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第5章 彼氏(仮)と過ごすクリスマス
5-7 最高で最低のクリスマス
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「お食事の準備ができました」
間もなくして松岡くんから声をかけられ、ダイニングへ行く。
テーブルの上は……ごちそう、だった。
ローストビーフをメインに、サラダとスープ、それにグラタン?
あとは珍しく、今日はパンだ。
「どうぞ」
ポン、といい音をさせて栓を抜き、松岡くんがシャンパンをグラスに注いでくれる。
今日ほど執事服がしっくりきた日は他にない。
「……ありがとう」
こんなグラスにこういう洒落た食器セット、あったけ……? とか思ったけれど、そういえば資料になるからーと酔って昔、通販で頼んだ気がする。
「私が、注ぐよ」
「でも」
「でもじゃなく」
松岡くんの手から、シャンメリーの瓶を奪う。
もし、……もしも。
次があったなら。
そのときは松岡くんが仕事中だからと、我慢してシャンメリー、なんてことはないようにしたい。
「じゃあ。
メリークリスマス」
「メリークリスマス」
松岡くんがグラスを差し出し、チンと小さくグラスをあわせる。
「凄いごちそう、だね」
「そうか?」
なにも言わなくても松岡くんがサーブしてくれる。
グラタンかと思ったのはラザニアだった。
「美味しい!」
ローストビーフはしっとりジューシーで添えられているソースがまた、いい。
これがグラム198円の二割引だった、オージービーフだとは思えなかった。
「こっちも最高!」
ラザニアもミートソースとホワイトソースの割合が絶妙で、さらにパスタがもちもちぷりぷりだ。
「ねえ。
ラザニアのパスタなんて買ってないよね?」
「簡単にできるから、手作りした」
くいっと上げた眼鏡が得意げに光って、くすりと笑いが漏れる。
「ほんと、松岡くんってなんでもできるんだね。
いいお婿さんになるよ」
「例えば、……紅夏の?」
じっと眼鏡の奥から見つめられ、フォークに刺したローストビーフがぽろりと落ちた。
「い、……一般論、だよ」
どうして私はいま、視線も定まらないほど動揺しているんだろう。
松岡くんだってきっと、冗談だったに決まっているのに。
「そうだな」
松岡くんはなんでもないように笑っていて、ほっとした。
食事のあとは苺たっぷりの、小さめのホールケーキが出てきた。
「これも作ったの!?」
「あたりまえだろ」
はい、愚問でした。
「これ。
よかったら使ってくれると嬉しい、……です」
ケーキを食べる前に、準備しておいたプレゼントを差し出す。
「俺に!?
うわっ、めちゃくちゃ嬉しい」
とりあえず、喜んでくれている?
「開けてもいいか」
私が黙って頷くと、松岡くんは丁寧に包装紙を剥がして箱を開けた。
「うわっ、格好いい財布!
俺が欲しいと思ってた感じの奴だ!
ありがとな、紅夏!」
松岡くんの唇がちゅっと、私の頬に触れる。
もうそれだけで、財布にしてよかったと思えた。
「これは俺からのプレゼント」
小さな四角い箱を、松岡くんが私の目の前へ滑らせてくる。
「開けても、いい?」
「ああ」
慎重に、包装紙を破らないように剥がしていく。
箱の中にはネックレスが入っていた。
「その、紅夏はアクセサリーとか持ってなさそうだし、だったら俺が一番最初に、その首にかけるものを贈りたいと思ったんだ」
「……事実だけどちょっと酷い」
むくれる私に松岡くんも笑っていたけれど……すぐに、真顔になった。
「……事実?」
私はいま、なにか変なことでも言っただろうか。
「じゃあ、いまつけているそれは、どうしたんだよ」
みるみるうちに松岡くんが不機嫌になっていく。
「編集の立川さんがプレゼントしてくれたけど……」
「紅夏の担当編集って全員、女だよな?」
「立川さんは男だけど……」
「どうして他の男にもらったものを私の前で、平気でつけるのですか」
松岡くんが笑顔で急に敬語になり、拒絶された、と感じた。
「どうしてって……」
けれど、どうして松岡くんが怒っているのかわからない。
「紅夏にとって私はなんですか」
「か、……家政夫……ひぃっ」
眼鏡の奥から眼光鋭くじろっと睨まれ、短く悲鳴が漏れる。
「か、彼氏、だよ。
……仮、だけど」
身体はがたがたと震え、目には薄らと涙すら浮いてくる。
「そうですね、仮、ですが彼氏です。
では、彼氏がいるのに他の男からプレゼントをもらうことについて、どうお思いですか」
「た、立川さんはお世話になっている編集さんだし、きっと挨拶程度だよ……?
