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第4章 これは同情で愛情ではない
5.絶対に嫌いにはならないから
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晩ごはんは食べていきなさいと言われ、今日は実家で食べる。
「……」
無言でドン、と祖父は三橋さんの前に酒瓶を置くが。
「じいちゃん、今日は車だからダメ」
「置いて帰りゃいいだろうが。
泊まってもいいしな」
私の言葉など聞かず、三橋さんの分までグラスに酒が注がれる。
「ほどほどでやめますし、帰りは代行に頼みましょう」
「おっ、余裕だな。
今日こそ負けねぇからな」
祖父と三橋さんが同時に、グラスの酒を呷った。
んで、結局。
「……俺はまだ、負けてねぇからな……」
「負けてねぇってそんなぐだぐだになってなに言ってんだ。
布団行くぞ」
今日も父が祖父を支えて部屋へ連れていく。
「ほどほど、でやめたつもりだったんですが……」
とか言いつつ、一方の三橋さんはぼりぼりと大根のお漬物を囓りながらごはんを食べていた。
「もう今日は泊まりなさい。
漸さんは明日、東京?」
テキパキと母が、布団の準備をはじめる。
「明日の朝、あちらへ行く予定でしたが、遅くなると連絡を入れておきます」
三橋さんがごはんを食べ終わり、祖母が新しいお茶を淹れてくれた。
「じゃあ、鹿乃子の部屋に布団引くわねー」
と、いうわけで毎度のごとく、実家に泊まる羽目になる。
「うっ」
お風呂から上がって自分の部屋のドアを開けて、固まった。
「かーさん、布団がひとつしかない!」
いつもならベッドを使えるようにしたうえで、さらに床へ布団を引いてあるのだ。
でも今日は、床のそれがない。
「えー、だっていつも、お布団使ってないから、いらないかと思って」
おほほ、なんて母がわざとらしく笑い、あたまが痛い。
しかもこのところ何度か泊まったとき、いつも一緒のベッドで寝ていたのがバレていたとなると。
「いいじゃないですか、どうせ一緒に寝るんですから。
ほら、寝ましょう?」
なんて言いながら三橋さんはベッドに入り、さりげなく誘ってくる。
「もー、いいです」
私も慣れたものでそこへ入り、彼に身体を寄せた。
「小さいベッドだとさらに、可愛い鹿乃子さんと密着できるからいいですね」
嬉しそうに私のぎゅーっと抱き締め、彼はすん、と私のつむじのにおいを嗅いだ。
「シャンプーはいつもの方が好きですが」
ふふっ、と笑い、額に口付けを落とす。
当然ながら今日の三橋さんからは、父と同じボディソープのにおいがした。
「また明日から東京ですか」
「はい。
淋しい、ですか?」
「……淋しくなんかありません」
精一杯の憎まれ口を叩き、額を三橋さんの胸に擦りつける。
あの広い家にひとりは淋しい。
それ以上に、三橋さんを東京へ行かせたくない。
きっとまた、酷く傷ついて帰ってくるのだから。
「……私も一緒に行ってはダメですか」
「可愛い鹿乃子さんも一緒に?」
見上げた彼は、さぞ意外そうな顔をしていた。
「はい。
私は東京での三橋さんを知りません。
私は三橋さんの全部が知りたいから」
「……」
じっと私を見つめたまま、彼からの返事はない。
彼は悪い人じゃない。
優しくて、私を甘やかせてくれる。
最近はいないのが淋しいと思うほど、彼に慣れてしまった。
でも怖いのだ、彼を好きになるのが。
きっと、金沢にいる彼と、東京にいる彼は別人だ。
その私に見せない彼を知らないまま、好きになったらきっと後悔する。
それに、もっときちんと好きになる、なにかが欲しい。
「……きっと嫌な思いをたくさんしますよ」
ぼそぼそと話す彼は、泣きだしそうだった。
「それに私を、嫌いになるかもしれない」
「そう、ですね。
嫌いになるかもしれません。
でも私に、後悔をさせないで」
両手を伸ばし、彼の頬に触れる。
……私を信じて。
絶対に私は、どんな三橋さんを知っても、嫌いになったりしないから。
……好きになれるかはわからないけど。
でも、嫌いにならないことだけは、誓う。
だから。
「……わかりました。
私の全部を見せないで好きなってくれなんて、フェアじゃないですもんね」
三橋さんの手が私の手に重なり、すり、と甘えるように頬を擦り寄せた。
「はい、きっと大丈夫ですから」
