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第4章 あなたの夢を叶えたい

2.ダメ人間としての自覚

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「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」

私がひとりになったのを見計らってリビングに入ってきた石塚さんは、また私に詫びてきた。

「べ、別に、気にしてない、ので」

「それに庇っていただき、ありがとうございました」

庇ったことになる……のかな。
石塚さんはあんなに、あやまってくれた。
こんなに反省しているのに、さらに罰なんて必要ない。

「か、庇った、とかじゃない、ので。
石塚さんは、あ、あんなに私にあやまってくれた、し、それ、だけで、十分、……です」

「彩梅様……。
これからも石塚、精一杯、彩梅様にお仕えさせていただきます」

「は、はい……」

再びあたまを下げた、彼女の変なスイッチを押してしまった気がしないでもない。

……でも、気付かないフリしておこう。

「喉がお渇きになったでしょう。
お茶の準備をして参ります」

「お、お願い、します……」

彼女の言うとおり、喉はからからになっていた。
緊張して変な汗を掻いたせいかもしれない。

「どうぞ」

石塚さんが出してくれたグラスの中では、パチパチと泡が弾けている。

「ティーソーダ……?」

「はい」

ストローを咥えて一口飲んだそれは、乾いた身体に沁みていった。

「お、美味しい、ね。
ありが、とう」

「……いえ」

そういえば、彼女に初めて礼を言った気がする。
いつもなにかしてもらっても、ゲームの画面だけを見てうん、うん、ばかりで。
私はいままで、なんて嫌な人間だったんだろう。

「あの。
……ご、ごめん、なさい」

「はい?」

石塚さんの瞼が一回、大きく閉じて開いた。

「ずっと、ちゃ、ちゃんと、お礼も言わない、で。
ご、ごめん、なさい」

「彩梅様!
あたまをお上げになってください!」

慌てて石塚さんが止めてくる。
けれど私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「別に私は気になどしておりません。
それが当たり前ですから」

「当たり前……」

私の生きている世界が、そういう世界だっていうのはわかっている。
人になにかしてもらうのは当たり前、礼なんか言うにもおよばない。
でもそれはなんか違う気がするのだ。
してもらったことにお礼を言うのは、人間として最低限のことなんじゃないかな。
でも私はいままで、そんなことすら気付けなかった。

「ううん、ダメ、だよ。
これからは、ちゃんとお礼を、言いますね」

「彩梅様……」

人間として遅すぎるスタートだけど。
いまからでもまともな人間になれるかな。
なれたら、いいな。

「そういえば、彩梅様はフランス語がおできになるのですね」

妙にしんみりとしてしまった空気を変えるように、新しいティーソーダを注ぎながら石塚さんが違う話題を振ってくる。

「う、うん。
大学でフランス語、専攻だった、から」

専攻なんてどれでもよかったのに、なんでフランス語取ったんだっけ?
ああ、『星の王子様』が原書で読みたかったんだ。
そんなのもう、忘れていたな……。

「凄いです!」

「……へ?」

固く握った手を胸に、キラキラした目で石塚さんが顔を近づけてくる。
おかげで背中が少し、のけぞった。

「私、英語はできるんですが、フランス語はまだ未習得で。
あんなにペラペラ、フランス語を喋る彩梅様、格好いいです!」

「あ、うん。
ありが、とう……」

そんな尊敬の眼差しで見られると照れくさい。
親からですらこんなに褒められたことはないとなると、さらに。

「私も頑張って、早くフランス語を習得します!」

「う、うん。
がんば、って……」

ふーん、と鼻息荒く石塚さんはガッツポーズなんてしているけれど。
さっきのあれといい、いまのこれといい、もしかしてこっちが素なんだろうか。
なんだかそれは彼女も同年の女の子なんだと感じられて、ぐっと身近になった。

落ち着いて、また私の巣に籠もる。
ゲームは起動していたものの、ぼーっと考え事をしていた。
今日は少なくとも、私の力で石塚さんのお役に立てた。
他にもなにか、私にできることはないだろうか。
嬉しかったのだ、誰かの役に立てたことが。

「なーんにも、思いつかない……」

内職的な、小さなことでいい。
人と一緒になにか、なんてまだまだ私には無理に決まっている。

「玲さん、に、相談して、みよう、かな……」

これだけ大きなホテルなら、もしかしてなにかあるかもしれない。
もしかしたら自分にもなにかできるかも、と考えると、ちょっと楽しくなってきた。
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