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第6章 差出人無記名の手紙
6-3 執事モードオフ
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落ち着いたところで、持ってきたおせちをこたつの上に並べてくれた。
「おせち……?」
お重には詰めてあったが、よく見るおせちとはちょっと違う。
海老フライに唐揚げ、ローストビーフに角煮なんかが大部分を占めている。
もちろん、黒豆にきんとん、田作りなんかも入っているが申し訳程度だ。
「あー、実家のおせちを詰めてきたからな。
姉ちゃんが煮物とか嫌いでそういうのがどうしても余るから、好きなものを作るようにしてるんだ」
〝姉ちゃん〟なんていう松岡くんが微笑ましくてつい笑ってしまう。
「なに笑ってんだよ」
不機嫌そうに松岡くんが唇を尖らせる。
そういうのがまた、可愛い。
「じゃあ、改めて。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
松岡くんも一緒にこたつに入り、改まってあたまを下げる。
「あけましておめでとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします」
私もぺこんとあたまを下げた。
「にゃー」
同時にボクもよろしくとセバスチャンが鳴き、ふたりで笑いあった。
今日は詰めてきてくれたおせちと、お雑煮、それにサーモンのお刺身。
「昨日、市場に行って買ってきたんだ。
紅夏、生魚は苦手だけど白身とサーモンは食べられるって言ってたから」
「ありがとう」
松岡くんはなんて気が利くんだろう。
うちの両親なんてマグロとか食べられないのを知っているくせに、平気で出してくるのに。
「うん、美味しい」
わざわざ市場で買ってきてくれたサーモンは脂がのっていて私が苦手な魚臭さも少なく、いままで食べた中で一番美味しかった。
セバスチャンも今日は特別だってもらって、夢中でがっついている。
「喜んでもらえてよかった」
ぱーっと松岡くんの顔が輝き、嬉しそうににこにこと笑う。
ううっ、執事モードの松岡くんも困るけど、こっちの松岡くんも可愛すぎて困る……。
たわいのない話をしながら、おせちをつつく。
こんなに楽しい新年はいつ以来だろう?
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
いい加減、お腹もいっぱいになって箸を置く。
「残りは冷蔵庫に入れておくから、明日にでも食え?
片付けが済んだら初詣に行こう」
「あー、……行かない」
立ち上がりかけていた松岡くんは座り直し、顔を曇らせて私の顔をのぞき見た。
「なんで?」
「んー、今日は外に出たくない……かも」
気は紛れたが、やっぱりさっきのあれが気にかかる。
わざわざ年賀郵便にして今日という日に送ってきたくらいだ。
外に出たらなにかされるんじゃないか……というのは、考えすぎじゃないと思う。
「やっぱりあれ、気になるか」
「……うん」
それでも心配させたくなくて笑ってみせる。
けれど松岡くんははぁっと短くため息をついた。
「俺の前で無理しねーでいい。
……返って心配になるから」
ぼそっと呟いた松岡くんを不審に思って見上げると、弦のかかる耳が真っ赤になっていた。
今日の執事モードオフの松岡くんは可愛すぎる。
「わかった。
でも今日は予定ないから、もうちょっといる」
私のあたまをぽんぽんして、今度こそお皿を持って立ち上がる。
「……年下のくせに子供扱い」
「紅夏の方が精神年齢下だろ」
しれっとそんなことを言って、松岡くんは右の口端を僅かに持ち上げた。
松岡くんが片付けをしている間、セバスチャンと遊んでいた。
「紅夏はほんと、家事ができねーよな」
執事モードオフでも紅茶は淹れてくれる。
もっともうちには、コーヒー豆もインスタントコーヒーも買い置きがないが。
「うっ」
その通りだからなにも言えない。
松岡くんを雇う前は、散らかりすぎて部屋に閉じ込められていたくらいだ。
「でもなんか、そういうところも可愛いんだけどな」
後ろから顔を回して、頬にちゅっ。
どうでもいいがこの体勢はいったい、なんなんだろう?
