あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
35 / 71
第6章 漸は私の男です

8.めっ、しますよ

しおりを挟む
なにか食べて帰る気にはなれず、コンビニでお弁当を買って帰る。
お弁当を食べたあと、漸がコーヒーを淹れてくれた。
インスタントコーヒーなのはかまわないが、カップがひとつしかない。
足の間に私を座らせて後ろから抱き締めながら、ときどき私の手からカップを取って漸が飲む。

「もしかして初めから、結婚を断って家を出る気でしたか」

私はお父さんを煽るだけ煽って全く役に立っていない。
最終決断を下したのは、漸だ。

「私は鹿乃子さんを諦めて、相手の方と結婚する気でした」

カップからひとくち飲み、私に戻してくれる。

「脅されたんです、父に。
結婚を承知しないのなら有坂染色を潰してやる、と。
そしてそれができる人なんです、あの人は。
鹿乃子さんに、有坂のご家族にご迷惑をかけたくないので、身を引こうと思いました」

「……そんなの、私が許さない」

振り返り、漸の顔を見上げる。
レンズの向こうからは凪いだ瞳が私を見ていた。

「でもこれは、私の復讐でもあったんです」

「復讐、ですか?」

「はい。
言ったでしょう?
私は不能かもしれない、と。
鹿乃子さん以外に勃つ気が全くしません。
そんな男に大事な娘を嫁がせたとなれば先方は激怒しますし、当然、私の両親も大恥を掻きます。
いい気味だと思いました」

ぎゅーっと、漸が私を抱き締める。
そんな悲しい復讐、しなくてよかった。

「それに私は試したんです、鹿乃子さんを」

「……試した?」

って、私には全く自覚がないんだけど。

「鹿乃子さんが少しでも私の結婚を嫌がってくれたら、鹿乃子さんをきっぱり諦めようと決めていました。
そうしたら、鹿乃子さんは私のものだと言ってくれてました。
その言葉だけを抱いて、鹿乃子さんのいないこのあとの人生も歩んでいけると思った」

漸の目が潤んでいく。
それに胸が苦しくなって、その頬にそっと触れた。

「漸……」

「だから私は、父が希望する相手と結婚しようと決めました。
……でも」

漸の手が私の手に重なる。

「鹿乃子さんは何度も、私に諦めるなと言ってくれた。
店での私を見てもなお、なりたい私になれるように家族と戦ってくれると言ってくれた」

甘えるように漸は、私の手に頬を擦りつけた。

「しかも、私の可愛い鹿乃子さんは、漸は私の男だと啖呵を切ってくれました」

「えっ、あっ」

改めて言われると、顔が火を噴く。
きっとあのときの私は、ドヤ顔だっただろうし。

「格好よかったです。
惚れ直しました。
だから私も、諦めるのをやめたんです」

ちゅっ、と唇が重なった。

「でも殴りかかってくる父を、避けようともしないのはいただけません。
もしかして黙って殴られるつもりでしたか」

「……はい」

避けようと思えば避けられたと思う。
でも、思い知らせてやりたかった。
お前は人を暴力でしか言うことをきかせられない、最低な人間だと。
そしてそれでも、屈しない人間だっているんだって。

「鹿乃子さんの気持ちはわかります。
でも貴方が傷つくと私も痛いんです。
だからご自分を、守ってください。
ああいうことをまたやったら、いくら可愛い鹿乃子さんでもめっ、ですよ」

