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第7章 自由になってできること
4.長い髪の理由
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そのうちサラダがきて、漸が私のお皿へと取り分けてくれた。
のはいいが、このふたりの関係がいまだにわからない。
副業のパートナーとしか聞いていないし。
「あの、漸の副業って……?」
そういえば前に聞いた、副業があるから収入には困らない、って。
けれどどういうものかは具体的に聞いていない。
「経営コンサルですよ。
とはいえ、ほぼ経理面からですから、税理士と似たようなものですが」
「似たようなもの、ってなんで税理士ではないんですか?」
うちでも帳簿を見てくれていたから、そういうのに詳しいのはわかる。
父に節税のアドバイスもしていたし。
「資格試験には合格しているんですが、実務経験が足りないんですよ。
登録もしていませんから、似たようなもので税理士ではありません。
なのでアドバイスはできますが、申告等はできません」
「そう、なん、です、ね」
説明してくれても私にはよくわからない。
「はい。
本当は税理士を目指していたんですが、父に反対されました。
なので税理士になった一斗と一緒に、経営コンサルの会社を立ち上げたんです」
「ま、ほとんど俺ひとりがやってるけどな」
立本さんは苦笑いし、レタスを口に入れた。
これは、漸なりの小さな抵抗だったんだろうか。
そう考えて胸が少し、痛んだ。
「でも、もう反対する人間はいませんからね。
金沢で雇ってくださる税理士事務所を探して……」
「その話なんだけどよ」
フォークで人を指すのは、どうかと思いますよ、立本さん。
「俺と仕事をしていた期間で規定にあう時間を積算したら、十分、実務経験に足りると思うぞ」
「ああ、そうですか……」
みるみる、漸の目が潤んでいく。
ずっと叶えたかった夢が叶うんだ、嬉しいに決まっている。
「よかったですね、漸」
「鹿乃子さんのおかげです。
鹿乃子さんが父と、戦ってくれたから」
私の手を握る漸に、ううんと首を振る。
「違いますよ、漸が諦めなかったからです」
昨日の私はなにもしていない。
頑張ったのは漸だ。
「おー、おー、お熱いねー」
ふたりで見つめあっているところを立本さんに茶化され、みるみる頬が熱くなっていく。
「いいなー、俺も嫁さんもらうかなー」
ぐいっ、と立本さんはグラスを呷った。
「一斗に相手の方が大事にできるのなら、お勧めしますがね……」
はぁっ、と漸の口から苦悩の多いため息が落ちていく。
「えと」
「一斗は私と反対で、女性と見れば見境がないんですよ。
よくいままで刺されなかったと思います」
あー、それはなんとなく納得できる。
さっきから目のあう女性へマメに、ウィンクなんて返しているから。
「おい、それは言いすぎじゃないか。
俺は複数と同時に付き合ったりはしない。
付き合っている間はその女ひとりだ」
俺は誠実だ、とばかりに立本さんは反論してくるが。
「でもサイクルが早すぎます。
先週付き合っていた女性と今週付き合っている女性が違うんですから」
はぁっ、と再び漸の口からため息が落ちた。
「その。
凄く基本的なことを訊いてもいいですか?
漸と立本さんはどういう関係なんですか?
あ、いえ、仕事のパートナーというのは聞きましたが」
それだけじゃない気がする。
漸の、気の許し方が。
「大学の同級生なんですよ、ひとつ年上ですが」
「大学の同期なんだ。
俺のほうがひとつ上だが」
ふたりが同時に口を開き、顔を見あわせる。
「この人、一浪しているんですよ、それで」
「俺は一浪したからな。
だから」
また同じタイミングでふたりが口を開く。
なんだかそれが、おかしくなってきた。
「鹿乃子さん、笑うことないじゃないですか」
「おい、笑うことねーじゃねーか」
またも口を開いたのは同時だった。
「だって、よっぽど仲がいいんだな、って思って」
今度は困惑気味にふたりが顔を見あわせる。
よかった、もしかしたら私に出会うまで、漸には誰も理解してくれる人がいなかったんじゃ、なんて思っていた。
けれどこんなに仲のいい人がいたなんて。
それだけで安心できた。
その後は漸ののろけ話をひたすら聞いていた。
「一度、鹿乃子さんがお寝坊して、駅まで送ってもらえなかったことがあったんですよ」
「……」
なんの話が出てくるのか、ヒヤヒヤしながら黙ってワインを飲む。
「そうしたら次、帰ったときに、拗ねられました。
ちゃんとお見送りしたいから起こしてください、って」
「うっ」
言ったよ、確かに!
だって東京へ行く漸にちゃんと、いってらっしゃいを言いたいんだもの!
それじゃなくても傷つきに行くんだから。
それをそんなに、嬉しげに人に話されても!
しかもそれを、立本さんがニヤニヤ笑いながら聞いているとなると、恥ずかしさは倍増だ。
しかし、そんなことなど気にせず、にこにこ笑いながらワインを飲む、漸のピッチは速い。
まあ、祖父と酒比べをしても負けない漸だから大丈夫か。
「しかもですね」
これで終わりじゃないのかー!
