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第一章 噂
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――標準歴一六六五年冬。
「僕を殺してくれ」
アイツが、泣き笑いで俺を見る。そんなの、できるはずがない。嫌だと首を振り、後ずさる俺にアイツは迫ってきた。追い詰められ、背中はドアにぶち当たった。
「君に、殺されたいんだ」
持っていた拳銃をアイツが俺に握らせる。投げ捨てようとしたが、そうさせないようにアイツは上から力一杯押さえつけた。
「それが、一番いいって君だってわかってるだろ?」
怯え、首を振るだけしかできない俺の手を握り、アイツは銃口を自分の身体へと当てた。
「誰でもない、僕は君に殺されれば幸せだよ」
にっこりとアイツが笑う。どうしてこんなことになっているのだろう。俺はただ、アイツの幸せを願っているだけのはずだったのだ。どこで選択を間違えた? いくつもの分岐点が頭をよぎっていった――。
アイツ――ニコローズ・スティングナーが大統領になったのは、二十八歳のときだった。
「……ねえ」
「……うん」
カフェで食事をしている最中、ちらちらと若い娘がこちらを見てくる。そちらへ視線を向け、目のあったニコローズ――ニコは彼女たちへ軽く手を振った。途端に小さく、きゃーっと悲鳴が聞こえてくる。
「マメだね、お前も」
「そう? レンも手ぐらい振ってあげなよ」
おかしそうに笑うニコにため息をつき、ソーセージを口に運んだ。ニコはああ言うが、俺に手を振られたところで彼女たちは困惑するだけだ。だいたい、そんなの俺には似合わない。
食事を続けながら、目の前に座るニコを見る。蜂蜜酒のような金髪に、澄んだ空のような蒼い瞳。少し丸い顔にはそばかすが散っていて、それが彼を年よりも幼くみせている。俺よりは小さいとはいえ背も低くなく、笑顔がチャーミングな彼は女性たちを――国民を魅了していた。
一方の俺は、黒髪黒い瞳、威圧感を与えるように無駄に背が高い。さらにかけている銀縁スクエアの眼鏡が冷たくみせていた。いや、笑わない俺はそう思われているのだろう。軍の中でも「機械人形」だの「冷血参謀」だの陰で言われているのは知っていた。
「このあと、どうする?」
「どうするって、大統領がそんなにふらふらしてていいのか」
呆れた俺の口からため息が落ちていく。旧友とひさしぶりに一緒に食事とはいえ、もちろんふたりきりではない。ふたりほど護衛が付いてきている。
「たまには息抜きさせてよ。大統領府にこもってると、肩が凝っちゃってさ」
証明するかのように肩に手を置き、ニコが首を左右に曲げる。あそこはいまだに王政の名残で格式を大事にしているらしいし、確かに肩が凝るかもしれない。
「それにこれを逃したら、次はいつレンとゆっくりできるんだよ。まるで僕から逃げるみたいに、滅多に帰ってこないしさ」
「それは……」
皮肉るようにニコが笑う。なにも答えられなくて、フォークを置いた。俺たちの暮らす国、ベンブルグ連邦はもう長く、あちこちの国境で小さな小競り合いを繰り返していた。とある理由で軍は人手不足に近く、あちこちの戦場で俺は泥の中を這いずりまわっている。……というのは言い訳だ。忙しく戦場を駆け回っているのは事実だが、休暇がないわけではない。しかし、実家に帰ってこないのには理由があった。
「ま、いいよ。今日はとことん、僕に付き合ってもらうからね」
ニコが頬を膨らませ、苦笑いする。これで一国の大統領だなんて誰が信じるだろう。しかしニコは、この国のトップなのだ。
食事を終え、店を出る。
「市場にでも行ってみようよ」
「ああ」
ふたり連れ立って歩き出す。少しして、ニコは俺に身を寄せてきた。
「ねえ。巻いちゃわない?」
背後にいる護衛をちらりと見て、いたずらっ子のようにニコが笑う。
「いや……」
「ほら、行こう!」
俺の手を取り、いきなりニコが走り出す。慌てて護衛が追いかけてきたが、彼は足を止めなかった。
「おい!」
「早くって!」
それどころか笑いながらニコは何度も急に方向を変え、細い路地を駆け抜けていく。そのうち護衛の姿は見えなくなっていた。
「やっとふたりきりになれたね」
嬉しそうにニコが笑う。それが眩しくて、つい目を細めていた。
「あのなー」
「はいはい、説教はけっこうだよ。それにレンがいれば大丈夫でしょ? なんていったって〝冷酷騎士〟なんだし。ねえ、ウォルター少佐?」
わざとらしく俺を階級で呼び、ニコが意地悪く笑う。おかげで、羞恥によって顔の熱が上がっていった。
