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第四章 救
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式典に呼ばれて首都に向かう汽車の中、ぼーっと流れていく窓の外を眺める。まるで未来を暗示するかのごとく、空は厚く暗い雲で覆われていた。
……いよいよ、か。
今日までずっと、軍――国にも、イェルナーにも従順なフリをしながら、実際はいかにしてニコを救い出すかばかり考えていた。イェルナーはニコを捕らえ、衆人環視の前で処刑するつもりのようだが、そんなの俺が許さない。俺はイェルナーの計画を利用してニコを奸臣セドリードの手から救い出すのだ。
いつもなら大々的に祝われる建国記念日だが、前日だというのに首都は閑散としていた。
「淋しいもんですね」
ぽつりと漏らした副官を一瞥する。
「す、すみません! なんでもないです!」
俺に睨まれたと思ったのか、彼はびしっと姿勢を正して棒立ちになった。俺としては彼を、ただ見ただけだったのだが。それほどまでに最近は、周囲の人間に恐れられていた。
軍本部へ着くと同時に参謀次長に呼ばれた。
「ルミアはどうだ」
「芳しくありません」
初老の彼の前に背筋を伸ばして立つ。
「じりじりと戦線は後退していっています」
もう州の中程まで我々は下がってきていた。撤退も近いだろう。
「なんたるていたらく! あれだけ豊富に人員は補充しているだろう!」
ドン!と参謀次長が机を叩き、置かれていた灰皿が跳ねる。それを無感情に見ていた。豊富な人員というが、銃も撃ったことがない一般人ばかり。さらには無理矢理連れてこられているので、士気も忠誠心もない。生きた弾よけとしか使いようにない彼らで、勝てると思っているのだろうか。
もっとも、そんなことすら俺にはどうでもよかった。ニコを救い出し、アイツを守ってこれからは生きていく。それしかもう、目的はない。
生産性のない参謀次長の話を無表情に立ったまま聞き流す。ほんの少し前はあんなに英雄だなんだと持ち上げていた癖に無能だと罵られた。まったく、都合がよすぎて笑いたくなる。
「なんだキサマ、バカにしているのか!」
それで知らず知らず笑っていたようで、参謀次長は顔を真っ赤に染めて唾を飛ばした。
「……いえ。そんなつもりは」
殊勝な表情を作り、顔を引き締める。しかしいらぬスイッチを押したみたいで、彼はさらに激しく俺を罵りだした。どうでもいいがこの話はいつまで続くのだろうか。いい加減、ただ立っているだけなのも疲れた。いっそ、撃ち殺してしまおうか。上着の上から脇に吊してある銃にそっと触れる。俺に銃を向けられ、混乱しながら死んでいく参謀次長を想像したら愉快な気持ちになった。
俺の気持ちなど知らず、彼は苛々と煙草を吸いながら俺を罵り続ける。もう仕事の失敗を責めるものではなく、日頃の鬱憤を晴らすものになっていた。
……殺す。絶対に殺す。
実行しようと上着の中に手を入れかけて、止まる。俺がコイツを殺せばきっと、騒ぎになるだろう。簡単に捕まる気はないが、それでも捕まれば明日、ニコを救いに行けなくなる。それだけは避けなければ。魅力的な考えを振り払い、姿勢を戻して真面目に聞いているフリをした。
結局、参謀次長の部屋を出たのは訪問から二時間ほど経った頃だった。
「……疲れた」
煙草を吸える場所を探して少し歩く。さすがに、廊下で吸うわけにはいかない。
「ウォルター大佐!」
「……あ゛?」
思わず俺を呼んだ相手を不機嫌に睨んでいた。それくらい俺は煙草切れを起こし、苛ついていた。
「ひっ」
短く悲鳴を上げ、ソイツ――イェルナーが半歩、後ろへ下がる。
「ああ、すまん」
別にそんな気持ちはないが、とりあえず詫びておく。
「いえ。参謀次長の話、長かったもんですね」
同情するように笑い、応接室へと彼は俺を連れていった。そこでようやく煙草に火をつける。やっと、まともに息ができた気がした。
「計画は順調です、なんの問題もありません」
「そうか」
ゆっくりと煙を吐き出し、短くそれだけ返事をする。そんな俺にかまわず、イェルナーは蕩々と話し始めた。軍部の若い将校はほとんどこちら側の人間だとか。作戦本部の少将が賛同してくれているだとか。そんな話をぼうと煙草を吹かしながら聞いていた。正直、俺にとってはどうでもいい話だ。俺は、ニコさえ救えればそれでいい。それに話の段階では理解を示して乗ってきても、いざ実行となると及び腰になり行動に出ない人間もいるだろう。それだけならいい、裏切り者が出ないとは限らない。なのにイェルナーは成功を確信しており、滑稽だった。
