あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 ずっと私は貴方のもの

3.私の決意

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「鹿乃子、なに言ってるんだ?」

私が床に額がつくほどあたまを下げ、父も祖父も怪訝そうだ。

「一通りは教えてもらったけど、それでも私のは趣味の延長線上でしかないでしょ?」

「ああ、……まあ」

父は歯切れ悪いが、思っていても正直に言えないのはわかるからいい。

「金池様に会って、じいちゃんの、父さんの作品がいかに素晴らしいのか再認識した」

漸はまだ三、四軒しか回っていないが、どこでも祖父どころか父の作品も大絶賛だったと聞いている。
私はどんな形でも有坂染色が残せればいいと思っていた。
それこそ、子鹿工房と形を変えてでも。

「私はじいちゃんの、父さんの技術を継いで、残したい。
子鹿工房としてじゃなく、有坂染色として。
だから私にもう一度、一から染めを教えてください」

古希を迎えた祖父ですら、新しいことに挑戦しているのだ。
なら、まだ二十代も半ばの私に、遅いなんてないはず。

「うちは金がねぇ。
給料なんて出ないぞ」

こんなことを言うなんて父はやはり、反対なんだろうか。

「給料はいらない。
……漸には迷惑、かけるけど」

視線を向けると、目のあった漸は静かに頷いてくれた。

「かまいません。
鹿乃子さんひとりを養うくらい、できます」

「うちはこんな状況だ、問屋にも切られた。
仕事はねぇかもしれないぞ」

「自分で仕事を探す。
いまは問屋を通してじゃないと商売できない時代じゃない。
だから、大丈夫」

父の気持ちはわかる。
それでなくても後継者を雇えないほどの経営だったうえに、この状況だ。
私だって親なら、反対するだろう。
それでも私は、有坂染色を継ぐと決めたのだ。

「父さん。
お願い、します」

再び、深く深くあたまを下げた。

「私からもよろしくお願いします」

漸も一緒に、あたまを下げてくれる。
そのまま父の返事を待った。

「鹿乃子の頑固は俺譲りだ。
好きにさせてやれ」

「じじぃはいつも、鹿乃子に甘すぎるんだよ」

祖父と父の声が聞こえてきて、あたまを上げた。

「鹿乃子の食い扶持くらい俺が……って、いまは漸がいるじゃねぇかよ」

言いかけた祖父が、へへっ、と照れくさそうに笑った。

「はい、鹿乃子さんは私がしっかり養いますので大丈夫です」

うん、と力強く、漸が頷く。

「鹿乃子はまだ若いからいいが、漸くんにはそのあいだ、子供を待たせることになるんだぞ」

父に言われてようやく気づいた。
漸は早く、子供が欲しいと言っていたのに。

「あー、……考えてなかった。
会員資格が取れるようになるまで、最低五年の修行が必要だったっけ?」

と、いうことは、私の修行が終わる頃には漸は四十一歳なのか……。

「私は別に、かまいません。
鹿乃子さんには鹿乃子さんの好きなことをしてもらいたいので」

「漸……」

私の手を握り、漸が頷いてくれる。
その気持ちは嬉しいが、私も漸と一緒で漸の願いは叶えてあげたいのだ。

「あ、じゃあ、先に子供産んで子育てしてから修行するとか?
あー、でもそれだと、じいちゃんから教えてもらえなくなるかも……」

こんなとき、女の自分が恨めしい。
男ならそんなこと関係なく、修行ができるのに。

「けっ、俺は百まで現役で続けるからな、問題ねぇ」

吐き捨てるように言う、祖父が頼もしい。
いや、祖父にはいつまでの元気でいてもらいたいが、百まで現役はさすがに難しいだろう。

「莫迦か、そんなに簡単に子供が授かれたら苦労はない。
できるまでじいさんにガンガン詰め込んでもらえ。
それで落ち着いてから再開すればいい。
人よりは時間がかかるだろうがな」

