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第6章 漸は私の男です
6.たかが染屋の職人ごとき
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「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
店を出てタクシーに乗った三橋さんは、硬い顔をしていた。
両親へ私を会わせるのだ、緊張しない方がおかしい。
「……嫌いになりましたよね、店での私を見て」
ぽつり、と三橋さんの口から呟かれる。
それにどう、答えていいのかわからない。
「怖かった、です」
ぴくっ、と三橋さんの身体が反応した。
あの三橋さんが怖くなかったかといえば嘘になる。
でもあれはきっと、彼が望んだ自分自身ではないと思うのだ。
「なら……」
「でも、私はあの三橋さんは、三橋さん自身も嫌いなのをわかっていますから。
早くお家から解放されて、三橋さんになりたい三橋さんになりましょう。
そのために私、頑張りますから」
「鹿乃子さん……」
ぎゅっと彼の手を、指を絡めて握ると、力一杯、握り返された。
それすらも、愛おしい。
私はこの手を、絶対に離さないから。
大丈夫だよ、安心して。
タクシーは地元金沢の、長町武家屋敷跡で見られるような、重厚な門の前で停まった。
「ここ、ですか」
「はい」
無言で歩く三橋さんと並んで中へ入る。
お家もやはり、長町で有名な野村家バリに古く、立派だ。
「三橋さんちって……」
「ただの、呉服商ですよ。
ただし、ありとあらゆる手を使って権力者と結びつき、息子に男娼まがいのことをさせる、呉服商ですか」
自分の家のことを他人事のように、淡々と語る三橋さんは怖い。
「帰りました」
「お帰りなさいませ、漸様」
玄関では着物姿の私より少しばかり年上の女性が出迎えてくれた。
「父の個人秘書ですよ。
あと、愛人」
本人を前にしてさらりと爆弾発言をし、三橋さんが家へ上がる。
私も促されて、草履を脱いだ。
「どうぞ、こちらへ」
私たちを案内する女性は、屈辱で顔を赤く染め、ぶるぶると震えていた。
「帰りました」
通されたのは客間らしかった。
床の間を背に、初老の男女が座っている。
「珍しく帰ってきたかと思ったら、賤しい女を連れてきおって」
男性――たぶん、三橋さんのお父さんの言葉にカチンときたが、努めて顔には出さない。
きっとこれはまだ、この戦いの序盤にも入っていないのだ。
「鹿乃子さん。
父と、母です」
お父さんは恰幅がよく、体型だけは着物がよく似合いそうだ。
顔は全然、三橋さんに似ていなくて、悪いがゴリラを彷彿とさせた。
お母さんの方もこれも口が悪いが、神経質そうで鶏ガラっぽい。
どうしてこの両親からこんなに綺麗な三橋さんが生まれてきたのか不思議だ。
座布団を避けて座り、あたまを下げる。
「三橋さんとお付き合いをさせていただいている、有坂鹿乃子です」
「……付き合い、だとぉ?」
不快そうなお父さんの声が響いてきたが、かまわずに続ける。
「はい。
お付き合いをさせていただいています。
ゆくゆくは結婚も考えています」
「そんなこと、許すわけがないだろ!」
ドン!とお父さんが拳で机を叩き、大きな音を立てる。
「だいたい、漸は……」
「失礼、します」
襖が開き、先ほどの女性が入ってきてお父さんは口を閉じた。
お茶が出されたが、私の前にはない。
そこまで私は、招かれざる客だと言いたいのだ。
「失礼、しました」
とん、と襖が閉まった途端、お父さんは再び口を開いた。
「漸はつい先日、結納を終えたばかりだ!
オマエごときと結婚できるわけがなかろうが!」
また彼がドン!と机を叩き、今度はガチャンと湯飲みが跳ねる。
「三橋さんの意思を無視して、好きでもない人間と結婚させるんですか」
「漸がオマエを、愛しているとでもいうのか!?
自惚れるな!」
三度、彼が机を叩く。
もしかしてあれは、恫喝するときの癖なのだろうか。
それごときで私が怯えるとか思わないでもらいたい。
私は今日、三橋さんを奪還するまで、強気でいくと決めたのだ。
「漸!
オマエは私の言うことを聞いて、おとなしく結婚するな!」
反論は許さない、とばかりにお父さんが三橋さんを睨みつける。
どうかしている、もうアラフォーの息子を自分の好きにしようだなんて。
「私は鹿乃子さんと結婚します。
荒木田様とは結婚しません」
淡々と三橋さんは告げているが……ん?
荒木田って……いまの総理大臣じゃなかったっけ!?
「そんなこと、許されると思っているのか!」
――バン!
