恋という音は君の名前に似ている

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第一章 噂

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 市場を離れ、街へと戻る。ニコが俺を連れてきたのは、時計店だった。
「懐中時計が壊れちゃってさ」
 店主に言い、ニコはいくつか懐中時計を見せてもらっている。
「それくらい、修理か買うかしてもらえよ」
 国のトップの持ち物なのだ、できないなんてないだろう。
「嫌だよ。僕はアイツにはなりたくない」
 時計に目を向けたままニコに言われ、急に恥ずかしくなった。たとえ少額でも、国費を自分のために使ってはいけない。ニコはきっとそう、自分を律している。
 前大統領であったエンゲッツは、長くその職に就いていた。昔は違ったと聞くし、きっと権力にしがみついているうちに変わってしまったのだろう。国庫を自分の財布として扱い、贅の限りを尽くした。賄賂が横行し、街の警官ですらそれを強要する。当然、国民の不満は溜まったが、それを逸らすように始めたのが隣国リワースへの侵攻だ。
 けれどそれはエンゲッツの思惑から大きく外れ、国民はさらなる不満を募らせる。――結果。
『エンゲッツを倒せ!』
『大統領府に火をつけろ!』
 人々が一気にエンゲッツのもとへと押し寄せる。きっかけがなんだったのかなんて、今となってはわからない。ただ、一触即発でいつなにが起こってもおかしくない状態だった。
 もちろん、軍には沈静させろと命令が出た。しかし軍はそれを無視し、騒ぎを静観したのだ。それほどまでに軍もエンゲッツのやり方に腹を据えかねていた。
 エンゲッツは国を追われ、どこぞの国に逃げ込んだとも、逃亡の途中で恨みを持つ人間に殺されたとも聞く。空になった大統領の椅子に誰が座るかでまた揉めた。現役の政治家の多くはエンゲッツの息がかかり、腐敗していた。それで、白羽の矢が立ったのがニコ――ニコローズ・スティングナーだ。
 大学卒業後、ニコは父親と同じく政治家の道を歩んでいた。議員としての当選歴こそないが、父親の下で働き、知識は豊富。さらに戦争孤児の面倒をみたり、物資が少しでも融通できないかと走り回ったり、とにかく国民のために頑張っている姿が人々の目に焼き付いていた。若すぎるとの声は、経験不足は補佐をつけて補えばいいと押さえつけられ、ニコは二十八歳という若さで大統領になった。
「これがいいと思うけど、どう思う?」
 ひとつの懐中時計をニコが指す。それは意外にも、シルバーの時計だった。
「金がいいんじゃないか」
 その隣の時計を指す。彼の髪と同じ色のそれのほうが、俺としては好みだ。
「んー」
 ふたつを見比べながら、ニコは悩んでいる。
「やっぱり、こっちがいい」
 しかしニコが選んだのはシルバーのほうだった。
「まあ、お前がいいならいいけど」
 もちろん、俺が金を払ってやる。ついでに揃いで、シルバーのチェーンも買ってやった。
「ありがとう、レン」
 嬉しそうにニコが笑う。それに感じる自分の気持ちを、心の底に閉じ込めた。
 特にすることもないので、ぶらぶらと街を見てまわる。
「大統領!」
「スティングナー大統領」
「ハイ」
 ニコに気づき、人々が気さくに声をかけてくる。彼はそれらすべてに笑顔を返し、手を振っていた。
「人気者は大変だな」
「そうでもないよ」
 ニコは平気な顔をしているが、無理をしていないか俺は心配になった。
「寄っていい?」
 しばらく歩いて見えてきた菓子屋をニコが指さす。
「ああ」
 一緒に入った店の中には、キャンディやキャラメルといった子供が喜びそうな菓子が並んでいた。
「んー、これとー、これとー、あ、そっちも」
 悩みながらニコは大量にお菓子を買い込んでいる。
「孤児院に差し入れか」
「うん、そう」
 彼には昔から、懇意にしている孤児院がある。きっとあそこの子供たちに持っていくのだろう。
「あー、あとこれも」
 先程まで甘い菓子ばかり選んでいたのに、最後にニコが追加したのはナッツだった。
「それも差し入れか」
「あー、いや。うちの補佐殿に」
 俺の問いにニコが苦笑いを浮かべる。菓子は孤児院に届けてもらうようにし、ナッツだけニコは受け取った。
「セドリード、ナッツが好きでさー。いつもポケットに忍ばせて、ぽりぽり食べてるの」
 思い出しているのか、ニコはおかしそうに笑っている。がっしりとした体格で厳つい顔をしてるあの男が、ポケットからナッツを出してぽりぽりと囓っている姿など、俺には想像できない。
「それをからかうと凄く嫌がるんだけどさ。あの、いつも苦虫を噛みつぶしたみたいにムスッとしているアイツが、嫌がるのが面白くて。だからこうやって買ってあげるの」
 また、おかしそうにニコは笑った。
 セドリードはその灰色の髪と目と同じように、常に不機嫌そうな顔をしている。俺と同じく、笑わないのではないかと噂されている男だ。彼は些か複雑な事情で隣国リワースから我が国に亡命してきた。リワースではいまだに王政が引かれており、王が政治の実権を握っている。時代錯誤なことに彼は、和平締結時に人質としてベンブルグにやってきた。いや、こちらとしては断ったのだ。しかし、半ば無理矢理、押しつけられた。そう、彼は王の息子とはいえ下働きの娘に産ませた子らしいので、持て余していたところを無理矢理押しつけたというのが正解なのかもしれない。
 そんな事情だからか、彼はベンブルグに到着と同時に亡命を希望した。代わりに、政治ノウハウを提供するという。我が国は先の騒動で政治家のほとんどが追い払われ、素人同然のものたちが頭を付き合わせてどうにかやっている状態だった。しかも大統領のニコにはトップどころか政治の経験がない。セドリードの政治手腕は我が国にも響いていたし、そのせいで煙たがられて国を追放された節もある。切羽詰まっていた我々は、彼をニコの補佐として迎え入れた。
「あのセドリードがナッツ好き、ね」
 これからはベンブルグに忠誠を尽くすという言葉どおり、ヤツは勤勉に働いている。おかげで、国も上手く機能していた。しかし俺はどこか、アイツに胡散臭さを感じ、警戒していた。もっとも、アイツがニコの一番傍にいるからかもしれないが。
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