19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 同棲は突然に

4. 三ヶ月待ちのバームクーヘンで売られた私

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その後は必要な物を買いに行くってあちこち連れ回された。

「どっちの冷蔵庫がいいか。
あ、冷凍室が大きい方がなにかと便利だし、こっちだな」

一応、私には聞くものの、最終的にはひとりで勝手に決めてしまう。
この買い物に私は必要ですか?

「ベッドは寝心地がいいのがいいよな。
この間の旅館のベッド、よかったよな」

なんだかあのベッドをお取り寄せしそうな勢いだ。
さすがにそれはできないと思ったのか、いくつものベッドに試しに寝転ばされた。
それでもやっぱり、最終的に決めるのは片桐課長だが。

さんざん引きずり回され、ぐったり疲れて夕ごはんを食べる。
今日は寿司屋だった。

「ああ、家具家電の配送、金曜にしたから有休取れよ。
高来には言っておくから」

「……はい」

もう、逆らう気力なんてない。
それほどまでに疲れ切っていた。


寿司屋を出ると、わざわざ家まで送ってくれた。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

私の手を取ってちゅっと口付けを落とし、片桐課長は帰っていく。

「ただいま……」

「あら、おかえりなさい」

ちらっとリビングを見たら、テーブルの上に見たことのないお菓子の箱がのっていた。
きっと片桐課長が持ってきたのだろう。
しかもそれはネットで三ヶ月待ちとかいうバームクーヘンで。

……あれで私は売られたんだ。

なんだか悔しくなってきて乱暴に袋を破き、がぶっとバームクーヘンに噛みついた。


「片桐さんって本当にいい方ね。
安心してあなたを任せられる」

お茶を淹れてきてテーブルの上に置き、そのまま母は隣に座ってくる。

「あんな人に愛されて、花重は幸せね」

「お母さん」

言い返そうとしたものの、涙さえ浮かべて喜んでいる母になにを言っていいのかわからない。

「……そうだね」

片桐課長は両親にいったい、なにを言ったんだろう。
私には好きだとか愛しているとか言ってくれないのに。
それに今日だって私はただの同じ会社の子だって言われた。
あの人がなにを考えているのか、私には全くわからない。



月曜日、空いた時間に有給申請を出したら、高来課長から同情するかのように笑われた。

「お互い、変な奴に気に入られると苦労するね」


「あの、えと。
ははは……」

はい、そうですね、とは言えずに笑ってごまかす。
高来課長は申請書に判を押し、いつも通りの青い顔で胃薬を飲んでいた。
ちなみに高来課長は高校で片桐課長の一年後輩だったそうで、偶然同じ会社に入社してからというもの、こき使われているようだ。

机に戻って仕事を再開。
二課もだけど三課もほとんどの男性社員は外回りに出ている。
当然、片桐課長も。
ボードには十九時戻りの文字。

……今日はもう、会えないんだ。

なぜか、そんなことを考えている自分に慌てて首を振る。
私には関係ないこと、だ。


仕事が終わって家に帰り、夕食を済ませて荷造りをはじめる。
引っ越し業者は片桐課長が勝手に手配していて、土曜日帰宅したときには段ボールが届いていた。

「なにを持っていったらいいんだろ」

家具家電はほとんど、片桐課長が揃えてくれた。
この部屋にあるものだけを詰めればいいのはわかるけれど、いざとなるとどれを詰めていいのかわからない。
それに、いつかはこの家を出ることになるのはわかっていたが、こんなふうになるとは思わなかった。

「とりあえず、服から詰めていこう」

いまだに現実感がないまま、もそもそと引っ越し準備を進めた。


――荷物は少ないからすぐ終わる。

そう、考えたはずだった。
なのに木曜の夜現在、部屋の中が全く片付いていないのはなんでだろう。

……でもほら、明日有給取ってるし?
配送や取り付けの人が来るのは午後からだって言ってたし?
午前中やって帰ってからまたやれば間に合う、よね。

なーんて考えた私が甘かったのです……。


――チロリロリン。

いつも通り、NYAINの通知音で目が覚める。

「あと五分……」

――チロリロリン。

その言葉通りきっかり五分後、通知音が鳴るのもいつものこと。

「起きますよ……」

画面を見ると十時五十八分で、いっぺんに目が覚めた。

【そろそろ起きろよ】

……だからどうして、もっと早くに起こしてくれないの!?

目覚ましをセットしない自分が悪いとわかっていながら、やはり片桐課長にあたってしまう。

バタバタと準備して家を出た。
いつもより一駅手前で降りて、駅前のコンビニでお昼ごはんを買う。
一度、教えてもらった道順を思い出しながらマンションまでの道を歩いた。

ちなみにマンションから駅までは徒歩十五分、反対にバス停までは五分とかからないので、通勤はバスが便利だと教えてくれた。

マンションの周りは閑静な住宅街で、昼間でもしんと静まりかえっている。

けれど少し離れたところに小学校か幼稚園があるらしく、風に乗って子供たちの元気な声が微かに聞こえた。
通りに面した家はどれも大きく、たまにガレージの中に見える車はほとんどが高級車だ。

「……」

改めて、外からマンションを見上げる。
外観はまるで、ニューヨークの一等地にでも建っているようなオシャレな佇まいをしていた。

……いくらしたんだろ。

下世話なことだがつい考えてしまう。
きっと、私が普通に抱いているマンションの価格よりはずっと上。
なのにこんなマンションを私と暮らすためだけにポンと買ってしまったあの人の考えは、全くもって理解できない。

玄関の機械の上に手をかざすだけで扉が開く。
生体認証キーを使っているのでマンションに連れてこられたあの日、登録させられた。

「おかえりなさいませ」

「こ、こんにちは」

中に入ったらすぐに、ブラックスーツの品のよい男性から挨拶されて驚いた。
コンビニの袋を持っているのが恥ずかしく、つい後ろに隠す。
このマンション全体を管理するコンシェルジュだとは聞いたが、タイミングがよすぎてちょっと怖い。
曖昧に彼に笑い返しながら、エレベーターに乗るとため息が出る。

……普通、がいいんですが。

最上階の六階でおり、六○一号室の前に立つ。
ドアの、所定の場所に触れるだけで鍵が開いた。
個別の部屋もまた、集中玄関とは別の方式の生体認証キーになっている。
そういうのはどこか、落ち着かない。

なにもない部屋の真ん中で買ってきたお昼ごはんを食べた。
だだっ広いこんな部屋でコンビニ弁当を食べているのが、場違いな気がしてならない。
お茶を飲んでペットボトルの蓋を閉めた途端、ピンポーンとインターフォンが鳴った。

「洗濯機の設置にまいりました」

「はい」

玄関のロックを解除し、中に入ってもらう。

あとはコンシェルジュに話してあるらしいから、ちゃんとやってくれるはず。
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