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第6章 差出人無記名の手紙
6-4 これは……恋なんだろうか
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郵便受けの前に立ち、蓋を開けようか悩む。
――また、あれが入っているんじゃないかと思うから。
二日は通常の郵便配達が休みだからか、なかった。
けれど三日には再び。
しかもご丁寧に休みの分もあわせてか二通。
あの、――死ね、の手紙が。
二回連続で届いただけでも恐怖なのに、四日もまた入っていた。
五日の昨日は実家に帰るために朝のうちに家を出たので、その時間にはまだ郵便は届いていない。
そして一泊して帰ってきた今日、郵便受けを開けようか悩んでいる。
……開けなかったからといって、なかったことにできるわけじゃないんだし。
観念して蓋を開ける。
中にはDMなんかと一緒に、すっかり覚えてしまった茶封筒が入っていた。
「やっぱり、入ってた……」
これで配達の休みを除いて五連続で入っていたことになる。
「誰がやってるんだろう……」
家の中に入り、いつもよりもしっかり目に鍵をかける。
「なぁー」
セバスチャンが抗議の声を上げ、我に返った。
「ごめんごめん、いま開けるね」
キャリーバッグの蓋を慌てて開ける。
出てきたセバスチャンは一日ぶりの我が家に異常がないか、パトロールをはじめた。
「いい加減にしてほしい……」
五日と六日の分、二通入っていった茶封筒にはもちろん、差出人の名前はない。
宛名も無機質なMS明朝でシールに打ち出して貼ったものだ。
中も確認せずに、いままでの手紙と一緒にクリアファイルに挟む。
今度、桃谷さんか立川さんに相談してみようと思う。
以前、桃谷さんが作家に対する嫌がらせが頻発しているといっていたから、もしかしたらこれもそれかもしれない。
それじゃなくても実家で父から、いつまで低俗なエロ小説なんて書いている気だ、さっさとまともに就職しろ、なんて言われて憂鬱な気分で帰ってきただけに、さらに気が重くなる。
「……最悪」
やけ食いでもしてやろうかと、冷蔵庫を開けた。
が、松岡くんが来てから五日もたっているからなにも入っていない。
「冷凍庫……」
こちらも開けてみるが、ほぼ空。
「ほんと、松岡くんがいないと私、生きていけないんだ……」
なんだかおかしくなってくるが、そんな場合じゃない。
財布と携帯だけコートのポケットに突っ込んで家を出た。
久しぶりに行くコンビニ。
前はどれも美味しそうに見えたのに、いまは精彩を欠いて見える。
「なんでもいいや……」
いろいろ気分を紛らわせたくて、カゴに缶酎ハイを二本ほど放り込む。
あとはつまみになりそうなたこ焼き、それにレジ前でおでんを適当に。
お金を払って家に帰る。
「にゃー」
「セバスチャンもごはんだねー」
お皿にざらざらとかりかりを入れてあげると、セバスチャンはがっつきだした。
昨晩は慣れない家で落ち着かなかったのか、あまり食べていなかったし。
お腹が空いていたのだろう。
「私も食べよーっと」
ぼーっとテレビを見ながら、たこ焼き片手に酎ハイを飲む。
おでんはもちろんだしがよく染みてはいたが、なんだか味気ない。
「早く明日にならないかなー」
ゴミに埋もれるなとは言われたが、すでに部屋の中は私がランダムに積んでいった本やなんかと、セバスチャンがいたずらしたゴミでいっぱいだ。
「早く来てくれないと、死んじゃうよー」
なんでひとりがこんなに、淋しいのだろう。
この家でひとり暮らしをはじめてもう五年。
淋しいなんて思ったことは一度もなかった。
でもいまは淋しくて淋しくて仕方ない。
「早く、明日にならないかなー」
すでに、だいぶ酔っている自覚はある。
布団に行かないとこのまま寝落ちてしまいそうだ。
「……うん、寝よ」
ずるずるとベッドに向かい、ついてきたセバスチャンを無理矢理抱いて潜り込む。
「セバスチャンは温かいなー」
「にゃー」
すりすりすると、少しだけ淋しさが和らいだ。
「明日は、松岡くんが来てくれるから……」
すぐに眠気が襲ってきて、眠ってしまった。
翌日はそわそわしながら松岡くんを待っていた。
あんなに早起きが苦手だったのに、彼が来ると思うと起きられるから不思議。
「こんにちはー」
「はーい!」
