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第一章 噂
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また、ふたりで連れ立って歩く。いくらもしないうちに市場が見えてきた。
「だいぶ活気が戻ってきたな」
前に来たときはかろうじて開いている店はあるが商品はスカスカ、そんな状態なのでほとんど人もいなかった。しかし今日は店先にそれなりの量の商品が並び、多くの人で賑わっている。
「そうだろ。頑張ったからね」
くりくりした目で俺を見上げるニコは、ご主人様に褒められるのを待っている犬に見えた。軍で唯一、俺に懐いている軍用犬もよく、こんな顔で俺を見る。
「はいはい、偉い、偉い」
ため息をつきつつ、ニコの頭を軽くぽんぽんと叩いておざなりに褒めた。
「なんか適当。もっとちゃんと褒めてよね」
怒りながらニコは人混みを進んでいく。……俺に、どうしろと? これがいつもじゃないか。
「お詫びにアイス、奢ってよね」
ニコが立ったのは、アイスの屋台の前だった。
「はいはい」
適当に返事をし、俺もその隣に立って財布を出す。
「こんにちは、大統領。今日はいつもの護衛は一緒じゃないんですか?」
店主である年配の男性が、気さくに話しかけてくる。きっとニコはいつも、こうやって街を見てまわっているのだろう。
「今日は友達が一緒なんだ。ほら、覚えてない? レンだよ」
「ああ!」
店主が少し、驚いた顔をする。
「そういえば昔は、ふたりでよく来ていましたね」
懐かしそうに笑う店主は、完全に親の目をしていた。
「おじさん、アイスふたつね」
「はい、少々お待ちください」
「おい、俺は……」
俺の分まで頼むニコを慌てて止める。
「付き合ってよ、いいでしょ」
しかし彼に押し切られ、諦めた。
アイスと引き換えに金を払い、人気の少ない場所でふたり並んでアイスを舐める。
「……甘いな」
思わず顔を顰めてしまう。随分とひさしぶりに食べるアイスは、甘ったるくて胸焼けがしそうだ。
「そう? 普通だけど」
大人になってからは甘いものが苦手になった俺とは違い、いまだにお菓子が大好物のニコは美味しそうに食べている。
「でもよかったね。あの店、先週ようやく営業を再開したんだ」
「……そうか」
無言で、手の中のアイスを見つめる。ベンブルグが隣国リワースに侵略戦争を仕掛けていたのは少し前の話だ。数ヶ月で決着する、国の偉い連中はそう言っていたが、国民の誰もが信じていなかったし、軍はこれから始まる長い戦争を覚悟した。最初のうちこそ攻勢で政治家は意気揚々だったが、すぐに戦況は膠着状態になり泥沼化していく。次々に戦場へと送り込まれていく男たち。女たちは不足する人手を補おうと必死に働いた。それでなくても疲弊していた国はさらに疲弊していき、常に暗い影が落ちていた。
しかし三年後、ある出来事により我が国は戦争を続けていられなくなり、一応の終結をみた。そしてその出来事によってニコは大統領に祭り上げられたのだ。
「頑張ってるんだな」
この甘さは平和の味なのだ。急になんの変哲もないアイスが、これ以上ないごちそうに思えてきた。
「だから、もっと褒めていいんだよ?」
笑ってニコが腰を曲げ、俺の顔をのぞき込む。軍隊にこもりっきりの俺は知らなかったが、人々は笑顔に溢れ、子供のはしゃぐ声が聞こえる。それもこれも全部、ニコが努力した結果なのだ。
「本当に偉いよ、お前は」
ニコが大統領になったとき、若すぎるトップの誕生に不安の声も当然上がっていた。もうこの国はこれ以上、失敗する余裕がないのだ。しかしニコは努力を重ね、ここまで国を立て直した。きっと、かなりの苦労も苦悩もあったはずだ。なのにいつも笑顔で、まわりに不安を感じさせない。そんなニコを俺は尊敬していたし、同時にいつかポッキリ折れてしまいそうな危うさを心配していた。
「えー、それだけー?」
また、唇を尖らせてニコが抗議してくる。公では大統領なんて偉くても、俺の前では子供のままなニコがおかしかった。
「わかった。ご褒美になんか買ってやる」
「やった。欲しいものがあるんだよねー」
ニコは嬉しそうににこにこ笑っている。本当にいつまでもお子様だ。
アイスも食べ終わり、煙草を咥えて火をつける。いまだに残る甘さを消したかった。
「ほんとみんな、煙草が好きだよね」
俺の隣でニコが顔を顰める。
「会議のときとかさ、みーんな煙草吸ってるから、部屋の中が煙で真っ白になっちゃうんだよ。煙いったらありゃしない」
呆れ気味に苦情を言うニコについ、笑ってしまう。軍でも会議のときはほぼ全員が煙草を吸っているので、似たような状態だった。しかし、吸わないニコにしてみれば、堪ったもんじゃないのかもしれない。まだ二口しか吸っていない煙草を地面に落とし、革靴の底で揉み消した。
「はいはい。悪かったって」
「もー、ほんとに悪いって思ってるの? そうだ、煙草にたかーい税金かけちゃおうか? そうすれば予算は増えるし、吸う人も減るんじゃない?」