「……言うな」
眼鏡を手で覆うようにして上げ、赤くなっているであろう顔を誤魔化す。それも、俺につけられているあだ名のひとつだった。
「僕を殺してくれ」
アイツが、泣き笑いで俺を見る。そんなの、できるはずがない。嫌だと首を振り、後ずさる俺にアイツは迫ってきた。追い詰められ、背中はドアにぶち当たった。
「君に、殺されたいんだ」
持っていた拳銃をアイツが俺に握らせる。投げ捨てようとしたが、そうさせないようにアイツは上から力一杯押さえつけた。
「それが、一番いいって君だってわかってるだろ?」
怯え、首を振るだけしかできない俺の手を握り、アイツは銃口を自分の身体へと当てた。
「誰でもない、僕は君に殺されれば幸せだよ」
にっこりとアイツが笑う。どうしてこんなことになっているのだろう。俺はただ、アイツの幸せを願っているだけのはずだったのだ。どこで選択を間違えた? いくつもの分岐点が頭をよぎっていった――。
アイツ――ニコローズ・スティングナーが大統領になったのは、二十八歳のときだった。
「……ねえ」
「……うん」
カフェで食事をしている最中、ちらちらと若い娘がこちらを見てくる。そちらへ視線を向け、目のあったニコローズ――ニコは彼女たちへ軽く手を振った。途端に小さく、きゃーっと悲鳴が聞こえてくる。
「マメだね、お前も」
「そう? レンも手ぐらい振ってあげなよ」
おかしそうに笑うニコにため息をつき、ソーセージを口に運んだ。ニコはああ言うが、俺に手を振られたところで彼女たちは困惑するだけだ。だいたい、そんなの俺には似合わない。
食事を続けながら、目の前に座るニコを見る。蜂蜜酒のような金髪に、澄んだ空のような蒼い瞳。少し丸い顔にはそばかすが散っていて、それが彼を年よりも幼くみせている。俺よりは小さいとはいえ背も低くなく、笑顔がチャーミングな彼は女性たちを――国民を魅了していた。
一方の俺は、黒髪黒い瞳、威圧感を与えるように無駄に背が高い。さらにかけている銀縁スクエアの眼鏡が冷たくみせていた。いや、笑わない俺はそう思われているのだろう。軍の中でも「機械人形」だの「冷血参謀」だの陰で言われているのは知っていた。
「このあと、どうする?」
「どうするって、大統領がそんなにふらふらしてていいのか」
呆れた俺の口からため息が落ちていく。旧友とひさしぶりに一緒に食事とはいえ、もちろんふたりきりではない。ふたりほど護衛が付いてきている。
「たまには息抜きさせてよ。大統領府にこもってると、肩が凝っちゃってさ」
証明するかのように肩に手を置き、ニコが首を左右に曲げる。あそこはいまだに王政の名残で格式を大事にしているらしいし、確かに肩が凝るかもしれない。
「それにこれを逃したら、次はいつレンとゆっくりできるんだよ。まるで僕から逃げるみたいに、滅多に帰ってこないしさ」
「それは……」
皮肉るようにニコが笑う。なにも答えられなくて、フォークを置いた。俺たちの暮らす国、ベンブルグ連邦はもう長く、あちこちの国境で小さな小競り合いを繰り返していた。とある理由で軍は人手不足に近く、あちこちの戦場で俺は泥の中を這いずりまわっている。……というのは言い訳だ。忙しく戦場を駆け回っているのは事実だが、休暇がないわけではない。しかし、実家に帰ってこないのには理由があった。
「ま、いいよ。今日はとことん、僕に付き合ってもらうからね」
ニコが頬を膨らませ、苦笑いする。これで一国の大統領だなんて誰が信じるだろう。しかしニコは、この国のトップなのだ。
食事を終え、店を出る。
「市場にでも行ってみようよ」
「ああ」
ふたり連れ立って歩き出す。少しして、ニコは俺に身を寄せてきた。
「ねえ。巻いちゃわない?」
背後にいる護衛をちらりと見て、いたずらっ子のようにニコが笑う。
「いや……」
「ほら、行こう!」
俺の手を取り、いきなりニコが走り出す。慌てて護衛が追いかけてきたが、彼は足を止めなかった。
「おい!」
「早くって!」
それどころか笑いながらニコは何度も急に方向を変え、細い路地を駆け抜けていく。そのうち護衛の姿は見えなくなっていた。
「やっとふたりきりになれたね」
嬉しそうにニコが笑う。それが眩しくて、つい目を細めていた。
「あのなー」
「はいはい、説教はけっこうだよ。それにレンがいれば大丈夫でしょ? なんていったって〝冷酷騎士〟なんだし。ねえ、ウォルター少佐?」
わざとらしく俺を階級で呼び、ニコが意地悪く笑う。おかげで、羞恥によって顔の熱が上がっていった。
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