他の編集さんからも誕生日プレゼントだとかもらったりもするし……」
きっと、その感覚だろうと思ったから受け取った。
可愛かったし、今日の服にあうだろうと思ったからつけた。
それが、こんなことになるなんて。
「本当にそう思っているのですか」
「え……」
でも立川さんが言うデートは冗談で仕事だって。
「そう思っているのかと聞いているのです」
私が黙っているとさらに、松岡くんは聞いてきた。
「わかんない、わかんないよ……」
情けないことに涙がぼろぼろと落ちてくる。
私が泣きだしても松岡くんは、黙っているだけだった。
「……これはお返しいたします」
目の前に、さっき渡したばかりの財布を突っ返された。
「これもきっと、その男の入れ知恵なのでしょう。
紅夏ひとりで選べるとは思えない」
酷い言われようだが、真実なだけに言い返せない。
「こんなもの、私は欲しくありません。
……さっさと食べてしまってください、片付けが終わりません」
私に財布を押しつけ、松岡くんは流しに立って洗い物をはじめた。
嗚咽を押し殺し、時折、すん、すんと私が鼻を啜っても松岡くんはなにも言わない。
「時間になりましたので、帰らせていただきます」
コートを羽織り帰り支度をして一度、松岡くんは私の元へと戻ってきた。
「ああ、あなたにそのような相手がいるのであれば、仮彼氏契約はこれで解消ということでよろしいですね。
それでは次回、来週の月曜日に参ります。
では」
私を置いてけぼりでガラガラぴしゃっと玄関が開いて閉まった音がした。
「なにが悪かったんだろう……」
恋愛偏差値ゼロの私には、こんな高等問題、解けない。
いや、私が難しいと思っているだけで、実際には簡単なのかもしれないけれど。
「どうしていいのか、わかんない……」
ひとりになって、抑えていた声が漏れる。
泣きじゃくる私を心配してか、セバスチャンが周りをぐるぐる回っていた。
間もなくして松岡くんから声をかけられ、ダイニングへ行く。
テーブルの上は……ごちそう、だった。
ローストビーフをメインに、サラダとスープ、それにグラタン?
あとは珍しく、今日はパンだ。
「どうぞ」
ポン、といい音をさせて栓を抜き、松岡くんがシャンパンをグラスに注いでくれる。
今日ほど執事服がしっくりきた日は他にない。
「……ありがとう」
こんなグラスにこういう洒落た食器セット、あったけ……? とか思ったけれど、そういえば資料になるからーと酔って昔、通販で頼んだ気がする。
「私が、注ぐよ」
「でも」
「でもじゃなく」
松岡くんの手から、シャンメリーの瓶を奪う。
もし、……もしも。
次があったなら。
そのときは松岡くんが仕事中だからと、我慢してシャンメリー、なんてことはないようにしたい。
「じゃあ。
メリークリスマス」
「メリークリスマス」
松岡くんがグラスを差し出し、チンと小さくグラスをあわせる。
「凄いごちそう、だね」
「そうか?」
なにも言わなくても松岡くんがサーブしてくれる。
グラタンかと思ったのはラザニアだった。
「美味しい!」
ローストビーフはしっとりジューシーで添えられているソースがまた、いい。
これがグラム198円の二割引だった、オージービーフだとは思えなかった。
「こっちも最高!」
ラザニアもミートソースとホワイトソースの割合が絶妙で、さらにパスタがもちもちぷりぷりだ。
「ねえ。
ラザニアのパスタなんて買ってないよね?」
「簡単にできるから、手作りした」
くいっと上げた眼鏡が得意げに光って、くすりと笑いが漏れる。
「ほんと、松岡くんってなんでもできるんだね。
いいお婿さんになるよ」
「例えば、……紅夏の?」
じっと眼鏡の奥から見つめられ、フォークに刺したローストビーフがぽろりと落ちた。
「い、……一般論、だよ」
どうして私はいま、視線も定まらないほど動揺しているんだろう。
松岡くんだってきっと、冗談だったに決まっているのに。
「そうだな」
松岡くんはなんでもないように笑っていて、ほっとした。
食事のあとは苺たっぷりの、小さめのホールケーキが出てきた。
「これも作ったの!?」
「あたりまえだろ」
はい、愚問でした。
「これ。
よかったら使ってくれると嬉しい、……です」
ケーキを食べる前に、準備しておいたプレゼントを差し出す。
「俺に!?