お父さんはとうとう両手で机を叩き、腰を浮かせた。
「許されるのか、と言われましても……。
現代の日本の法律では、成人済み男女の結婚に親の承諾は必要がないので、問題はありませんが」
「そういう話じゃないだろうが!」
威嚇するゴリラのごとく、バンバン机を叩かれてうるさい。
鶏ガラお母さんは鶏ではなく爬虫類だったらしく、カメレオンのごとくあちこちを見ながら顔色を七色に変えている。
「だいたい、たかが染屋の職人ごときの娘など、なんの価値もない……!」
「……」
青筋を浮かせ、三橋さんの顔に唾を飛ばしながら力説しているが……言ってはいけないことを、言いましたね?
ええ、私、しっかりと記憶に刻ませていただきました。
〝たかが染屋の職人ごとき〟と。
「……ふふふふっ」
「なにがおかしい!?」
急に私が笑いだしたので、ご両親が私に注目した。
「すみません、つい笑いが漏れてしまいました」
ひとつ深呼吸して呼吸を整え、再び口を開く。
「いまのご自身の失言、自覚がおありですか」
「失言?
私は正しいことしか言っていない!」
あー、そういう。
うすうす、気づいてはいたけどね。
自分の言うことが全部正しい、だから下々の人間は従うべきだ。
たとえそれが、実の息子であっても。
そういう、人なんだって。
「全染め物職人……いいえ。
全呉服職人を敵に回したんですよ、貴方は」
祖父に、失礼な奴には年上だろうとそれ相応の対応をしてやれと育てられてきた。
反対に尊敬できる人はたとえ年下でも敬えと言われたけど。
この人に敬意を払う必要なんてない。
「貴方のいう職人ごときのおかげで、商売ができているのはどなたですか?
なのに、そんなに見下して」
うちに出入りの問屋のおじさんは、商売ができるのは職人のおかげだと言ってくれる。
それに対して父も、祖父も、うちがやっていけているのは問屋や小売店が売ってくれるからだと感謝している。
持ちつ持たれつの関係、なのにこの人は。
「すぐに三橋呉服店を相手にしてくれる工房はなくなりますよ。
私は別に、かまいませんが。
三橋さんがそれで自由になれるなら」
「黙れ、このクソアマが!」
瞬間、湯飲みが顔めがけて飛んできた。
手で顔面を守りつつ目を閉じる。
けれど、いつまでたっても痛みはやってこない。
「……?」
おそるおそる目を開けると三橋さんの手が、私の顔直前で湯飲みを掴んでいた。
「……鹿乃子さんに傷をつける人は、誰だろうと許しません。
それがたとえ、父でも」
ことり、と座卓へ三橋さんが湯飲みを戻す。
場に似つかわしくないほどの冷静さは、空気を凍りつかせた。
――バン!
緊迫した空気をぶち壊すかのように、勢いよく襖が開いた。
「はい」
店を出てタクシーに乗った三橋さんは、硬い顔をしていた。
両親へ私を会わせるのだ、緊張しない方がおかしい。
「……嫌いになりましたよね、店での私を見て」
ぽつり、と三橋さんの口から呟かれる。
それにどう、答えていいのかわからない。
「怖かった、です」
ぴくっ、と三橋さんの身体が反応した。
あの三橋さんが怖くなかったかといえば嘘になる。
でもあれはきっと、彼が望んだ自分自身ではないと思うのだ。
「なら……」
「でも、私はあの三橋さんは、三橋さん自身も嫌いなのをわかっていますから。
早くお家から解放されて、三橋さんになりたい三橋さんになりましょう。
そのために私、頑張りますから」
「鹿乃子さん……」
ぎゅっと彼の手を、指を絡めて握ると、力一杯、握り返された。
それすらも、愛おしい。
私はこの手を、絶対に離さないから。
大丈夫だよ、安心して。
タクシーは地元金沢の、長町武家屋敷跡で見られるような、重厚な門の前で停まった。
「ここ、ですか」
「はい」
無言で歩く三橋さんと並んで中へ入る。
お家もやはり、長町で有名な野村家バリに古く、立派だ。
「三橋さんちって……」
「ただの、呉服商ですよ。
ただし、ありとあらゆる手を使って権力者と結びつき、息子に男娼まがいのことをさせる、呉服商ですか」
自分の家のことを他人事のように、淡々と語る三橋さんは怖い。
「帰りました」
「お帰りなさいませ、漸様」
玄関では着物姿の私より少しばかり年上の女性が出迎えてくれた。
「父の個人秘書ですよ。
あと、愛人」
本人を前にしてさらりと爆弾発言をし、三橋さんが家へ上がる。
私も促されて、草履を脱いだ。
「どうぞ、こちらへ」
私たちを案内する女性は、屈辱で顔を赤く染め、ぶるぶると震えていた。
「帰りました」
通されたのは客間らしかった。
床の間を背に、初老の男女が座っている。
「珍しく帰ってきたかと思ったら、賤しい女を連れてきおって」
男性――たぶん、三橋さんのお父さんの言葉にカチンときたが、努めて顔には出さない。
きっとこれはまだ、この戦いの序盤にも入っていないのだ。
「鹿乃子さん。
父と、母です」
お父さんは恰幅がよく、体型だけは着物がよく似合いそうだ。
顔は全然、三橋さんに似ていなくて、悪いがゴリラを彷彿とさせた。
お母さんの方もこれも口が悪いが、神経質そうで鶏ガラっぽい。
どうしてこの両親からこんなに綺麗な三橋さんが生まれてきたのか不思議だ。
座布団を避けて座り、あたまを下げる。
「三橋さんとお付き合いをさせていただいている、有坂鹿乃子です」
「……付き合い、だとぉ?」
不快そうなお父さんの声が響いてきたが、かまわずに続ける。
「はい。
お付き合いをさせていただいています。
ゆくゆくは結婚も考えています」
「そんなこと、許すわけがないだろ!」
ドン!とお父さんが拳で机を叩き、大きな音を立てる。
「だいたい、漸は……」
「失礼、します」
襖が開き、先ほどの女性が入ってきてお父さんは口を閉じた。
お茶が出されたが、私の前にはない。
そこまで私は、招かれざる客だと言いたいのだ。
「失礼、しました」
とん、と襖が閉まった途端、お父さんは再び口を開いた。
「漸はつい先日、結納を終えたばかりだ!
