家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
43 / 80
第8章 ずっと一緒にいられる方法

8-3 有名税なんて入らない

しおりを挟む
 嫌がらせの郵便は火曜日も水曜日も木曜日も、休みなく届いた。

 律儀に毎日出さなくったって、休憩したら?

 なんて思う私はおかしくないだろう。

「こんにちはー」

「はーい」

 金曜日は松岡くんがやってくる。
 このところはこの時間が一番、安心できた。

 今日もお茶して仕事部屋にこもる。

「郵便が届いております」

 その瞬間、ぴたっとキーを叩いていた手が止まった。

「……あれ、は」

「その……」

 おずおずと差し出された封筒は、いつものものにしては大きく厚みがあった。

「違うんじゃない?」

「けれど差出人は無記名ですし、宛名シールもいつものものかと」

 確かに、貼られているシールはMS明朝で打ち出された、いつものシールだ。

「……開けてみるね」

 こわごわ封筒を開けて中身を出す。
 中から出てきたのは私の本だった。

 ――ただし。

 ずたぼろに傷つけられていたが。

「ひぃっ」

 思わず手に取った本を落としてしまう。
 松岡くんはそれを、無表情に拾った。

「……ひでーな」

「やだやだやだやだ……!」

 自分の身体を引き裂かれたかのように、痛い。

「なんで!
どうして!
私がいったい、なにをしたの!?」

 松岡くんにきても仕方ないことを聞いた。
 それしか、できなかったから。

「ねえ、なんで!?」

「紅夏……」

 ヒステリックに私が問い、彼はつらそうに顔を歪ませた。

「ただ小説書いてるだけなのに!
誰にも迷惑だってかけてない!
なのになんで!?」

「……紅夏は悪くない」

 ぎゅっと松岡くんに抱きしめられた。
 途端に涙が一気に溢れ出る。

「紅夏は悪くない。
悪いのはこんなことをしている奴だ」

「……うん」

 幼い子供のように彼に縋って泣いた。
 泣き続ける私の背中を、松岡くんがあやすようにとんとんしてくれる。
 それが酷く、落ち着けた。

「落ち着いたか」

 すん、と私が鼻を啜ると、松岡くんはハンカチを出して涙を拭ってくれた。

「やっぱり、警察に行こう。
このままエスカレートしていったら、紅夏自身に危害を加えられるかもしれない」

「……そう、だね」

 毎週、エスカレートしていく嫌がらせ。
 もしかしたらこの先――本当に殺されるかもしれない。



  警察へは松岡くんが付き添ってくれた。

「業務外だけど会社に連絡入れたから、問題ない」

 そう言って笑ってくれる松岡くんが頼もしく感じる。

 受付をしてから呼ばれるまで、ずいぶんかかった。
 職員たちは忙しそうに働いているし、警察もずいぶん大変そうだ。

「……執事?」

 ようやく通された相談ブースでは、年配の警官が待っていた。
 彼は松岡くんを見て面食らっている。

「あの、彼はきてもらっている家政夫さんで、今日は付き添ってきてくれただけで」

「へー」

 今度は馬鹿にするようにじろじろと松岡くんを見ていて、嫌な気持ちになった。

 今週届いた分の手紙を出して横井《よこい》と名乗った警官に説明する。
 先週までの分を立川さんに渡してしまったことを少し後悔した。

「でも、失礼ですが、作家さんなんでしょう?」

 まるで面倒だとでもいうのかのように横井さんは、はあっと息を吐き出した。

「売れればこんな輩も出てきますって。
ほら、有名税って奴ですか」

 興味なさそうに耳をほじり、指についた耳垢をフーッと横井さんは吹き飛ばした。

「な……っ」

 目の前がくらくらする。
 作家だからってこんなことを言われなきゃいけないなんて。
 かっとなって立ち上がりかけたら、松岡くんから肩を押さえられた。

「それは本気で仰っているのですか」

 低い低い松岡くんの声がテーブルの上を這っていき、横井さんを捕らえる。
 実際、彼はさっきまでの横柄な態度が嘘のように固まっていた。

「紅夏は本当に苦しんでいるんです。
なのにあなたはそのようなことを?」

「す、すみません!」

 松岡くんが眼鏡の奥から切れそうなほど鋭い視線を向け、横井さんは悲鳴のような返事をした。

「それに有名税だろうがなんだろうが、人にこんな卑劣なことをしていいはずがありません。
ましてや、匿名などと」

「は、はいっ!」

 横井さんは完全に、自分の子供ほど年が離れた松岡くんに怯えていた。


「それでは、よろしくお願いします」

「は、はいっ!
こちらこそ、失礼いたしました!」

 松岡くんへ横井さんが勢いよくあたまを下げる。
 それを見ながら警察署をあとにした。

「ごめんな、俺が警察を勧めたばっかりに紅夏に嫌な思いをさせて」

「別にいいよ」

 甘えるように松岡くんへぴったりとくっつく。
 すぐに松岡くんは私の腰を抱いてくれた。

「だって私が怒るより先に、松岡くんが怒ってくれたし。
嬉しかった。
ありがとう」

 見上げると眼鏡越しに目があった。
 一瞬、驚いたように目を大きく開いた彼だったけれど、すぐにちゅっと額に口付けを落としてくる。

「けどさ、結局相談したところで、なにも変わらなかったし」

「……そう、だね」

 横井さんは松岡くんに恐れおののいて話はちゃんと聞いてくれたものの、結論としてはなにもできないと言われた。
 どこの誰がやっているのかもわからない。
 それに実際、なにか被害が出ているわけでもない。
 だから動けないのだと、最初の態度からは信じられないほど申し訳なさそうに彼は詫びていた。

「でも、ほら、パトロールするときは気にかけてもらえるようにするって言ってくれたし。
それになにかあったときはすぐに連絡くださいって」

 少しでも明るく笑ってみる。
 進展がなかったなんて思いたくない。
 僅かでもいい、いい方向に進んでほしい。

「そうだな。
俺も帰るとき、紅夏の家の前を通って帰るようにする」

「わざわざそんなことする必要ないよ!」

「お、れ、が。
心配なの」

「いったー」

 驚いて見上げたら、デコピンされた。
 ずきずきと痛む額を手で押さえる。
 松岡くんはおかしそうにくすくすと笑っていた。

「紅夏には言ってなかったけど、俺んち、ここから結構近いの。
カフェの行き帰り、ちょっとだけ遠回りしたら、ここ、寄れるから。
だから問題ない」

「……じゃあ、よろしく頼む」

「うん」

 ぐっと、さらに私を松岡くんは抱きしめた。

 ……ん?
 さっきからなんの抵抗もなく腰を抱かれて歩いているけど、これってラブラブカップルみたいじゃない……?

 気づくと、一気に顔が熱くなる。
 私が黙って俯いてしまい、松岡くんは怪訝そうに顔をのぞき込んだ。

「紅夏?」

「な、なんでもない!」

 うっ、声が裏返った。

「それよりほら、お腹空いたな!
晩ごはん、まだだし。
あ、でも、松岡くんはもう、時間になるよね?」

 早口に捲したてる私を、松岡くんはおかしそうにくすりと笑った。

「いまからこった料理はできないから、手早くできるものを作ってやる。
俺も腹減ったし」

「じゃ、じゃあ、早く帰ろう!
セバスチャンも待ってるし」

「そうだな」

 足を速めて家へと急ぐ。
 松岡くんはやっぱりくすくすと笑いながら、そんな私についてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

処理中です...