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最終章 ずっと私は貴方のもの
4.お酒は今後、ほどほどで
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戻った茶の間には――カニがでーん!と鎮座していた。
「……カニですね」
「カニだ」
漸と祖父が目配せし、意味深に頷きあう。
東京でもカニは食べられただろうに、あれから漸はカニに嵌まっているのだ。
スーパーに行っては必ず、カニを買う。
おかげで我が家は週二ペースでカニが食卓にのっていた。
「飲むだろ」
「もちろんです」
ドン、ドン、と二本の一升瓶がテーブルの上に置かれる。
今日のために漸も、日本酒を買っていた。
「鹿乃子、コップもってこい!」
「はいはーい。
……漸、明日は東京なんですから、飲み過ぎないでくださいね」
持ってきたグラスをふたつ、漸に渡す。
ひとつを漸は、祖父に渡した。
「はい、ほどほどにしておきます」
なんて笑っているけど、不安だなー。
「じいさん、飲む前にちょっと待てよ」
互いのグラスに酒を注いだところで、父に止められた。
「えーっと。
こほん」
父が改まり、全員が姿勢を正す。
「鹿乃子、漸くん。
結婚、おめでとう。
式は改めてするということだけど、まずは入籍のお祝いということで。
鹿乃子はこのとおり頑固だし、いろいろ大変だと思うけど……」
「なげぇよ」
待ちきれない祖父に遮られ、むすっ、と父が口を噤んだ。
しかし、すぐに気を取り直して再び開く。
「じゃあ。
ふたりとも、幸せにな。
か……」
「あー、すみません!
先に、ご報告しておきたいことが!」
今度は漸に遮られ、父はまたむすっ、と口を噤んだ。
「私、本日から有坂漸になりました。
よろしくお願いいたします」
「はぁっ!?」
漸は嬉しくて仕方なくてにこにこ笑っているが、父と祖父は同時に詰め寄った。
「だから養子にはしねぇってあれほど……!」
祖父なんてもう、襟を掴まんばかりだ。
「はい。
結婚後の姓を、妻方の姓にしただけです。
名前が三橋から有坂に変わっただけで、他はなにも変わっていません。
本当はお父様の息子にしていただきたかったですが」
はぁーっ、と漸が小首を傾げて物憂げにため息をつき、父と祖父は気が抜けたかのように座り込んだ。
「そんなに三橋が嫌か」
「はい、嫌ですね」
漸が即答し、父も祖父もそれ以上はなにも言う気がないようだ。
「まあ。
……かんぱい」
「……かんぱい」
なんだか微妙な空気の中、各々のグラスを上げる。
「ああ、有坂になって初めて飲むお酒は格別です」
漸はひとり、嬉しそうに笑っていたけど。
で、祖父と漸が飲むというのは、そういうことになるわけで。
「だからー、ほどほどにしてくださいって言ったじゃないですかー」
「おかしいですね、私、急にお酒に弱くなったんでしょうか?」
泊まっていくようになり、二階の私の部屋まで父の支えがないと行けないほど、漸は酔っていた。
「あー、うん。
きっとそうですよ」
一升瓶はどちらも、半ばまでしか減っていなかった。
今日は多めに見積もってふたりで一升しか飲んでいないということだ。
確かに、いつもにしては少ない。
さらに祖父より早く漸がギブしたものだから、祖父は漸に勝ったと喜んでいたけど。
「これからは少し、考えないといけませんね……」
私を抱き締めたまま、漸はもううつらうつらしている。
やっぱりいままで、常にどこか緊張していたから酔えなかっただけなんだろうな。
「はい。
これからは少し、控えてください」
もう、私の声は漸に届いていない。
すーすーと気持ちよさそうに寝息を立て眠っていた。
「おやすみなさい、漸」
そっと口付けを落とし、その温かい身体に身を寄せて目を閉じた。
「……カニですね」
「カニだ」
漸と祖父が目配せし、意味深に頷きあう。
東京でもカニは食べられただろうに、あれから漸はカニに嵌まっているのだ。
スーパーに行っては必ず、カニを買う。
おかげで我が家は週二ペースでカニが食卓にのっていた。
「飲むだろ」
「もちろんです」
ドン、ドン、と二本の一升瓶がテーブルの上に置かれる。
今日のために漸も、日本酒を買っていた。
「鹿乃子、コップもってこい!」
「はいはーい。
……漸、明日は東京なんですから、飲み過ぎないでくださいね」
持ってきたグラスをふたつ、漸に渡す。
ひとつを漸は、祖父に渡した。
「はい、ほどほどにしておきます」
なんて笑っているけど、不安だなー。
「じいさん、飲む前にちょっと待てよ」
互いのグラスに酒を注いだところで、父に止められた。
「えーっと。
こほん」
父が改まり、全員が姿勢を正す。
「鹿乃子、漸くん。
結婚、おめでとう。
式は改めてするということだけど、まずは入籍のお祝いということで。
鹿乃子はこのとおり頑固だし、いろいろ大変だと思うけど……」
「なげぇよ」
待ちきれない祖父に遮られ、むすっ、と父が口を噤んだ。
しかし、すぐに気を取り直して再び開く。
「じゃあ。
ふたりとも、幸せにな。
か……」
「あー、すみません!
先に、ご報告しておきたいことが!」
今度は漸に遮られ、父はまたむすっ、と口を噤んだ。
「私、本日から有坂漸になりました。
よろしくお願いいたします」
「はぁっ!?」
漸は嬉しくて仕方なくてにこにこ笑っているが、父と祖父は同時に詰め寄った。
「だから養子にはしねぇってあれほど……!」
祖父なんてもう、襟を掴まんばかりだ。
「はい。
結婚後の姓を、妻方の姓にしただけです。
名前が三橋から有坂に変わっただけで、他はなにも変わっていません。
本当はお父様の息子にしていただきたかったですが」
はぁーっ、と漸が小首を傾げて物憂げにため息をつき、父と祖父は気が抜けたかのように座り込んだ。
「そんなに三橋が嫌か」
「はい、嫌ですね」
漸が即答し、父も祖父もそれ以上はなにも言う気がないようだ。
「まあ。
……かんぱい」
「……かんぱい」
なんだか微妙な空気の中、各々のグラスを上げる。
「ああ、有坂になって初めて飲むお酒は格別です」
漸はひとり、嬉しそうに笑っていたけど。
で、祖父と漸が飲むというのは、そういうことになるわけで。
「だからー、ほどほどにしてくださいって言ったじゃないですかー」
「おかしいですね、私、急にお酒に弱くなったんでしょうか?」
泊まっていくようになり、二階の私の部屋まで父の支えがないと行けないほど、漸は酔っていた。
「あー、うん。
きっとそうですよ」
一升瓶はどちらも、半ばまでしか減っていなかった。
今日は多めに見積もってふたりで一升しか飲んでいないということだ。
確かに、いつもにしては少ない。
さらに祖父より早く漸がギブしたものだから、祖父は漸に勝ったと喜んでいたけど。
「これからは少し、考えないといけませんね……」
私を抱き締めたまま、漸はもううつらうつらしている。
やっぱりいままで、常にどこか緊張していたから酔えなかっただけなんだろうな。
「はい。
これからは少し、控えてください」
もう、私の声は漸に届いていない。
すーすーと気持ちよさそうに寝息を立て眠っていた。
「おやすみなさい、漸」
そっと口付けを落とし、その温かい身体に身を寄せて目を閉じた。
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