「父さん……」

また父は首の後ろを掻いている。
なんとしてでも絶対反対なんだと思っていた。

「鹿乃子はこうと決めたらてこでも動かないからな。
仕方ない」

「ありがとう、父さん、じいちゃん。
漸も!」

きっとこれから困難ばかりなんだろうけれど。
でも、私は頑張るんだ。

「あ、これ、仕立ては母さんとばあさんがしてくれたんだ。
礼を言っておけよ」

「うん」

花嫁衣装は我が家に持って帰っても保管に困るので、その日まで実家で預かってもらうことにした。
そっか、この衣装、家族全員の愛情がこもっているんだ。
着る日が、楽しみだな。

「漸さん」

母屋に戻った途端、漸は祖母に連行された。
なにをやっているのか部屋を覗いたら、……採寸、されている。

「ばあちゃん、なにやってるの?」

「せっかくの晴れ舞台なんだから、漸さんの衣装も新調してあげたくて。
あとこれ、サイズも微妙にあってないし、仕立てが雑なのよね……」

はぁっ、と祖母が呆れるようにため息を落とす。

「サイズは……まあ、うちのものがやったのであれですが、仕立てが雑ですか?
それなりのところへ出しているのですが」

「そうよ。
こことか、袋ができているし」

「どこ……?」

祖母の指す場所をよく見たら、袖の部分が裏地と表地のサイズがあっていないのか僅かに表地に膨らみがある。
とはいえ、本当によく見ないとわからない程度なんだけど。

「襟もここ、攣ってるし」

「どこ……?」

またよく見るが、全くもって私にはわかりません!

「まあ、安い仕立てなら仕方ないんでしょうけど……」

はぁっ、とまた、祖母の口からため息が落ちる。
いやいや、三橋呉服店の仕立てですよ?
客からはそれなりの仕立賃をとっているはずです。

「そうなんですね……」

祖母の言葉で漸はかなり、落ち込んでいる。
漸にしてみればショックだよね、そんな仕立てのものをお客様に出していたなんて。

「だから漸さんには、私が最高のものを作ってあげますからね」

「よろしくお願いします」

あたまを下げた漸はちょっと嬉しそうで、ほっとした。

「……はぁーっ」

祖母の仕事部屋から茶の間に戻りながら、漸が苦悩の多いため息を吐く。

「あの、漸!
祖母、和裁技能士の一級なんです!」

「三橋お抱えの和裁士は、和裁検定一級の保持者です」

「うっ」

フォローしようとしたのに不発に終わった。
和裁技能士一級より和裁検定一級の方が難易度は上……とかいう噂だ。
ちなみに祖母は試験会場が東京なのが面倒くさい、なくてもやっていけるし、という理由で和裁検定は受けていない。

「でも、その、祖母は花嫁衣装なんかの仕立ても頼まれるほどで、それで問屋のおじさんは祖母の仕立てが知っている中でピカイチだって褒めてくれていて、それで……」

祖母は規格外だからと納得してもらおうと言葉を尽くす。
私だって祖母に言われなければ、というか言われてもわからなかった。

「大丈夫ですよ、鹿乃子さん。
店の仕立てが不味いと落ち込んでいるのではありません。
和裁士も、店も、それなりの金を取っておきながら、見る人が見れば雑だとわかる仕立てをしているのに腹を立てているのです」

「……」

漸の怒りの理由がわかり、納得した。
もらった金額分の対価をはたしてないのは、商売としてはダメだ。
……もらった金額以上に対価を渡すのもダメだけど。

「私の顧客の仕立てを、おばあ様に頼めないでしょうか。
ああでも、もうお年ですし……。
お母様ならどうでしょう?」

もう最善の方法を考えはじめた漸は、根っからの商売人なんだと思う。

「祖母と母に相談してみてください。
私ではお返事できませんから」

「そうですね」

気づき、は大事だ。
私も祖母や漸みたいに、小さなことにも気づけるようになりたい。
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