後ろから私を抱きしめて一緒にこたつに入るとかさ。
あんまり密着しているから、こう、……落ち着かない。
「紅夏ってほんと、可愛いよな。
あ、顔とかそういう話じゃないぞ?
いや、顔も可愛いんだけど」
可愛い、なんて言われ慣れていない私は、どうしていいのか戸惑ってしまう。
だいたい、年上のひきこもりで、少し前まで完全に干物女だった私を捕まえて可愛いとか。
「ま、松岡くん?」
「ん?」
振り向くと、レンズ越しに目があった。
目を細めて眩しそうに笑う顔は本当に幸せそうで、私の心臓がおかしくなる。
「なー、紅夏。
あの財布、……選んだのは立川って奴?」
「え?」
財布はあの日、突っ返されたまま、いまだに机の引き出しに入っている。
「お財布がいいんじゃないかなって言ってくれたのは立川さんだけど……。
選んだのは私だよ?
お店もひとりで行ったし」
「んー、じゃあ、やっぱあれ、ちょうだい?」
ちょっとだけ首を傾げて可愛くおねだりされたら、もーダメ。
「う、うん」
仕事部屋に行って財布の入った箱を掴み、戻ってくる。
「はい」
「サンキュー。
……うん、やっぱこれ、センスいいよな」
財布を手に松岡くんはご満悦だけど……どういう心境の変化なんだろう。
「紅夏が俺のために選んでくれたなんて嬉しい」
じっと、松岡くんが私の目をレンズ越しに見つめる。
その瞳は熱を帯びていた。
「紅夏。
……好きだ」
熱い吐息が私の耳をくすぐる。
はむっと私の耳たぶを軽く食んで、彼は顔を離した。
「ほんとはキス、したいんだけど」
大きな手が私の口を覆い、松岡くんの顔が近づいてくる。
間抜けにもそれをじっと見ていた。
触れた唇は彼の手の上だというのに、なぜか本当に唇を重ねているかのようにどきどきする。
「……契約違反だからこれで我慢する」
そろそろと松岡くんの顔を見上げた。
これ以上ないほどうっとりと彼は笑っていて、心臓がきゅーっと切なく締まる。
「松岡くん?」
「紅夏の胃袋は掴んだし、紅夏も俺なしじゃもう生活できないだろうし?」
私をぎゅっと抱きしめて、松岡くんは楽しそうだ。
「今年は去年以上にがんがん攻めさせてもらうから。
覚悟しろよ、ご主人様?」
右の口端を僅かに持ち上げて、松岡くんがにやりと笑う。
途端に私は後ろ向きに倒れて、あたまをこたつで強打した……。
「じゃ、今日は帰る」
「……うん」
夕方になって帰る松岡くんを玄関まで見送る。
「なんて顔してるんだよ」
松岡くんは困ったように笑っているが、私はそんなに変な顔をしているんだろうか。
「そんな顔されたら帰りたくなくなるだろ」
いきなり、ぎゅっと抱きしめられた。
「次は七日に来る。
それまでゴミに埋もれないように気をつけろ」
「……ちょっと酷い」
ちゅっと額に口付けを落とし、彼が離れる。
「戸締まり、ちゃんとしろよ。
なんかあったらすぐに電話しろ。
仕事中でも飛んでくるから」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、また」
「また」
玄関が閉まり、去っていく自転車の音が名残惜しくて、聞こえなくなるまで聞いていた。
「……また」
小さく呟いて噛みしめる。
七日も会えないなんて長い。
そんなことを考えている自分に驚いた。
雇った当時は、早く帰ってくれないかな、週二じゃなくて週一、いや二週に一回でもよかったかも、なんて考えていたのに。
「早く、七日たたないかな」
急に寒くなってきて、セバスチャンを探す。
「セバスチャン」
呼ぶと、おやつがもらえると思ったのかすり寄ってきたセバスチャンを抱いた。
セバスチャンは温かくて、少しだけ寒さが和らいだ。
「おせち……?」
お重には詰めてあったが、よく見るおせちとはちょっと違う。
