恋という音は君の名前に似ている

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 救

4-4

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 翌日、計画実行の日。今年は冬の訪れが早いのか、朝から初雪がちらついていた。寒い中、建国記念の式典会場へと向かう。こんな天気だが式典は予定どおり、外で行われるらしい。
 通過した街はやはり、閑散としていた。祭りどころか普段の活気すらない。人々は秘密警察に怯えながら、堅く門戸を閉ざして生活をしていた。
 それでも式典会場である大統領府の広場には着飾った人々が集まっていた。
「あら、ドレスを新調なさったの?」
「ええ。フレッチェの最新作なの」
「こう寒いとじっくりと煮込んだ仔羊肉でも食べたくなりますな」
「まったくです」
 華やかなそれらは、急にモノクロからカラーの世界に飛び込んだように感じさせる。彼らはニコに、政府に媚びへつらい、こんな世の中でも人生を謳歌していた。イェルナーなどは反吐が出るなどと言っていたが、俺はそんな感情すら抱かなかった。それよりもこんな連中に囲まれているからニコは自由にできないのだと怒りが湧く。
 指定された席に座り、式典が始まるのを待つ。もう式が始まろうという時間になっても、ニコは姿を見せない。セドリードも、だ。開始時間を十分過ぎてもニコが姿を現さず、会場内がざわめきだした。
「遅れて、すみませーん」
 その頃になってようやく、ニコがセドリードに半ば支えられて壇上に上がってきた。へらへら笑っているアイツは酔っているのか、ろれつが回っていない。
「えっと。建国記念、めでたいですね、っと」
 演説台の前に立ち、ニコが挨拶を始める。
「お前が国を滅ぼそうとしているのに、なにがめでたいんだってみんな、思ってるでしょうね。そーだよね、わかってるよ!」
 ニコの顔から笑みが、消えた。激しいいかりで燃える目で、人々を睨めつける。会場内は水を打ったかのようにしんと静まりかえった。
「わかってるんだよ、僕が国をダメにしてるって。僕がみんなを苦しめてるってわかってるんだ。なのにいつまでも僕を、大統領、大統領、って。不満があるなら僕を引きずり下ろせよ。僕を、倒しに来い!」
 ニコの血を吐くような叫びは針となり、すべて俺の心臓に刺さる。
「もう、終わりにしたいんだ……」
 ニコの表情が泣き笑いに変わる。とうとう泣き出したニコを壇上から降ろし、セドリードは大統領府の中へと連れていった。残された人々はどうしていいのかわからず、会場内は微妙な空気になる。
「あ、その。次は……」
 それでも我に返った司会が進行を始め、式典はどうにか終わった。
 その後のパーティにも呼ばれていたが、サボって宿舎へと帰る。早く、早くニコを救わなければ。気持ちだけが、急く。ニコはあんなにも苦しんでいる。ニコはきっと、俺に救われるのを待っている。
「あと少しだ、待ってろよ」
 窓の向こう、官邸に向かって呟いた。