がらがらと玄関が開くと同時に駆け寄る。
今日は家政夫の日だから当然、執事モード。
「こんにちは」
「本日もよろしくお願いいたします」
笑った松岡くんの唇がちゅっと額に触れる。
それだけで有頂天になっていた。
「それにしても酷い有様ですね」
あきれて笑われたって、それすら嬉しい。
「だって、松岡くんがずっと来てくれなかったから……」
「私のせいでございますか」
くいっと、そろえた指で松岡くんが眼鏡を上げる。
「だって、松岡くんがいないと、私、なんにもできないし……」
「本当にダメなご主人様ですね」
はぁっ、短く松岡くんの口からため息が落ちた。
「……うん」
叱られて喜びを感じている私は……実はドMだったんだろうか。
「これからもしっかりお仕えさせていただきますよ」
跪いた松岡くんが私の手を取り、その甲に口付けを落とす。
唇が触れたそこから、歓喜が身体中を駆け回った。
唇を離してもなお、手を掴んだままじっと彼は私を見つめている。
レンズの奥の、艶やかなオニキスの瞳に魅入られて視線は一ミリだってずらせない。
どくん、どくん、と自分の心臓が行動する音が、妙に耳についた。
「いつもなら休みが嬉しいのに、早く終わらないかと待ち遠しかった」
「……うん」
松岡くんの左手の指が、私の右手の指に絡む。
「紅夏の彼氏でも、仮なのがもどかしい」
立ち上がった彼が、見せつけるように握った右手へ口付けを落とす。
「俺は……紅夏の、本当の彼氏になりたい」
壁に両手をついた、松岡くんの腕の中に閉じ込められた。
見上げると、泣きだしそうな彼の顔が見えた。
「……紅夏は?」
「私、は……」
会えなかった五日間は淋しくて淋しくて仕方なかった。
今日、彼に会えたというだけでこんなに嬉しい自分がいる。
これは、……恋なんだろうか。
そうといわれればそうな気もするし、違うといわれれば違う気もする。
あんなに恋愛ものを書いてきたというのに、自分のことになるとさっぱりわからない。
「……わかん、ない」
はぁーっ、松岡くんの口から深いため息が落ちる。
「紅夏はお子様だから仕方ないか」
困ったように笑って松岡くんは身体を離した。
その顔に……心臓がきゅーっと締め付けられる。
「……なんか、酷い」
「だって、事実だろ」
私がむくれると、おかしそうに松岡くんは笑った。
――また、あれが入っているんじゃないかと思うから。
二日は通常の郵便配達が休みだからか、なかった。
けれど三日には再び。
しかもご丁寧に休みの分もあわせてか二通。
あの、――死ね、の手紙が。
二回連続で届いただけでも恐怖なのに、四日もまた入っていた。
五日の昨日は実家に帰るために朝のうちに家を出たので、その時間にはまだ郵便は届いていない。
そして一泊して帰ってきた今日、郵便受けを開けようか悩んでいる。
……開けなかったからといって、なかったことにできるわけじゃないんだし。
観念して蓋を開ける。
中にはDMなんかと一緒に、すっかり覚えてしまった茶封筒が入っていた。
「やっぱり、入ってた……」
これで配達の休みを除いて五連続で入っていたことになる。
「誰がやってるんだろう……」
家の中に入り、いつもよりもしっかり目に鍵をかける。
「なぁー」
セバスチャンが抗議の声を上げ、我に返った。
「ごめんごめん、いま開けるね」
キャリーバッグの蓋を慌てて開ける。
出てきたセバスチャンは一日ぶりの我が家に異常がないか、パトロールをはじめた。
「いい加減にしてほしい……」
五日と六日の分、二通入っていった茶封筒にはもちろん、差出人の名前はない。
宛名も無機質なMS明朝でシールに打ち出して貼ったものだ。
中も確認せずに、いままでの手紙と一緒にクリアファイルに挟む。
今度、桃谷さんか立川さんに相談してみようと思う。
以前、桃谷さんが作家に対する嫌がらせが頻発しているといっていたから、もしかしたらこれもそれかもしれない。
それじゃなくても実家で父から、いつまで低俗なエロ小説なんて書いている気だ、さっさとまともに就職しろ、なんて言われて憂鬱な気分で帰ってきただけに、さらに気が重くなる。
「……最悪」
やけ食いでもしてやろうかと、冷蔵庫を開けた。
が、松岡くんが来てから五日もたっているからなにも入っていない。
「冷凍庫……」
こちらも開けてみるが、ほぼ空。
「ほんと、松岡くんがいないと私、生きていけないんだ……」
