あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第8章 私は貴方のもので貴方は私のもの

3.私は子供、ですか?

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「漸、ありがとうございます。
私に仕事の話を持ってきてくれて」

さりげなくタクシーを停め、私を乗せる。
当然、漸もそのあとから乗り込んできた。

「明希さんの店は鹿乃子さんの作るものに向いているな、と以前から思っていただけですよ。
オーダーなんて考えてくれたのは明希さんですし、そうさせたのは鹿乃子さんの真摯な対応です」

ぽんぽん、とあたまに触れた手は、褒めているようだった。
でもやっぱり、子供扱いなんだよね。

「けど、漸が連れてきてくれなければ、こんな機会はなかったです。
ありがとうございます。
……明希さんと漸との関係は気になりますが」

あんな、美人だよ?
しかも至極、まっとうな人。
漸だって少しくらい、よろめいたんじゃないかな。
それにあそこの店は女性ものばかりで男性ものはなかった。
怪しい。

「また、ヤキモチですか」

軽く握った手を口もとに当て、くすくすとおかしそうに笑われて顔が熱くなる。
こんなことばかりしているから、子供扱いされるんだろうか。

「明希さんのご主人の暮石くれいしさんは、副業のクライアントで着物仲間なんですよ。
デニムの着物の着こなし方など、教えてくれたのは暮石さんです」

「……ご主人、ですか」

「はい。
私が明希さんと知り合ったときにはすでに、暮石さんと結婚していました。
だからどうこうとかありえません」

漸ははっきり言い切ったけど、本当にそうなんだろうか。
本当は気持ちはあったけど、そういう事情だから諦めただけとか?

……ううん、もうこの件はそれ以上、考えない。
だっていま、きっぱりと漸がないと言い切ったのだから、過去にもしそういう感情があったとしても、現在はないはずだ。

「ところで、漸。
これはどこへ向かっているんですか」

タクシーには乗ったが、彼が運転手へ告げたのはマンションの場所ではなかった。

「どこへ行くかもわからないのに、鹿乃子さんは乗ったんですか?」

くすくすとまた漸は笑っているが、だってそうでしょう!? 漸が乗れっていうから。

「ダメですよ、どこに連れていかれるのかわからないのに、簡単に乗ったりしたら。
もし、とんでもないところだったらどうするんですか」

ちょっとだけ漸の声が、心配そうになった。

「……わかってますよ、それくらい。
漸だから信頼して乗ったに決まってるじゃないですか。
他の人だったらちゃんと確認します」

「あ、怒った」

またもや子供扱いされて私がぷーっと頬を膨らませ、漸は楽しそうに笑っている。
小さな子供じゃないんだから、それくらい私だってわかっている。
なのにそれを、いちいち注意してくるなんて。
もしかしたら漸から見たら、私は完全に子供なんだろうか。
いままで、考えたこともなかったけど。
可愛いも、小さくて愛らしい、子供に向けるそれと一緒で。

「……漸って私を、子供だと思ってます?」

「いいえ。
立派なレディだと思っています」

さっきは笑っていた癖に、すました顔で言われたって信じられない。
さらにレディなんて胡散臭すぎる。

「どーせ私は、漸から見たら子供ですよ……」

なんで私は、漸よりも一回りも年下なんだろう。
もっと早く……って、それだと母は小学生で出産しないといけないから無理だ。
漸があと十二年、とはいわないから、六、七年、遅く生まれていてくれれば。

「だから、子供だなんて思っていませんよ。
対等な、ひとりの女性だと思っています。
だからこんなに、……愛おしい」

漸の手が私の頬にかかり、自分の方へ向かせる。
レンズの向こうで少し目尻の下がった目は蠱惑的で、喉がごくりと鳴った。

「本当に鹿乃子さんは、可愛いですね……」

漸の甘い重低音が、鼓膜を揺らす。
自然と、目を閉じ……。

「お客さん、着きました」

「……!」

運転手の声で反射的に目を開けた。

「あ、えと」

「……はい」

目を逸らした漸の顔も、少し赤かった。
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