人だけではない。
私の事情聴取をした警察官はあろうことか、誘うような格好していた私も悪いと説教してきた。
そのせいもあってそれでなくてもつらい体験を話す気がなくなり、私がなにも話さなかったからか、あの犯人は罪に問われなかった。

「いいよ、仕方なかったと思うし」

隠していたが、どこから漏れたのか私が痴漢被害に遭った件は学校中に広まった。
周囲の態度が微妙になり、東本くんも。
こうして淡い憧れのまま、私たちの関係は終わった。
でも、私たちはまだ子供で、彼が言うとおりどうしていいのかわからなかっただけだと思う。
それを彼が、今でも後悔しているなんて思わない。

「ずっと、篠永に謝りたかったんだ。
やっと言えてよかった。
それに今の俺ならあのときと違い、篠永を支えられると思う」

東本くんはじっと、私を見つめている。
これって、そういう意味なんだろうか。
その気持ちは嬉しいが、私は自分がどうしたいのか、わからない。

「……その。
今は駒木さんと、お試し期間なので」

結局、自分の気持ちははっきり言わずに、逃げた。

「あー、なんかそんなの、言ってたなー。
じゃあそのあと、俺とお試し期間やんない?」

悪戯っぽく東本くんは私を見ている。
でも、その目の奥はまったく笑っていなかった。

「そう、だね。
そのあとなら」

曖昧に笑ってその場を取り繕う。

「やったー!
待ってろよ、篠永」

東本くんは喜んでいるが、彼とのお試し期間はあるんだろか。
もし、私が駒木さんに本気になったら、そんなの訪れない。
そして自分の気持ちが駒木さんに揺れているのも、気づいていた。
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