なんてツッコんでも悪くないよね?
「枕元に目覚まし時計が増えているんですよ。
寝室に時計はないから、いちいち携帯で確認するのが面倒くさいので、とか言って。
もう、可愛いですよね?」
うがーっ!
誰か、誰か、漸の口塞いでくれー!
もうこっちは恥ずかしすぎて爆発しそうなくらいなのに、さらに。
「うん、その話もう、五回くらい聞いた」
とか立本さんにさらっと流されてよ?
死ねるから。
「てか、漸。
話は変わるけど、その髪は切るのか?」
髪を切る、とは?
漸の背中に垂れる、長い髪へと視線が向く。
ひとつに結ばれた髪は背中の中程まであった。
「そう、ですね。
もう切っていいのかもしれません」
「え、切るんですか?」
漸に似合っていて好きなんだけどな、この髪。
あ、でも、これからは呉服の仕事じゃなくスーツでの一般ビジネスが主になるのなら、これは向かないのかな?
「願掛けで伸ばしていたんですよ、この髪。
見苦しくなるといけないのでときどき切っていたので、この長さですが。
でも、もう願いは叶ったので切ってもいいかな、と」
「願掛け、ですか?」
とは、なんの?
首を傾げた私を、くすりと小さく漸が笑う。
「はい。
あの家から自由になる願を掛けていました。
父からは不評でしたよ、男がそんな女みたいに髪を伸ばしおって、とか言われましたね」
「酷い」
接客にあわない、ならまだわかる。
でも女みたいにって。
そんなの、個人の自由じゃない。
「願いは叶いましたから、切ってもいいかと。
コンサルのほうの仕事ではこの髪のせいで、胡散臭いとか言われたこともありますしね」
「それも酷い」
長髪がビジネスに向かないのはわかるけれども。
でも私が会社員時代にいた、いつも肩にふけが降り積もっていたおじさん社員より、漸のほうが断然、清潔で好感度は高い。
「私は好きですよ、漸のこの髪。
だって格好いいですもん」
「格好いい、ですか?」
目尻を下げてへらっ、と実に締まらない顔で漸が笑う。
「はい、格好いいです」
「可愛い鹿乃子さんがそう言うのなら、切るのはやめましょう」
にこにこ、にこにこ。
さっきからずっと、漸は笑っているけれど。
もしかして、酔っている?
あの、漸が?
「どーでもいいけどよ、そーゆーのはふたりっきりのときにやってくれ」
呆れ気味なため息と共に立本さんの声が聞こえてきて、慌てて漸から視線を外した。
のはいいが、このふたりの関係がいまだにわからない。
副業のパートナーとしか聞いていないし。
「あの、漸の副業って……?」
そういえば前に聞いた、副業があるから収入には困らない、って。
けれどどういうものかは具体的に聞いていない。
「経営コンサルですよ。
とはいえ、ほぼ経理面からですから、税理士と似たようなものですが」
「似たようなもの、ってなんで税理士ではないんですか?」
うちでも帳簿を見てくれていたから、そういうのに詳しいのはわかる。
父に節税のアドバイスもしていたし。
「資格試験には合格しているんですが、実務経験が足りないんですよ。
登録もしていませんから、似たようなもので税理士ではありません。
なのでアドバイスはできますが、申告等はできません」
「そう、なん、です、ね」
説明してくれても私にはよくわからない。
「はい。
本当は税理士を目指していたんですが、父に反対されました。
なので税理士になった一斗と一緒に、経営コンサルの会社を立ち上げたんです」
「ま、ほとんど俺ひとりがやってるけどな」
立本さんは苦笑いし、レタスを口に入れた。
これは、漸なりの小さな抵抗だったんだろうか。
そう考えて胸が少し、痛んだ。
「でも、もう反対する人間はいませんからね。
金沢で雇ってくださる税理士事務所を探して……」
「その話なんだけどよ」
フォークで人を指すのは、どうかと思いますよ、立本さん。
「俺と仕事をしていた期間で規定にあう時間を積算したら、十分、実務経験に足りると思うぞ」
「ああ、そうですか……」
みるみる、漸の目が潤んでいく。
ずっと叶えたかった夢が叶うんだ、嬉しいに決まっている。
「よかったですね、漸」
「鹿乃子さんのおかげです。
鹿乃子さんが父と、戦ってくれたから」
私の手を握る漸に、ううんと首を振る。
「違いますよ、漸が諦めなかったからです」
昨日の私はなにもしていない。
頑張ったのは漸だ。
「おー、おー、お熱いねー」
ふたりで見つめあっているところを立本さんに茶化され、みるみる頬が熱くなっていく。
「いいなー、俺も嫁さんもらうかなー」
ぐいっ、と立本さんはグラスを呷った。
「一斗に相手の方が大事にできるのなら、お勧めしますがね……」
はぁっ、と漸の口から苦悩の多いため息が落ちていく。
「えと」
「一斗は私と反対で、女性と見れば見境がないんですよ。
よくいままで刺されなかったと思います」
あー、それはなんとなく納得できる。
さっきから目のあう女性へマメに、ウィンクなんて返しているから。
「おい、それは言いすぎじゃないか。
俺は複数と同時に付き合ったりはしない。
付き合っている間はその女ひとりだ」
俺は誠実だ、とばかりに立本さんは反論してくるが。
「でもサイクルが早すぎます。
先週付き合っていた女性と今週付き合っている女性が違うんですから」
はぁっ、と再び漸の口からため息が落ちた。
「その。
凄く基本的なことを訊いてもいいですか?