安心させるように自分からぎゅっと彼に抱きつく。
抱き締め返してきた三橋さんの手は、心細そうに震えていた。
「……」
無言でドン、と祖父は三橋さんの前に酒瓶を置くが。
「じいちゃん、今日は車だからダメ」
「置いて帰りゃいいだろうが。
泊まってもいいしな」
私の言葉など聞かず、三橋さんの分までグラスに酒が注がれる。
「ほどほどでやめますし、帰りは代行に頼みましょう」
「おっ、余裕だな。
今日こそ負けねぇからな」
祖父と三橋さんが同時に、グラスの酒を呷った。
んで、結局。
「……俺はまだ、負けてねぇからな……」
「負けてねぇってそんなぐだぐだになってなに言ってんだ。
布団行くぞ」
今日も父が祖父を支えて部屋へ連れていく。
「ほどほど、でやめたつもりだったんですが……」
とか言いつつ、一方の三橋さんはぼりぼりと大根のお漬物を囓りながらごはんを食べていた。
「もう今日は泊まりなさい。
漸さんは明日、東京?」
テキパキと母が、布団の準備をはじめる。
「明日の朝、あちらへ行く予定でしたが、遅くなると連絡を入れておきます」
三橋さんがごはんを食べ終わり、祖母が新しいお茶を淹れてくれた。
「じゃあ、鹿乃子の部屋に布団引くわねー」
と、いうわけで毎度のごとく、実家に泊まる羽目になる。
「うっ」
お風呂から上がって自分の部屋のドアを開けて、固まった。
「かーさん、布団がひとつしかない!」
いつもならベッドを使えるようにしたうえで、さらに床へ布団を引いてあるのだ。
でも今日は、床のそれがない。
「えー、だっていつも、お布団使ってないから、いらないかと思って」
おほほ、なんて母がわざとらしく笑い、あたまが痛い。
しかもこのところ何度か泊まったとき、いつも一緒のベッドで寝ていたのがバレていたとなると。
「いいじゃないですか、どうせ一緒に寝るんですから。
ほら、寝ましょう?」
なんて言いながら三橋さんはベッドに入り、さりげなく誘ってくる。
「もー、いいです」
私も慣れたものでそこへ入り、彼に身体を寄せた。
「小さいベッドだとさらに、可愛い鹿乃子さんと密着できるからいいですね」
嬉しそうに私のぎゅーっと抱き締め、彼はすん、と私のつむじのにおいを嗅いだ。
「シャンプーはいつもの方が好きですが」
ふふっ、と笑い、額に口付けを落とす。
当然ながら今日の三橋さんからは、父と同じボディソープのにおいがした。
「また明日から東京ですか」
「はい。
淋しい、ですか?」
「……淋しくなんかありません」
精一杯の憎まれ口を叩き、額を三橋さんの胸に擦りつける。
あの広い家にひとりは淋しい。
それ以上に、三橋さんを東京へ行かせたくない。
きっとまた、酷く傷ついて帰ってくるのだから。
「……私も一緒に行ってはダメですか」
「可愛い鹿乃子さんも一緒に?」
見上げた彼は、さぞ意外そうな顔をしていた。
「はい。
私は東京での三橋さんを知りません。
私は三橋さんの全部が知りたいから」
「……」
じっと私を見つめたまま、彼からの返事はない。
彼は悪い人じゃない。
優しくて、私を甘やかせてくれる。
最近はいないのが淋しいと思うほど、彼に慣れてしまった。
でも怖いのだ、彼を好きになるのが。
きっと、金沢にいる彼と、東京にいる彼は別人だ。
その私に見せない彼を知らないまま、好きになったらきっと後悔する。
それに、もっときちんと好きになる、なにかが欲しい。
「……きっと嫌な思いをたくさんしますよ」
ぼそぼそと話す彼は、泣きだしそうだった。
「それに私を、嫌いになるかもしれない」
「そう、ですね。
嫌いになるかもしれません。
でも私に、後悔をさせないで」
両手を伸ばし、彼の頬に触れる。
……私を信じて。
絶対に私は、どんな三橋さんを知っても、嫌いになったりしないから。
……好きになれるかはわからないけど。
でも、嫌いにならないことだけは、誓う。
だから。
「……わかりました。
私の全部を見せないで好きなってくれなんて、フェアじゃないですもんね」
三橋さんの手が私の手に重なり、すり、と甘えるように頬を擦り寄せた。
「はい、きっと大丈夫ですから」
安心させるように自分からぎゅっと彼に抱きつく。
抱き締め返してきた三橋さんの手は、心細そうに震えていた。
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