結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第八章 それでもあなたに会えてよかった

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幸い、なのか今日は私のほうが帰るのが早かった。
紘希のいない家で、大急ぎで荷物をまとめてしまう。

「どう、しよう、かな」

「くぅーん」

私の様子がおかしいと察しているのか、イブキが心配そうに手を舐めた。

「ごめんね、イブキ。
ママはいなくなるけど、パパをよろしくね」

「くぅーん」

また、イブキが淋しそうに鳴く。
それに後ろ髪を引かれそうになったが、私はここを出ていくと決めたのだ。

正俊が口止めに要求したのは、お金と私の身体だった。
予想どおりすぎて反吐が出る。
それに、それで本当に彼ら親子が黙っていてくれるのなら、そうしてもいい。
しかしそれでなおかつ、アイツら親子は紘希も脅すのだ。
きっと私たちは気づかないと思っているんだろうが、そんなのすぐにわかるに決まっている。

私が要求を呑まなければ、鏑木親子が私は殺人未遂犯の娘だと会社で声高に言いふらすのもわかっている。

――でもそのとき、私が紘希と別れていれば?

紘希くらい頭が回れば、いくらでも言い逃れができるはずだ。
だから私は当初の計画どおり、紘希の元から去ろうと決めていた。

「でも、迷っちゃうんだよ……」

意見なんて言ってくれないのはわかっていながら、イブキに尋ねる。
ぐずぐずしているうちに、紘希から今から帰ると連絡が入った。
早くここを出なければ、紘希に理由を話さなければいけなくなる。
それに結婚直後にあんなに離婚を拒否してきた彼だ、承知してくれないかもしれない。
……状況が変わった今となっては、わからないが。
紘希が帰ってくる前に出ていかなければいけないとわかっているのに、最後に彼の顔を見たいと思っている自分もいる。

「どーしよーかねー」

「くーん?」

私が首を傾げるのと一緒に、抱き上げたイブキが首を傾げた。

「イブキは、どう思う?」

「わん!」

私が遊んでいるとでも思ったのか、脳天気な顔で鳴き、イブキはぶんぶん尻尾を振っている。

「そうだね、ちょっとだけ、ちょっとだけイブキと最後に遊んでから出ていけばいいよね」

「わん!」

同意だと、イブキが鳴く。
イブキを理由に自分に言い訳をし、紘希の帰りを待った。

「ただいまー」

「お、おかえ、り」

紘希にキスされながら、ついぎこちなくなってしまう。

「なあ。
玄関にキャリーケース出てたけど、出張でも入ったのか?」

「えっ、あっ、うん。
そう」

慌てて答えながら、彼の目は見られない。

「ほんとに?」

すぐに異変に気づいたのか、彼は眼鏡がぶつかりそうな距離まで顔を寄せてきた。

「ほ、本当。
明日から、二泊三日」

「ちゃんと俺の目を見て言え」

どうにか誤魔化そうとするのに、紘希が顔を逸らせないように手で掴んでくる。
レンズの向こうの瞳は嘘を許さないと語っていて、たじろいだ。

「ほ、本当だよ」

それでも、思いっきり視線を逸らしながらも、まだ嘘を吐きとおす。

「嘘だね」

突き放すように彼が私から手を離す。
その目は酷く冷たかった。
怒らせた。
しかし、このまま喧嘩をすれば、家を出ていきやすくなる。

「正俊になんか言われたんだろ」

彼はソファーに乱雑に腰を下ろし、呆れるように短くため息をついた。

「えっ、あっ、いや……」

図星すぎてなにも返せない。

「アイツ今日、こっち来てたみたいだもんな。
仕事の用とかあるわけないし、目的はナンパか純華だろ」

「ええっと……」

正俊は紘希と同じく、子会社で一般社員として働いているが、威張り散らすだけでまともに仕事をしていない。
上司も社長である父親が怖くて注意できないらしい。
そんな調子なので、子会社よりもいい女がいるからとか迷惑な理由でしょっちゅう就業時間中にうちに来ては、女性を口説いていた。

「最近、どうにか俺に嫌がらせできないか画策しているみたいだし、そうなると純華に会いに来たに決まってる」

「うっ」

紘希には全部、わかっちゃうんだ。
というか、それだけ正俊が小物ってことなんだけれど。

「純華」

彼が自分の隣を軽く、とんとんと叩く。
強い瞳で命じられ、渋々そこに座った。

「なにを言われた?」

真っ直ぐに彼が私を見つめる。
絶対に俺が守る、レンズの向こうの瞳はそう語っていて、胸がじんと熱くなった。

「べ、別に?
紘希を裏切って俺の女になれとか、なんの捻りもなくて笑っちゃうよね」

それでもまだ、嘘を吐く。
本当の理由を知れば彼がどうするのかわかっているだけに、絶対に話したくない。

「なんでそんな嘘吐くの?」

さらりと言った彼からは、なんの感情もうかがえない。

「う、嘘じゃないよ」

こんなに視線を泳がせていればバレバレだってわかっていながら、さらに嘘を重ねる。

「俺の目を見て言えって言ってるよね?
見られないの?
見られないよね、嘘吐いてるんだから」

紘希がさらに追求してきて、追い詰められた私は。

「そうだよ!
嘘吐いてるよ!
嘘を吐く女なんて嫌いでしょ!?
だったら出ていくよ、バイバイ!」

逆ギレしたフリをして、勢いよく立ち上がる。
きっと紘希はこんな私に呆れて、怒っているはず。
本気で嫌いになってくれたら、もっといい。
そのまま一歩踏み出したものの。

「純華、落ち着け」

すぐに立ち上がった紘希が、私を抱き締めてきた。

「バカ、離せ!
私はもう、紘希なんて愛してないんだから……!」

手足を激しく動かし、ときには彼を殴るものの、紘希の手は少しも緩まない。

「絶対に離さない。
今離したらきっと、二度と純華に会えなくなる」

まるで私の痛みまで抱え込むように、私を抱き締める彼の手に痛いくらい力が入る。

「……嫌いだって、言ってるのに……」

彼の強い決意に圧され、次第に私の動きは止まっていった。
最後は力なく、拳でとん、とんと彼の胸を叩いて訴える。

「そんな泣きそうな顔して言われたって、全然説得力ねーんだよ」

慰めるように彼が私の背中を軽く叩く。
それでもう、完全に諦めた。
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