なにやらニコは真剣に考え出したが、酒と煙草は俺の唯一の楽しみなのでやめてもらいたい。それでなくても酒には、前政権の名残で高い税金がかかっているのだ。
「だいぶ活気が戻ってきたな」
前に来たときはかろうじて開いている店はあるが商品はスカスカ、そんな状態なのでほとんど人もいなかった。しかし今日は店先にそれなりの量の商品が並び、多くの人で賑わっている。
「そうだろ。頑張ったからね」
くりくりした目で俺を見上げるニコは、ご主人様に褒められるのを待っている犬に見えた。軍で唯一、俺に懐いている軍用犬もよく、こんな顔で俺を見る。
「はいはい、偉い、偉い」
ため息をつきつつ、ニコの頭を軽くぽんぽんと叩いておざなりに褒めた。
「なんか適当。もっとちゃんと褒めてよね」
怒りながらニコは人混みを進んでいく。……俺に、どうしろと? これがいつもじゃないか。
「お詫びにアイス、奢ってよね」
ニコが立ったのは、アイスの屋台の前だった。
「はいはい」
適当に返事をし、俺もその隣に立って財布を出す。
「こんにちは、大統領。今日はいつもの護衛は一緒じゃないんですか?」
店主である年配の男性が、気さくに話しかけてくる。きっとニコはいつも、こうやって街を見てまわっているのだろう。
「今日は友達が一緒なんだ。ほら、覚えてない? レンだよ」
「ああ!」
店主が少し、驚いた顔をする。
「そういえば昔は、ふたりでよく来ていましたね」
懐かしそうに笑う店主は、完全に親の目をしていた。
「おじさん、アイスふたつね」
「はい、少々お待ちください」
「おい、俺は……」
俺の分まで頼むニコを慌てて止める。
「付き合ってよ、いいでしょ」
しかし彼に押し切られ、諦めた。
アイスと引き換えに金を払い、人気の少ない場所でふたり並んでアイスを舐める。
「……甘いな」
思わず顔を顰めてしまう。随分とひさしぶりに食べるアイスは、甘ったるくて胸焼けがしそうだ。
「そう? 普通だけど」
大人になってからは甘いものが苦手になった俺とは違い、いまだにお菓子が大好物のニコは美味しそうに食べている。
「でもよかったね。あの店、先週ようやく営業を再開したんだ」
「……そうか」
無言で、手の中のアイスを見つめる。ベンブルグが隣国リワースに侵略戦争を仕掛けていたのは少し前の話だ。数ヶ月で決着する、国の偉い連中はそう言っていたが、国民の誰もが信じていなかったし、軍はこれから始まる長い戦争を覚悟した。最初のうちこそ攻勢で政治家は意気揚々だったが、すぐに戦況は膠着状態になり泥沼化していく。次々に戦場へと送り込まれていく男たち。女たちは不足する人手を補おうと必死に働いた。それでなくても疲弊していた国はさらに疲弊していき、常に暗い影が落ちていた。
しかし三年後、ある出来事により我が国は戦争を続けていられなくなり、一応の終結をみた。そしてその出来事によってニコは大統領に祭り上げられたのだ。
「頑張ってるんだな」
この甘さは平和の味なのだ。急になんの変哲もないアイスが、これ以上ないごちそうに思えてきた。
「だから、もっと褒めていいんだよ?」
笑ってニコが腰を曲げ、俺の顔をのぞき込む。軍隊にこもりっきりの俺は知らなかったが、人々は笑顔に溢れ、子供のはしゃぐ声が聞こえる。それもこれも全部、ニコが努力した結果なのだ。
「本当に偉いよ、お前は」
ニコが大統領になったとき、若すぎるトップの誕生に不安の声も当然上がっていた。もうこの国はこれ以上、失敗する余裕がないのだ。しかしニコは努力を重ね、ここまで国を立て直した。きっと、かなりの苦労も苦悩もあったはずだ。なのにいつも笑顔で、まわりに不安を感じさせない。そんなニコを俺は尊敬していたし、同時にいつかポッキリ折れてしまいそうな危うさを心配していた。
「えー、それだけー?」
また、唇を尖らせてニコが抗議してくる。公では大統領なんて偉くても、俺の前では子供のままなニコがおかしかった。
「わかった。ご褒美になんか買ってやる」
「やった。欲しいものがあるんだよねー」
ニコは嬉しそうににこにこ笑っている。本当にいつまでもお子様だ。
アイスも食べ終わり、煙草を咥えて火をつける。いまだに残る甘さを消したかった。
「ほんとみんな、煙草が好きだよね」
俺の隣でニコが顔を顰める。
「会議のときとかさ、みーんな煙草吸ってるから、部屋の中が煙で真っ白になっちゃうんだよ。煙いったらありゃしない」
呆れ気味に苦情を言うニコについ、笑ってしまう。軍でも会議のときはほぼ全員が煙草を吸っているので、似たような状態だった。しかし、吸わないニコにしてみれば、堪ったもんじゃないのかもしれない。まだ二口しか吸っていない煙草を地面に落とし、革靴の底で揉み消した。
「はいはい。悪かったって」
「もー、ほんとに悪いって思ってるの? そうだ、煙草にたかーい税金かけちゃおうか? そうすれば予算は増えるし、吸う人も減るんじゃない?」
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