「いよいよ明日、決起なんですね……!」
感極まり、薄ら涙すら浮いている彼を冷めた目で見ていた。――このクーデターは失敗する。頭に担ぎ出されているこの俺が、にこを連れて逃げるのだから。
……いよいよ、か。
今日までずっと、軍――国にも、イェルナーにも従順なフリをしながら、実際はいかにしてニコを救い出すかばかり考えていた。イェルナーはニコを捕らえ、衆人環視の前で処刑するつもりのようだが、そんなの俺が許さない。俺はイェルナーの計画を利用してニコを奸臣セドリードの手から救い出すのだ。
いつもなら大々的に祝われる建国記念日だが、前日だというのに首都は閑散としていた。
「淋しいもんですね」
ぽつりと漏らした副官を一瞥する。
「す、すみません! なんでもないです!」
俺に睨まれたと思ったのか、彼はびしっと姿勢を正して棒立ちになった。俺としては彼を、ただ見ただけだったのだが。それほどまでに最近は、周囲の人間に恐れられていた。
軍本部へ着くと同時に参謀次長に呼ばれた。
「ルミアはどうだ」
「芳しくありません」
初老の彼の前に背筋を伸ばして立つ。
「じりじりと戦線は後退していっています」
もう州の中程まで我々は下がってきていた。撤退も近いだろう。
「なんたるていたらく! あれだけ豊富に人員は補充しているだろう!」
ドン!と参謀次長が机を叩き、置かれていた灰皿が跳ねる。それを無感情に見ていた。豊富な人員というが、銃も撃ったことがない一般人ばかり。さらには無理矢理連れてこられているので、士気も忠誠心もない。生きた弾よけとしか使いようにない彼らで、勝てると思っているのだろうか。
もっとも、そんなことすら俺にはどうでもよかった。ニコを救い出し、アイツを守ってこれからは生きていく。それしかもう、目的はない。
生産性のない参謀次長の話を無表情に立ったまま聞き流す。ほんの少し前はあんなに英雄だなんだと持ち上げていた癖に無能だと罵られた。まったく、都合がよすぎて笑いたくなる。
「なんだキサマ、バカにしているのか!」
それで知らず知らず笑っていたようで、参謀次長は顔を真っ赤に染めて唾を飛ばした。
「……いえ。そんなつもりは」
殊勝な表情を作り、顔を引き締める。しかしいらぬスイッチを押したみたいで、彼はさらに激しく俺を罵りだした。どうでもいいがこの話はいつまで続くのだろうか。いい加減、ただ立っているだけなのも疲れた。いっそ、撃ち殺してしまおうか。上着の上から脇に吊してある銃にそっと触れる。俺に銃を向けられ、混乱しながら死んでいく参謀次長を想像したら愉快な気持ちになった。
俺の気持ちなど知らず、彼は苛々と煙草を吸いながら俺を罵り続ける。もう仕事の失敗を責めるものではなく、日頃の鬱憤を晴らすものになっていた。
……殺す。絶対に殺す。
実行しようと上着の中に手を入れかけて、止まる。俺がコイツを殺せばきっと、騒ぎになるだろう。簡単に捕まる気はないが、それでも捕まれば明日、ニコを救いに行けなくなる。それだけは避けなければ。魅力的な考えを振り払い、姿勢を戻して真面目に聞いているフリをした。
結局、参謀次長の部屋を出たのは訪問から二時間ほど経った頃だった。
「……疲れた」
煙草を吸える場所を探して少し歩く。さすがに、廊下で吸うわけにはいかない。
「ウォルター大佐!」
「……あ゛?」
思わず俺を呼んだ相手を不機嫌に睨んでいた。それくらい俺は煙草切れを起こし、苛ついていた。
「ひっ」
短く悲鳴を上げ、ソイツ――イェルナーが半歩、後ろへ下がる。
「ああ、すまん」
別にそんな気持ちはないが、とりあえず詫びておく。
「いえ。参謀次長の話、長かったもんですね」
同情するように笑い、応接室へと彼は俺を連れていった。そこでようやく煙草に火をつける。やっと、まともに息ができた気がした。
「計画は順調です、なんの問題もありません」
「そうか」
ゆっくりと煙を吐き出し、短くそれだけ返事をする。そんな俺にかまわず、イェルナーは蕩々と話し始めた。軍部の若い将校はほとんどこちら側の人間だとか。作戦本部の少将が賛同してくれているだとか。そんな話をぼうと煙草を吹かしながら聞いていた。正直、俺にとってはどうでもいい話だ。俺は、ニコさえ救えればそれでいい。それに話の段階では理解を示して乗ってきても、いざ実行となると及び腰になり行動に出ない人間もいるだろう。それだけならいい、裏切り者が出ないとは限らない。なのにイェルナーは成功を確信しており、滑稽だった。
「いよいよ明日、決起なんですね……!」
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