漸と立本さんはどういう関係なんですか?
あ、いえ、仕事のパートナーというのは聞きましたが」
それだけじゃない気がする。
漸の、気の許し方が。
「大学の同級生なんですよ、ひとつ年上ですが」
「大学の同期なんだ。
俺のほうがひとつ上だが」
ふたりが同時に口を開き、顔を見あわせる。
「この人、一浪しているんですよ、それで」
「俺は一浪したからな。
だから」
また同じタイミングでふたりが口を開く。
なんだかそれが、おかしくなってきた。
「鹿乃子さん、笑うことないじゃないですか」
「おい、笑うことねーじゃねーか」
またも口を開いたのは同時だった。
「だって、よっぽど仲がいいんだな、って思って」
今度は困惑気味にふたりが顔を見あわせる。
よかった、もしかしたら私に出会うまで、漸には誰も理解してくれる人がいなかったんじゃ、なんて思っていた。
けれどこんなに仲のいい人がいたなんて。
それだけで安心できた。
その後は漸ののろけ話をひたすら聞いていた。
「一度、鹿乃子さんがお寝坊して、駅まで送ってもらえなかったことがあったんですよ」
「……」
なんの話が出てくるのか、ヒヤヒヤしながら黙ってワインを飲む。
「そうしたら次、帰ったときに、拗ねられました。
ちゃんとお見送りしたいから起こしてください、って」
「うっ」
言ったよ、確かに!
だって東京へ行く漸にちゃんと、いってらっしゃいを言いたいんだもの!
それじゃなくても傷つきに行くんだから。
それをそんなに、嬉しげに人に話されても!
しかもそれを、立本さんがニヤニヤ笑いながら聞いているとなると、恥ずかしさは倍増だ。
しかし、そんなことなど気にせず、にこにこ笑いながらワインを飲む、漸のピッチは速い。
まあ、祖父と酒比べをしても負けない漸だから大丈夫か。
「しかもですね」
これで終わりじゃないのかー!
なんてツッコんでも悪くないよね?
「枕元に目覚まし時計が増えているんですよ。
寝室に時計はないから、いちいち携帯で確認するのが面倒くさいので、とか言って。
もう、可愛いですよね?」
うがーっ!
誰か、誰か、漸の口塞いでくれー!
もうこっちは恥ずかしすぎて爆発しそうなくらいなのに、さらに。
「うん、その話もう、五回くらい聞いた」
とか立本さんにさらっと流されてよ?
死ねるから。
「てか、漸。
話は変わるけど、その髪は切るのか?」
髪を切る、とは?
漸の背中に垂れる、長い髪へと視線が向く。
ひとつに結ばれた髪は背中の中程まであった。
「そう、ですね。
もう切っていいのかもしれません」
「え、切るんですか?」
漸に似合っていて好きなんだけどな、この髪。
あ、でも、これからは呉服の仕事じゃなくスーツでの一般ビジネスが主になるのなら、これは向かないのかな?
「願掛けで伸ばしていたんですよ、この髪。
見苦しくなるといけないのでときどき切っていたので、この長さですが。
でも、もう願いは叶ったので切ってもいいかな、と」
「願掛け、ですか?」
とは、なんの?
首を傾げた私を、くすりと小さく漸が笑う。
「はい。
あの家から自由になる願を掛けていました。
父からは不評でしたよ、男がそんな女みたいに髪を伸ばしおって、とか言われましたね」
「酷い」
接客にあわない、ならまだわかる。
でも女みたいにって。
そんなの、個人の自由じゃない。
「願いは叶いましたから、切ってもいいかと。
コンサルのほうの仕事ではこの髪のせいで、胡散臭いとか言われたこともありますしね」
「それも酷い」
長髪がビジネスに向かないのはわかるけれども。
でも私が会社員時代にいた、いつも肩にふけが降り積もっていたおじさん社員より、漸のほうが断然、清潔で好感度は高い。
「私は好きですよ、漸のこの髪。
だって格好いいですもん」
「格好いい、ですか?」
目尻を下げてへらっ、と実に締まらない顔で漸が笑う。
「はい、格好いいです」
「可愛い鹿乃子さんがそう言うのなら、切るのはやめましょう」
にこにこ、にこにこ。
さっきからずっと、漸は笑っているけれど。
もしかして、酔っている?
あの、漸が?
「どーでもいいけどよ、そーゆーのはふたりっきりのときにやってくれ」
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