海老フライに唐揚げ、ローストビーフに角煮なんかが大部分を占めている。
もちろん、黒豆にきんとん、田作りなんかも入っているが申し訳程度だ。
「あー、実家のおせちを詰めてきたからな。
姉ちゃんが煮物とか嫌いでそういうのがどうしても余るから、好きなものを作るようにしてるんだ」
〝姉ちゃん〟なんていう松岡くんが微笑ましくてつい笑ってしまう。
「なに笑ってんだよ」
不機嫌そうに松岡くんが唇を尖らせる。
そういうのがまた、可愛い。
「じゃあ、改めて。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
松岡くんも一緒にこたつに入り、改まってあたまを下げる。
「あけましておめでとうございます。
こちらこそ、よろしくお願いします」
私もぺこんとあたまを下げた。
「にゃー」
同時にボクもよろしくとセバスチャンが鳴き、ふたりで笑いあった。
今日は詰めてきてくれたおせちと、お雑煮、それにサーモンのお刺身。
「昨日、市場に行って買ってきたんだ。
紅夏、生魚は苦手だけど白身とサーモンは食べられるって言ってたから」
「ありがとう」
松岡くんはなんて気が利くんだろう。
うちの両親なんてマグロとか食べられないのを知っているくせに、平気で出してくるのに。
「うん、美味しい」
わざわざ市場で買ってきてくれたサーモンは脂がのっていて私が苦手な魚臭さも少なく、いままで食べた中で一番美味しかった。
セバスチャンも今日は特別だってもらって、夢中でがっついている。
「喜んでもらえてよかった」
ぱーっと松岡くんの顔が輝き、嬉しそうににこにこと笑う。
ううっ、執事モードの松岡くんも困るけど、こっちの松岡くんも可愛すぎて困る……。
たわいのない話をしながら、おせちをつつく。
こんなに楽しい新年はいつ以来だろう?
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
いい加減、お腹もいっぱいになって箸を置く。
「残りは冷蔵庫に入れておくから、明日にでも食え?
片付けが済んだら初詣に行こう」
「あー、……行かない」
立ち上がりかけていた松岡くんは座り直し、顔を曇らせて私の顔をのぞき見た。
「なんで?」
「んー、今日は外に出たくない……かも」
気は紛れたが、やっぱりさっきのあれが気にかかる。
わざわざ年賀郵便にして今日という日に送ってきたくらいだ。
外に出たらなにかされるんじゃないか……というのは、考えすぎじゃないと思う。
「やっぱりあれ、気になるか」
「……うん」
それでも心配させたくなくて笑ってみせる。
けれど松岡くんははぁっと短くため息をついた。
「俺の前で無理しねーでいい。
……返って心配になるから」
ぼそっと呟いた松岡くんを不審に思って見上げると、弦のかかる耳が真っ赤になっていた。
今日の執事モードオフの松岡くんは可愛すぎる。
「わかった。
でも今日は予定ないから、もうちょっといる」
私のあたまをぽんぽんして、今度こそお皿を持って立ち上がる。
「……年下のくせに子供扱い」
「紅夏の方が精神年齢下だろ」
しれっとそんなことを言って、松岡くんは右の口端を僅かに持ち上げた。
松岡くんが片付けをしている間、セバスチャンと遊んでいた。
「紅夏はほんと、家事ができねーよな」
執事モードオフでも紅茶は淹れてくれる。
もっともうちには、コーヒー豆もインスタントコーヒーも買い置きがないが。
「うっ」
その通りだからなにも言えない。
松岡くんを雇う前は、散らかりすぎて部屋に閉じ込められていたくらいだ。
「でもなんか、そういうところも可愛いんだけどな」
後ろから顔を回して、頬にちゅっ。
どうでもいいがこの体勢はいったい、なんなんだろう?