「……さむっ」
 イェルナーが寒そうに肩を抱く。朝から雪は降り続き、薄らと積もっていた。
「寒くないんですか?」
「いや?」
 信じられないといった顔で彼が俺を見る。こんな天気は想定していなかったので、外套は持ってきていなかった。
 郊外にある、今は使われていない軍施設には深夜にも関わらず、続々と若き将校たちが集まってきている。彼らは正義感と熱意で溢れていて、そのせいで反対に暑いくらいだ。
 予定の時間になり、イェルナーに促されてホール中央にある階段の中程まで上る。見渡した彼らは期待を込めた目で俺を見ていた。
「腐った政府を倒し、俺たちが正しい姿へと導こう」
 ――俺の短い演説の、次の瞬間。
「うぉーっ!」
 まさに鬨の声といったように大きな歓声が上がる。
「やるぞ、やるぞ」
「俺たちが政府を倒すんだ」
 彼らは大興奮だが、俺はどこまでも冷静だった。せいぜい、俺のために働けばいい。俺はただ、俺の目的を達成させてもらうだけだ。
 数人ずつのグループに分かれ、施設を出ていく。俺も準備を整えた。腰にも、軍刀を下げる。
「なにもウォルター大佐自ら赴かなくても」
 俺が現場に出るのにイェルナーは不服そうだ。大将は控えていて不測の事態に備えるべき、などと考えているのだろうし、俺もそうだと思う。しかし俺が直接行かなければ、アイツの苦しみなどなにひとつ理解していないバカなコイツらにニコは捕らえられてしまう。
「俺が官邸に踏み込み、スティングナー大統領を捕らえたほうがセンセーショナルだろ。それに、士気も上がる」
「大佐……!」
 俺の言葉に彼は感動しているようだが、これはただの方便だ。これっぽっちもそんな気持ちは俺にはない。
 まだ軍に入ったばかりのような将校の運転で俺も官邸に向かう。少し離れた場所で降り、警備でもしている体を装って周辺を歩いた。あたりはしんしんと降り積もる雪のせいか、我々の歩く足音しかしない。
 ぐるりと官邸のまわりを歩き、正面に戻ってくる。そこで立ち止まってひとりが時計を確認し、少しして小さく頷いた。計画では決めた時間に一斉に、政府要人を襲撃する手はずになっている。彼に頷き返し、我々は官邸の中へと足を踏み入れた。いよいよ決起の――ニコを救い出す時間だ。
 中にはいるはずの警護はいなかった。イェルナーが買収したらしい。それほどまでにニコのまわりは腐りきっていた。
 寝室までの廊下を一気に駆け抜ける。
「スティングナー大統領!」
 勢いよく開けた部屋の中では、ニコがセドリードに組み伏せられていた。それを見て、一瞬で頭が沸騰した。
「ニコから離れろ、奸臣が!」
 軍刀を抜き、一息に距離を詰める。ヤツはニコから離れようとしていたが、驚愕のあまりニコが締め付けそれを拒んでいた。軍刀を振り上げた俺を、珍しく感情を露わにしたヤツが怯えたように見上げる。しかし次の瞬間、観念したかのように静かに目を閉じた。
「……地獄に、落ちろ」
 怒りにまかせ、ヤツの首めがけて刀を振り下ろす。一拍おいてヤツの頭が、気持ちいいくらいに飛んだ。
「え、なに? なに?」
 セドリードが噴き出した血に塗れながら、ニコは取り乱している。
「リド? リド!」
 まだ状況が把握できていないのか、ニコは返事を求めるように首のないセドリードの身体を揺らした。
「セドリードなら、死んだ」
 髪を持ってヤツの首を掴み、ニコの元に戻ってくる。乱雑にその死体をベッドから蹴落とし、首をニコの鼻先に突きつけた。
「あ、あ」
 ぺたぺたとニコが、物言わぬセドリードの顔に触れる。みるみるニコの顔から表情が失われていった。
「ああーっ!」
 やっとヤツの死を理解したのか、喉が裂けるような絶叫したあと、ニコは気を失った。
「なにも、首を刎ねなくても」
 一緒に来ていた将校のひとりが不満そうに漏らす。
「なんか言ったか?」
「いえ、なんでもありません!」
 しかし俺に睨みつけられ、ビシッと姿勢を正した。
 シーツで拭えるだけニコについた血を拭ってやる。そのあいだに他の人間がニコの外套を探し出してくれた。渡されたそれで、ニコを包む。
「俺はニ……スティングナーを連れて先に帰るから、あとは頼む」
「あの、でも」
「この場をこのままにしてはおけないだろ? 奸臣、セドリードは討ち取った、スティングナー大統領も俺たちの手にあると国民に知らしめろ。それは、君たちの仕事だ。頼んだぞ」
 いかにも信頼しているようにひとりの肩を軽く叩く。
「は、はい!」
 すぐに彼の顔は喜びに染まっていった。さらに他の将校たちと肩を叩きあい、俺たちは大佐に信頼されていると喜んでいる。本当に扱いやすくて助かる。こういう人間だから、このようなバカな計画に簡単に乗るのだろう。
「では、あとは任せた」
「はい、お任せください!」
 嬉しそうに彼らが俺に向かって敬礼をする。それをバカらしく思いながら、ニコを抱き抱えて官邸を出た。勝手にキーを借りて官邸にある車にニコとともに乗り込み、走らせる。向かうのは成功を確信し、俺の帰りを待つイェルナーの元ではない。秘密裏に俺が準備した山荘だ。少し長旅になるが、……まあ、大丈夫かな。それにしてもこんなに愉快な気分はひさしぶりだ。ニコを、この俺の手に取り戻した。これからは俺が守ってやるからな、もうなにも心配しなくていい――。
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