うわっ、めちゃくちゃ嬉しい」
とりあえず、喜んでくれている?
「開けてもいいか」
私が黙って頷くと、松岡くんは丁寧に包装紙を剥がして箱を開けた。
「うわっ、格好いい財布!
俺が欲しいと思ってた感じの奴だ!
ありがとな、紅夏!」
松岡くんの唇がちゅっと、私の頬に触れる。
もうそれだけで、財布にしてよかったと思えた。
「これは俺からのプレゼント」
小さな四角い箱を、松岡くんが私の目の前へ滑らせてくる。
「開けても、いい?」
「ああ」
慎重に、包装紙を破らないように剥がしていく。
箱の中にはネックレスが入っていた。
「その、紅夏はアクセサリーとか持ってなさそうだし、だったら俺が一番最初に、その首にかけるものを贈りたいと思ったんだ」
「……事実だけどちょっと酷い」
むくれる私に松岡くんも笑っていたけれど……すぐに、真顔になった。
「……事実?」
私はいま、なにか変なことでも言っただろうか。
「じゃあ、いまつけているそれは、どうしたんだよ」
みるみるうちに松岡くんが不機嫌になっていく。
「編集の立川さんがプレゼントしてくれたけど……」
「紅夏の担当編集って全員、女だよな?」
「立川さんは男だけど……」
「どうして他の男にもらったものを私の前で、平気でつけるのですか」
松岡くんが笑顔で急に敬語になり、拒絶された、と感じた。
「どうしてって……」
けれど、どうして松岡くんが怒っているのかわからない。
「紅夏にとって私はなんですか」
「か、……家政夫……ひぃっ」
眼鏡の奥から眼光鋭くじろっと睨まれ、短く悲鳴が漏れる。
「か、彼氏、だよ。
……仮、だけど」
身体はがたがたと震え、目には薄らと涙すら浮いてくる。
「そうですね、仮、ですが彼氏です。
では、彼氏がいるのに他の男からプレゼントをもらうことについて、どうお思いですか」
「た、立川さんはお世話になっている編集さんだし、きっと挨拶程度だよ……?
他の編集さんからも誕生日プレゼントだとかもらったりもするし……」
きっと、その感覚だろうと思ったから受け取った。
可愛かったし、今日の服にあうだろうと思ったからつけた。
それが、こんなことになるなんて。
「本当にそう思っているのですか」
「え……」
でも立川さんが言うデートは冗談で仕事だって。
「そう思っているのかと聞いているのです」
私が黙っているとさらに、松岡くんは聞いてきた。
「わかんない、わかんないよ……」
情けないことに涙がぼろぼろと落ちてくる。
私が泣きだしても松岡くんは、黙っているだけだった。
「……これはお返しいたします」
目の前に、さっき渡したばかりの財布を突っ返された。
「これもきっと、その男の入れ知恵なのでしょう。
紅夏ひとりで選べるとは思えない」
酷い言われようだが、真実なだけに言い返せない。
「こんなもの、私は欲しくありません。
……さっさと食べてしまってください、片付けが終わりません」
私に財布を押しつけ、松岡くんは流しに立って洗い物をはじめた。
嗚咽を押し殺し、時折、すん、すんと私が鼻を啜っても松岡くんはなにも言わない。
「時間になりましたので、帰らせていただきます」
コートを羽織り帰り支度をして一度、松岡くんは私の元へと戻ってきた。
「ああ、あなたにそのような相手がいるのであれば、仮彼氏契約はこれで解消ということでよろしいですね。
それでは次回、来週の月曜日に参ります。
では」
私を置いてけぼりでガラガラぴしゃっと玄関が開いて閉まった音がした。
「なにが悪かったんだろう……」
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いや、私が難しいと思っているだけで、実際には簡単なのかもしれないけれど。
「どうしていいのか、わかんない……」
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