漸はどこまでも真剣だけど。

「……めっ、ですか」

「はい。
めっ、です」

しばらくふたりで見つめあったあと、……同時に、吹きだした。

「漸にめっ、されるのは怖いので、気をつけます」

「約束ですよ」

また、ちゅっ、と漸がキスしてくる。
今日の漸は心配がなくなったからか、スキンシップが過剰だ。

「その。
……漸、というのは」

怒られる!?
そうだよね、一回りも年上の男性を呼び捨てだとか。
しかも漸は私を鹿乃子さんとさん付けで呼ぶのに。

「あの、ダメですよね、やっぱり。
えと、じゃあ、漸……」

「鹿乃子さんから漸と呼び捨てにされるのは、鹿乃子さんの男という感じがして好きです」

にへら、と実に締まらない顔で漸が笑う。

「……私は鹿乃子さんの男ですよね」

「ひゃぁっ」

わざと耳もとで、甘い重低音ボイスで囁かれ、背筋がぞくりとした。

「……ねえ。
もう一度、言ってください。
漸は私の男だって」

「……や。
……ムリ……」

平常状態であんな台詞を言うのは恥ずかしいのに、さらに耳へ吐息をかけながら囁かれ続けたら無理。

「……言ってください、私の男だって」

「……あっ、……んん」

漸の艶を帯びた声が、私の耳を犯す。
それだけでおかしくなりそうだ。

「……鹿乃子。
言え」

「はぁっ、……あっ」

涙の浮いた目で漸を見上げる。
ゆっくりと眼鏡を外した彼は、火傷をしそうなほど熱い瞳で私を見ていた。

「……言え、鹿乃子」

燃えさかる石炭のような目には逆らえない。
震える唇で言葉を紡いだ。

「漸は、私の、男、です」

「うん」

「漸は私の男だから、誰にも渡さない……!」

「上出来」

瞬間、噛みつくみたいに唇が重なった。
何度も何度も、唇を触れあわせる。
その先に進みたいのに、漸はくれなくてもどかしい。

「……漸……」

もっと深く、繋がりたい。
期待を込めて見つめる。

「ダメですよ。
ここでは鹿乃子さんを抱かないと言ったでしょう?
続きは金沢に帰ってから、です」

ふふっ、とおかしそうに笑い、再び漸は眼鏡をかけた。

「明日は店に行って仕事の整理をしてきます。
ベッドの搬入、お任せしますね」

「ベッド、買ってよかったんですか?
もう店を辞めるんだったら」

ここで過ごすのはそんなに長い期間ではないはずだ。

「そうですね、店の仕事の整理に半年くらいかかると思います。
仕入れも経理も主に私がやっていましたから。
副業の方も本拠地を金沢へ移す準備をしないといけません。
早く可愛い鹿乃子さんと暮らすあの家へ引き上げてしまいたいですが、もうしばらくは無理ですね」

すぐにあちらへ移れるなど思っていない。
でも思った以上にかかるみたいで、ちょっと……。

「もしかして、淋しいですか?」

「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか!」

笑って誤魔化したけど、気づかれてないよね……?

「なるべく早く、片付けるように努力します」

くすり、なんて笑われたから、漸には私の小さな見栄なんて見抜かれているんだろうな……。

「明日、副業のパートナーに紹介します。
夜は期待していてください。
彼は私と違い、お洒落で美味しいお店をたくさん知っていますから」

「それは楽しみにしています」

……なーんて嘘。
そんなお店は、漸とふたりきりで行きたいに決まっている。

今日もソファーベッドに敷きパットを敷き、そこで寝る。

「明日からはゆっくり眠れますから」

「……これはこれで漸の体温が温かくて、癖になりそうですけどね……」

ぎゅーっと漸に抱きついて、目を閉じる。
今日は精神的に疲れていて、すぐに眠気が襲ってきた。

「おやすみなさい、私の可愛い鹿乃子さん」

優しい漸の声を最後に、眠りに落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松田丹子(まつだにこ)
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

サディスティックなプリテンダー

櫻井音衣
恋愛
容姿端麗、頭脳明晰。 6か国語を巧みに操る帰国子女で 所作の美しさから育ちの良さが窺える、 若くして出世した超エリート。 仕事に関しては細かく厳しい、デキる上司。 それなのに 社内でその人はこう呼ばれている。 『この上なく残念な上司』と。

処理中です...