オマエごときと結婚できるわけがなかろうが!」
また彼がドン!と机を叩き、今度はガチャンと湯飲みが跳ねる。
「三橋さんの意思を無視して、好きでもない人間と結婚させるんですか」
「漸がオマエを、愛しているとでもいうのか!?
自惚れるな!」
三度、彼が机を叩く。
もしかしてあれは、恫喝するときの癖なのだろうか。
それごときで私が怯えるとか思わないでもらいたい。
私は今日、三橋さんを奪還するまで、強気でいくと決めたのだ。
「漸!
オマエは私の言うことを聞いて、おとなしく結婚するな!」
反論は許さない、とばかりにお父さんが三橋さんを睨みつける。
どうかしている、もうアラフォーの息子を自分の好きにしようだなんて。
「私は鹿乃子さんと結婚します。
荒木田様とは結婚しません」
淡々と三橋さんは告げているが……ん?
荒木田って……いまの総理大臣じゃなかったっけ!?
「そんなこと、許されると思っているのか!」
――バン!
お父さんはとうとう両手で机を叩き、腰を浮かせた。
「許されるのか、と言われましても……。
現代の日本の法律では、成人済み男女の結婚に親の承諾は必要がないので、問題はありませんが」
「そういう話じゃないだろうが!」
威嚇するゴリラのごとく、バンバン机を叩かれてうるさい。
鶏ガラお母さんは鶏ではなく爬虫類だったらしく、カメレオンのごとくあちこちを見ながら顔色を七色に変えている。
「だいたい、たかが染屋の職人ごときの娘など、なんの価値もない……!」
「……」
青筋を浮かせ、三橋さんの顔に唾を飛ばしながら力説しているが……言ってはいけないことを、言いましたね?
ええ、私、しっかりと記憶に刻ませていただきました。
〝たかが染屋の職人ごとき〟と。
「……ふふふふっ」
「なにがおかしい!?」
急に私が笑いだしたので、ご両親が私に注目した。
「すみません、つい笑いが漏れてしまいました」
ひとつ深呼吸して呼吸を整え、再び口を開く。
「いまのご自身の失言、自覚がおありですか」
「失言?
私は正しいことしか言っていない!」
あー、そういう。
うすうす、気づいてはいたけどね。
自分の言うことが全部正しい、だから下々の人間は従うべきだ。
たとえそれが、実の息子であっても。
そういう、人なんだって。
「全染め物職人……いいえ。
全呉服職人を敵に回したんですよ、貴方は」
祖父に、失礼な奴には年上だろうとそれ相応の対応をしてやれと育てられてきた。
反対に尊敬できる人はたとえ年下でも敬えと言われたけど。
この人に敬意を払う必要なんてない。
「貴方のいう職人ごときのおかげで、商売ができているのはどなたですか?
なのに、そんなに見下して」
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それに対して父も、祖父も、うちがやっていけているのは問屋や小売店が売ってくれるからだと感謝している。
持ちつ持たれつの関係、なのにこの人は。
「すぐに三橋呉服店を相手にしてくれる工房はなくなりますよ。
私は別に、かまいませんが。
三橋さんがそれで自由になれるなら」
「黙れ、このクソアマが!」
瞬間、湯飲みが顔めがけて飛んできた。
手で顔面を守りつつ目を閉じる。
けれど、いつまでたっても痛みはやってこない。
「……?」
おそるおそる目を開けると三橋さんの手が、私の顔直前で湯飲みを掴んでいた。
「……鹿乃子さんに傷をつける人は、誰だろうと許しません。
それがたとえ、父でも」
ことり、と座卓へ三橋さんが湯飲みを戻す。
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