家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第6章 差出人無記名の手紙

6-2 真剣に書いている作品を、莫迦にしていいはずがない

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ぼーっと紅白歌合戦をテレビで流しながら、積ん読の消化にいそしむ。
視界の隅では転がっていったみかんとセバスチャンが遊んでいた。
そのうち紅白も終わったのか、行く年来る年がはじまる。

「年越しそば食べなきゃ……」

カップそばにお湯を入れて三分。
これはあんなに喧嘩してアフタヌーンティどころかお茶すらなしだったこの間、そんな状況でも松岡くんが準備してくれていたものだ。

「もう松岡くんなしじゃ生きていけないよね……」

ずるっ、久しぶりに食べるカップそばはこんな味だったっけ? ってくらい、あまり美味しくなかった。

「松岡くんのおそばが食べたい……」

はぁーっ、ため息を落としつつもカップそばは完食する。
松岡くんなら案外、そばから手打ちしそうだと想像したら少しだけおかしくなった。

「そばも食べたし、もう寝よ……」

ベッドではすでに、セバスチャンが我が物顔で丸くなっている。

「ここは私のベッドだってゆーの」

苦笑いで私も空いた隙間で丸くなる。
明日は、松岡くんがきてくれるって言っていた。
一緒に初詣に行こうって。
早起きしてちゃんとお化粧しなきゃ……。


私は年末年始、実家に帰らない。

親戚一同が鬱陶しいからだ。

それにエロ小説作家なのに処女なんておかしくね?
俺が実践させてやるよって押し倒してきた最低男は従兄だ。
いくら酔ったうえでの行動でも、していいことと悪いことはある。

だから絶対に、帰らない。

一応、ずらして五日くらいには顔を出すけど。



新年一日目は比較的早く起きた。
わくわくしすぎてよく眠れなかったし、早く目が覚めた。

……遠足前の子供かっちゅーの。

鏡で自分の顔を見ながら、苦笑いしかできない。

タンスから服を引っ張り出し、あれでもない、これでもないと吟味する。

いっそ、祖母から譲ってもらった着物でも着ようかと考えたが、着付けができないから諦めた。

結局、タンスの中から出てきたファーをあしらったピンクのニットに、白のスカートをあわせてみた。

しかしこう、食器といい、服といい、いつ買ったか思い出せないものがたびたび出てくるのはやはり、問題だと思う……。


「あけましておめでとうございます」

「はーい」

そわそわしながら待っているうちに、松岡くんがやってきた。

「あ、あけまして、おめでとう」

今日は仕事じゃないからか、さすがに執事服ではなかった。
が、白のタートルネックニットに黒のダウンジャケットを羽織り、髪も下ろして黒縁の眼鏡の松岡くんはこう、まさしく執事の休日っぽくてどきどきする。

「俺がやったの、ちゃんとつけてくれてるんだ」

「う、……うん」

今日の私の胸もとにはちゃんと、松岡くんからもらったハートのペンダントが揺れている。

「……嬉しい」

甘い重低音でぼそっと耳もとで囁き、ちゅっと口付けを落とされた。
そこから一気に熱が広がり、固まった。

「年賀状、届いてたぞ」

「あ、……うん」

わざわざ私の手を取って、年賀状の束をのせてくる。

「てか、この間、掃除したばっかなのに、もうこんなに散らかってんのかよー。
あーあー、食器も山積み!
勤務外だけどサービスしてやるよ」

コートを脱いで松岡くんが袖まくりをはじめ、私もやっと茶の間へと戻る。

「にゃー」

「セバスチャンもあけましておめでとう。
あとでスペシャルなおやつをやるからな」

「にゃー!」

意味がわかったのかセバスチャンが嬉しそうに鳴いた。


台所で松岡くんが洗い物をはじめ、私も年賀状をチェックする。

「これ、なんだろう……?」

ほとんどが付き合いのある編集か作家からだったが一通、わざわざ封筒で届いたものがあった。
差出人を確認するが、どこにもない。

「え……」

中に入っていた紙を見た途端、音を立てて血の気が引いていく。

「なに、これ……」

それにはA4用紙いっぱいに連続して、〝死ね〟と10.5ptのMS明朝で打ち出してあった。

「紅夏、雑煮の餅は一個でいいか?
……紅夏?」

返事がないのを不審に思ったのか、傍まで来た松岡くんが私の顔をのぞき込む。

「どうした?」

「これ……」

震える手で、掴んだままだった紙を渡す。

「なんだよ、これ……」

内容を確認した、松岡くんの手の中で、ぐしゃりと音がした。

「よくある、嫌がらせの類いだとは思うんだけど……」

「よくあるのか、こんなこと」

松岡くんは驚いているが、エゴサすれば罵詈雑言の類いにはすぐにぶち当たる。
Nyamazonに匿名で誹謗中傷を書かれたことだって一度や二度じゃない。
ニャンスタだって【キモい】だの【妄想、乙】だののコメントはよくつくし。

「……うん。
でも、ここまで気持ち悪いのは……ない」

小学生の作文以下や、妄想がすぎる自己満足小説とか、酷いものになるとこんなもの書いている奴は欲求不満なんだろうから俺が犯してやろうか、なんていうのはよくある。
けれど、〝死ね〟なんて存在否定されたのは初めてだ。

「……大丈夫か」

心配そうに松岡くんの眉が寄る。

「怖いよ……」

怖くて怖くて身体が震える。
不意に視界が暗くなったかと思ったら、……松岡くんの腕の中にいた。

「俺が、守るから」

「……ありがと」

温かい腕の中は、お日様みたいな匂いがする。
おかげで不安が和らいだ。

「俺さ。
前に紅夏の書いてる小説をエロ小説って莫迦にしただろ?
あれ、すっげー後悔してる」

私を抱きしめたまま、松岡くんがぼそぼそと話し続ける。

「仕事しているときの紅夏、俺の声も聞こえないほど、凄い集中してるし。
あんなに真剣に書いている作品を、ただのエロ小説とか莫迦にしていいはずがない」

「松岡くん……」

これまでこんなふうに言ってくれた人は、私の周りにはいなかった。
なんだか、いままでしてきた嫌な気持ちが報われた気分。

「ごめんな、紅夏。
ほんとに。
んで、紅夏にこんな嫌がらせする奴、許せねー」

ぎゅっと松岡くんの腕に力が入り、彼が怒っているのだとうかがわせた。

「どれだけ紅夏が頑張ってるのかわからねー奴は、俺が許さねえ。
……特にこんな嫌がらせしてくる奴は」

松岡くんの声がワントーン低くなり、びくりと背中が震えてしまう。
おそるおそる見上げると、視線があっただけで瞬殺されてしまいそうな目をしていた。
今日は黒縁眼鏡でよかったと思う。
あれがいつもの銀縁眼鏡だったら、間違いなく死んでいた。

「だから紅夏は安心していい」

目尻を下げて彼がにっこりと笑い、私もぎこちないけれど笑えた。
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