なんだかおかしくなってくるが、そんな場合じゃない。
財布と携帯だけコートのポケットに突っ込んで家を出た。
久しぶりに行くコンビニ。
前はどれも美味しそうに見えたのに、いまは精彩を欠いて見える。
「なんでもいいや……」
いろいろ気分を紛らわせたくて、カゴに缶酎ハイを二本ほど放り込む。
あとはつまみになりそうなたこ焼き、それにレジ前でおでんを適当に。
お金を払って家に帰る。
「にゃー」
「セバスチャンもごはんだねー」
お皿にざらざらとかりかりを入れてあげると、セバスチャンはがっつきだした。
昨晩は慣れない家で落ち着かなかったのか、あまり食べていなかったし。
お腹が空いていたのだろう。
「私も食べよーっと」
ぼーっとテレビを見ながら、たこ焼き片手に酎ハイを飲む。
おでんはもちろんだしがよく染みてはいたが、なんだか味気ない。
「早く明日にならないかなー」
ゴミに埋もれるなとは言われたが、すでに部屋の中は私がランダムに積んでいった本やなんかと、セバスチャンがいたずらしたゴミでいっぱいだ。
「早く来てくれないと、死んじゃうよー」
なんでひとりがこんなに、淋しいのだろう。
この家でひとり暮らしをはじめてもう五年。
淋しいなんて思ったことは一度もなかった。
でもいまは淋しくて淋しくて仕方ない。
「早く、明日にならないかなー」
すでに、だいぶ酔っている自覚はある。
布団に行かないとこのまま寝落ちてしまいそうだ。
「……うん、寝よ」
ずるずるとベッドに向かい、ついてきたセバスチャンを無理矢理抱いて潜り込む。
「セバスチャンは温かいなー」
「にゃー」
すりすりすると、少しだけ淋しさが和らいだ。
「明日は、松岡くんが来てくれるから……」
すぐに眠気が襲ってきて、眠ってしまった。
翌日はそわそわしながら松岡くんを待っていた。
あんなに早起きが苦手だったのに、彼が来ると思うと起きられるから不思議。
「こんにちはー」
「はーい!」
がらがらと玄関が開くと同時に駆け寄る。
今日は家政夫の日だから当然、執事モード。
「こんにちは」
「本日もよろしくお願いいたします」
笑った松岡くんの唇がちゅっと額に触れる。
それだけで有頂天になっていた。
「それにしても酷い有様ですね」
あきれて笑われたって、それすら嬉しい。
「だって、松岡くんがずっと来てくれなかったから……」
「私のせいでございますか」
くいっと、そろえた指で松岡くんが眼鏡を上げる。
「だって、松岡くんがいないと、私、なんにもできないし……」
「本当にダメなご主人様ですね」
はぁっ、短く松岡くんの口からため息が落ちた。
「……うん」
叱られて喜びを感じている私は……実はドMだったんだろうか。
「これからもしっかりお仕えさせていただきますよ」
跪いた松岡くんが私の手を取り、その甲に口付けを落とす。
唇が触れたそこから、歓喜が身体中を駆け回った。
唇を離してもなお、手を掴んだままじっと彼は私を見つめている。
レンズの奥の、艶やかなオニキスの瞳に魅入られて視線は一ミリだってずらせない。
どくん、どくん、と自分の心臓が行動する音が、妙に耳についた。
「いつもなら休みが嬉しいのに、早く終わらないかと待ち遠しかった」
「……うん」
松岡くんの左手の指が、私の右手の指に絡む。
「紅夏の彼氏でも、仮なのがもどかしい」
立ち上がった彼が、見せつけるように握った右手へ口付けを落とす。
「俺は……紅夏の、本当の彼氏になりたい」
壁に両手をついた、松岡くんの腕の中に閉じ込められた。
見上げると、泣きだしそうな彼の顔が見えた。
「……紅夏は?」
「私、は……」
会えなかった五日間は淋しくて淋しくて仕方なかった。
今日、彼に会えたというだけでこんなに嬉しい自分がいる。
これは、……恋なんだろうか。
そうといわれればそうな気もするし、違うといわれれば違う気もする。
あんなに恋愛ものを書いてきたというのに、自分のことになるとさっぱりわからない。
「……わかん、ない」
はぁーっ、松岡くんの口から深いため息が落ちる。
「紅夏はお子様だから仕方ないか」
困ったように笑って松岡くんは身体を離した。
その顔に……心臓がきゅーっと締め付けられる。
「……なんか、酷い」
「だって、事実だろ」
私がむくれると、おかしそうに松岡くんは笑った。
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