後ろから私を抱きしめて一緒にこたつに入るとかさ。
あんまり密着しているから、こう、……落ち着かない。
「紅夏ってほんと、可愛いよな。
あ、顔とかそういう話じゃないぞ?
いや、顔も可愛いんだけど」
可愛い、なんて言われ慣れていない私は、どうしていいのか戸惑ってしまう。
だいたい、年上のひきこもりで、少し前まで完全に干物女だった私を捕まえて可愛いとか。
「ま、松岡くん?」
「ん?」
振り向くと、レンズ越しに目があった。
目を細めて眩しそうに笑う顔は本当に幸せそうで、私の心臓がおかしくなる。
「なー、紅夏。
あの財布、……選んだのは立川って奴?」
「え?」
財布はあの日、突っ返されたまま、いまだに机の引き出しに入っている。
「お財布がいいんじゃないかなって言ってくれたのは立川さんだけど……。
選んだのは私だよ?
お店もひとりで行ったし」
「んー、じゃあ、やっぱあれ、ちょうだい?」
ちょっとだけ首を傾げて可愛くおねだりされたら、もーダメ。
「う、うん」
仕事部屋に行って財布の入った箱を掴み、戻ってくる。
「はい」
「サンキュー。
……うん、やっぱこれ、センスいいよな」
財布を手に松岡くんはご満悦だけど……どういう心境の変化なんだろう。
「紅夏が俺のために選んでくれたなんて嬉しい」
じっと、松岡くんが私の目をレンズ越しに見つめる。
その瞳は熱を帯びていた。
「紅夏。
……好きだ」
熱い吐息が私の耳をくすぐる。
はむっと私の耳たぶを軽く食んで、彼は顔を離した。
「ほんとはキス、したいんだけど」
大きな手が私の口を覆い、松岡くんの顔が近づいてくる。
間抜けにもそれをじっと見ていた。
触れた唇は彼の手の上だというのに、なぜか本当に唇を重ねているかのようにどきどきする。
「……契約違反だからこれで我慢する」
そろそろと松岡くんの顔を見上げた。
これ以上ないほどうっとりと彼は笑っていて、心臓がきゅーっと切なく締まる。
「松岡くん?」
「紅夏の胃袋は掴んだし、紅夏も俺なしじゃもう生活できないだろうし?」
私をぎゅっと抱きしめて、松岡くんは楽しそうだ。
「今年は去年以上にがんがん攻めさせてもらうから。
覚悟しろよ、ご主人様?」
右の口端を僅かに持ち上げて、松岡くんがにやりと笑う。
途端に私は後ろ向きに倒れて、あたまをこたつで強打した……。
「じゃ、今日は帰る」
「……うん」
夕方になって帰る松岡くんを玄関まで見送る。
「なんて顔してるんだよ」
松岡くんは困ったように笑っているが、私はそんなに変な顔をしているんだろうか。
「そんな顔されたら帰りたくなくなるだろ」
いきなり、ぎゅっと抱きしめられた。
「次は七日に来る。
それまでゴミに埋もれないように気をつけろ」
「……ちょっと酷い」
ちゅっと額に口付けを落とし、彼が離れる。
「戸締まり、ちゃんとしろよ。
なんかあったらすぐに電話しろ。
仕事中でも飛んでくるから」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、また」
「また」
玄関が閉まり、去っていく自転車の音が名残惜しくて、聞こえなくなるまで聞いていた。
「……また」
小さく呟いて噛みしめる。
七日も会えないなんて長い。
そんなことを考えている自分に驚いた。
雇った当時は、早く帰ってくれないかな、週二じゃなくて週一、いや二週に一回でもよかったかも、なんて考えていたのに。
「早く、七日たたないかな」
急に寒くなってきて、セバスチャンを探す。
「セバスチャン」
呼ぶと、おやつがもらえると思ったのかすり寄ってきたセバスチャンを抱いた。
セバスチャンは温かくて、少しだけ寒さが和らいだ。
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