あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第7章 自由になってできること

2.こういうのがお好みでしょう?

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朝食のあと、三橋さんは着替えたけれど。

「……今日はスーツなんですか?」

「はい。
店での接客予定はありませんし、副業の方で予定もありますから」

うっ、カフスボタンを留める仕草だけで、ごはんが三杯はいけそう……!
なのにさらにネクタイを締めベスト着て、ジャケットを羽織るんだよ……!? 
当たり前だけど。

「……鹿乃子さん?」

「はぁはぁ。
ごちそうさまです……!」

――シャラララララ……。

室内に、連写音が響く。
角度を変え、何度も何度も写真を撮る私に、漸は困惑気味だ。

「えっと。
それって楽しいですか?」

「はい、もちろん!」

即答した。
当たり前だ、こんな逸材、そうそういない。
コスプレで盛って格好いい人間はいるが、素でこれだなんて。

「まあ、鹿乃子さんが楽しいのならいいですけど」

苦笑いすら絵になる。
漸があまりにも格好よすぎて、鼻血をたらたら垂らしていないか心配だ。

「気が済みましたか?」

「あー、まだまだ撮りたいんですが、もうメモリが……」

一昨日、撮った写真がメモリを圧迫していた。
なんで私は、クラウドに送ってメモリを空けておかなかったんだ!? と叱責したい。

「んー」

少し考えたあと、ソファーに座った漸が手招きする。
隣をぽんぽんと叩かれ、そこへ腰を下ろした。

「……鹿乃子」

軽く握った漸の手が私の顎にかかり、上を向かせる。

「そんなに俺は格好いいか?」

スーツにあわせた銀縁眼鏡の奥から、漸が私を見下ろす。
僅かに愉悦を含んだ、艶やかな黒曜石のような瞳に見つめられ、心臓がドキドキと高鳴った。

「あ、えっと。
……はい」

目を逸らしたいのに、絡まった視線は解けない。

……漸ってこんなに、格好よかったっけ?

いや、格好いいんだけど。
いつもより三割……ううん、五割増しくらい、いい男に見える。

「惚れ直したか?」

少しだけ目尻を下げて目が細められる。
さっきから心臓は爆発しそうなくらい速く鼓動しているし、身体中が熱い。

「……は、い」

「じゃあ、……漸を愛してる、って言ってみろ」

吐息をかけるように耳もとで、甘い重低音で囁いて漸が離れる。

「え……」

「言えと言っている」

私を見つめる瞳は拒否を許さない。
その瞳に操られ、震える唇を開いた。

「……漸を、愛して、……る」

「……いい子だ」

漸の顔が近づいてくる。
目も閉じられないうちに唇が、触れて離れた。

「……」

無言で、漸の顔を見上げる。
ふっ、と漸が僅かに、唇を緩めた。
それが恐ろしく色っぽくて、胸が苦しい。

「……なーんて、ドキドキしましたか?」

唐突にいつもの漸に戻り、くすくすとおかしそうに笑いだす。

「鹿乃子さんはこういうのがお好みかと思ったんですが……鹿乃子さん!?」

「はふー……」

しかしながら容量いっぱいいっぱいになった私は、くたくたと漸の腕の中に崩れ落ちていた。

「すみません、少しからかいすぎました」

漸が蓋を緩め、水のペットボトルを渡してくれる。

「……あ、いえ。
あまりに理想過ぎて、パンクしちゃっただけなんでお気になさらずに」

冷たい水を飲めば上がりすぎた体温も下がり、落ち着いてくる。

「へえ。
じゃあ、……また、やってやるな」

また色っぽい声で、耳もとで囁かれ、せっかく下がった体温はもとへ戻った。

「じゃあ、いってきます。
待ち合わせの時間はまた、連絡しますね」

「はい、いってらっしゃい」

軽く口付けをし、漸はマンションを出ていった。

「さてと」

携帯を手に取り、祖父の番号を呼びだす。
タップして、耳に当てた。

――プルッ。

ワンコールもしないうちに、相手が出た。

『おう、鹿乃子。
そっちはどうだ?』

平静を装っているが若干、祖父の声はうわずっている。
たぶん、電話がかかってくるのをずっと、待っていたんだろうなー。

「うん。
昨日、漸のご家族に会って、ご挨拶してきた」

『そうか。
どうだった?』

祖父の声が心配そうになる。
あれだけ不安になるような内容を漸から聞かされていたのだ。
心配するな、っていうほうが無理だろう。

「あー、うん。
ちゃんと漸と金沢に帰るから大丈夫。
詳しくはそのとき話す。
でね?
漸のお父さんにたかが染屋ごときって言われた」

『……なんだとぅー?』

祖父の声がぐっと低くなる。
もし、そんな親がいる男に鹿乃子はやれん、とか言われたらどうしよう。

『染屋ごとき?
その染屋ごときのおかげで商売ができているのは誰だってぇんだ』

「……だね」

『職人が我が子のように丹精込めて作ったもんを、そんな奴のところへ預けられるかってぇんだ。
他の奴にも教えてやる、三橋の店主はそういう奴だって』

予想どおりの答えが返ってきた。
昨日、私が言ったのに間違いはない。

『漸はいるのか?』
「今日は仕事で出てる」

漸の話題になって身がまえる。

『そうか。
もし、親がそんな奴で俺たちに対して引け目に思ってるなら、気にすることはねぇって伝えてくれ。
親と違ってあいつは、俺たち職人を敬ってくれるからな』

「じいちゃん……」

祖父の声は照れくさそうだ。
あんなに、漸に食ってかかっていた祖父とは思えない。

「ちゃんと漸に伝えるね」

『おう。
帰ってくるときはまた、連絡くれ』

「わかった。
じゃあ」

電話を切ってほっと息をつく。
少しだけ怖かった、祖父に漸まで嫌われたらどうしよう、って。
でも、ちゃんとわかってくれた。
いままで漸が祖父や父と、真摯に向きあってきた結果だ。

「漸は凄いな」

私なんて漸ほど苦労しているわけじゃない。
それどころか祖父に食い扶持を稼いでもらって、甘やかされている。
もっと、ちゃんとひとりでやっていけるようになりたい。

「よし」

今度は携帯の画面に指を滑らせる。
今日は少し、冷凍保存のできるお惣菜を作りたい。
小さいけれど冷凍室付きのちゃんとした冷蔵庫はあるので、今後のためにおかずを用意しておこうと思う。

「まずはスーパーの場所を調べないとねー」

漸には訊いたけれど、「スーパー、……ですか?」なんて首を捻られた。
まあ、こんな生活をしていたら仕方ない。
ベッドの配送は午後からの予定なので、午前中にできることをやってしまおう。
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