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第3話 これは持ってはいけない感情だ
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「じゃあ、ちょっと付き合ってもらうよ」
私が婚姻届にサインしたのを確かめ、天倉社長が立ち上がる。
「えっと……どこへ?」
曖昧な笑顔で、彼を見上げた。
「婚姻届、出しに行かないといけないだろ
あと買い物もあるし」
「ああ、……そう、です、ね」
促され、私もソファーから立つ。
そうだよね、サインしただけじゃ結婚したことにはならないし。
引っ越しにあわせてTシャツとデニムパンツなんて汚れるの前提の格好だったので、着替えさせてもらう。
それでもやはり、ワンピースにデニムパンツで大差ないんだけれど。
天倉社長の運転で出発する。
車はドイツメーカーの、白のSUVだ。
ガレージにはあと二台、やはり高級外車のセダンと、コンパクトカーサイズの外車が停めてあった。
「車が必要なときは遠慮なく言ってね。
あいているほうを夏音が使えばいいよ。
あ、水色の車はダメだけど」
車を借りられるのは助かるし、借りるなら水色のコンパクトサイズがいいと思っていた。
どうしてあれはダメなんだろう
確かに、少し古い車ではあったけれど。
「あれは深里の車なんだ。
だから申し訳ないけど夏音には貸せない。
ごめんね」
謝る必要なんかないのに天倉社長が謝ってくる。
あの車はピカピカに磨いてあった。
それだけ奥様を大事にしてるのだと、キュンキュンする。
「いえ。
大事な奥様との想い出ですもんね。
なら、当たり前です」
「そう言ってくれると助かるよ」
少し情けなさそうに彼が笑う。
なんだか彼の見てはいけないプライベートな顔を見た気がして、ドキドキした。
「そうだ。
いっそ、夏音の車を買ってもいいかもね。
僕の家、スーパーまで徒歩だとちょっと遠いし」
自分専用の車があるのなら、しかもスーパーまでが遠いとなればありがたいが、私は偽装結婚の妻なのだ。
そこまでしてもらうの必要はない。
「今日ちょっと、ディーラーにも寄ってみようか」
しかし天倉社長はすでに、その気のようだ。
「あの。
車まで買っていただく必要はありませんので。
必要になれば自分で買います」
私の生活費は天倉社長が見てくれるようになっている。
それでなくてもお給料が今までの倍近く増えるのだ。
余裕はありまくりで、新車のローンくらい軽く組める。
「夏音は変わってるね」
「変わってる……?」
ふふっと小さく、社長はおかしそうに笑っているが、意味がわからなくて首が横に倒れた。
「僕が買ってあげるというのを申し訳なさそうに断ってきたのは、深里と夏音くらいだよ」
想い出しているのか、眼鏡の奥で天倉社長の目が懐かしそうに細められる。
きっと奥様のそういうところに、彼は惚れていたのだろう。
なんとなく、そんな彼にほっこりした。
「でもこれは僕の都合で夏音を引っ越しさせて、必要になったんだからね。
黙って買ってもらっておきなさい」
笑っている天倉社長は、とても楽しそうだ。
それに頑なに断り続けるのも反対に失礼だ。
「わかりました、ありがとうございます」
「うん」
彼が頷く。
本当に社長はいい人だ。
役場で婚姻届を提出する。
入社時に戸籍謄本が必要と言われどうしてかと思っていたが、このためだったらしい。
「さて。
次に行くよー」
天倉社長に促されて役場を出た。
これで彼と夫婦になったというのに、なんの感情もない。
やっぱり、偽装結婚だからなのかな。
私が婚姻届にサインしたのを確かめ、天倉社長が立ち上がる。
「えっと……どこへ?」
曖昧な笑顔で、彼を見上げた。
「婚姻届、出しに行かないといけないだろ
あと買い物もあるし」
「ああ、……そう、です、ね」
促され、私もソファーから立つ。
そうだよね、サインしただけじゃ結婚したことにはならないし。
引っ越しにあわせてTシャツとデニムパンツなんて汚れるの前提の格好だったので、着替えさせてもらう。
それでもやはり、ワンピースにデニムパンツで大差ないんだけれど。
天倉社長の運転で出発する。
車はドイツメーカーの、白のSUVだ。
ガレージにはあと二台、やはり高級外車のセダンと、コンパクトカーサイズの外車が停めてあった。
「車が必要なときは遠慮なく言ってね。
あいているほうを夏音が使えばいいよ。
あ、水色の車はダメだけど」
車を借りられるのは助かるし、借りるなら水色のコンパクトサイズがいいと思っていた。
どうしてあれはダメなんだろう
確かに、少し古い車ではあったけれど。
「あれは深里の車なんだ。
だから申し訳ないけど夏音には貸せない。
ごめんね」
謝る必要なんかないのに天倉社長が謝ってくる。
あの車はピカピカに磨いてあった。
それだけ奥様を大事にしてるのだと、キュンキュンする。
「いえ。
大事な奥様との想い出ですもんね。
なら、当たり前です」
「そう言ってくれると助かるよ」
少し情けなさそうに彼が笑う。
なんだか彼の見てはいけないプライベートな顔を見た気がして、ドキドキした。
「そうだ。
いっそ、夏音の車を買ってもいいかもね。
僕の家、スーパーまで徒歩だとちょっと遠いし」
自分専用の車があるのなら、しかもスーパーまでが遠いとなればありがたいが、私は偽装結婚の妻なのだ。
そこまでしてもらうの必要はない。
「今日ちょっと、ディーラーにも寄ってみようか」
しかし天倉社長はすでに、その気のようだ。
「あの。
車まで買っていただく必要はありませんので。
必要になれば自分で買います」
私の生活費は天倉社長が見てくれるようになっている。
それでなくてもお給料が今までの倍近く増えるのだ。
余裕はありまくりで、新車のローンくらい軽く組める。
「夏音は変わってるね」
「変わってる……?」
ふふっと小さく、社長はおかしそうに笑っているが、意味がわからなくて首が横に倒れた。
「僕が買ってあげるというのを申し訳なさそうに断ってきたのは、深里と夏音くらいだよ」
想い出しているのか、眼鏡の奥で天倉社長の目が懐かしそうに細められる。
きっと奥様のそういうところに、彼は惚れていたのだろう。
なんとなく、そんな彼にほっこりした。
「でもこれは僕の都合で夏音を引っ越しさせて、必要になったんだからね。
黙って買ってもらっておきなさい」
笑っている天倉社長は、とても楽しそうだ。
それに頑なに断り続けるのも反対に失礼だ。
「わかりました、ありがとうございます」
「うん」
彼が頷く。
本当に社長はいい人だ。
役場で婚姻届を提出する。
入社時に戸籍謄本が必要と言われどうしてかと思っていたが、このためだったらしい。
「さて。
次に行くよー」
天倉社長に促されて役場を出た。
これで彼と夫婦になったというのに、なんの感情もない。
やっぱり、偽装結婚だからなのかな。
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