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苦い思い出 3
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カフェからアジトへの帰り道、シエルからゼリンダと手をつないだ。ゼリンダは嬉しくて頬が緩む。
シエルはゼリンダと妙な行き違いを起こさないために、サシャと話したことを確かめておこうと思った。これまでの恋人には湧いてこなかった感情だ。
「もしかしてなんだけど、俺がカイのことが好きでサシャと別れたって言われた?」
「えっ」
ゼリンダは隠したかったが、顔も声もとても正直な反応をしていた。
「やっぱりか」
シエルは苦笑いを浮かべる。顔を上げて、学生時代のことを思い出していた。夕日を見つめるシエルのオレンジ色の横顔はとても澄んでいた。
「付き合ってたと言っても、本当に手をつなぐぐらいのことしかしてないお付き合いで、それも一ヶ月ほど。俺もあの頃はいっぱいいっぱいで、至らないところがたくさんあったから別れたいってサシャに言われたときすぐに了承したんだけどね。そのあと、サシャの友達に、ちゃんと私が純愛の邪魔をしちゃいけないって伝えておきましたからって言われたんだ。あの時は何のことだかさっぱりわからなかったけど」
「な、なるほど……?」
選ばれし人間の通う学校には、ゼリンダの想像もつかないことが起こるらしい。カイと言い、魔法使いとして突出している者は他の部分もどこか尖っているのかもしれない。
「ゼリンダが俺を信じるって言ってくれたこと、嬉しかった」
「どうして」
なぜシエルが、ゼリンダがサシャに告げたことを知っているのか聞こうとして、ハッと気がつく。カイの作った魔道具で、ゼリンダの声を頼りにあのカフェへ来たとシエルは言っていた。
「サシャさんとの会話、全部聞こえてましたか!?」
ゼリンダは今さらとても恥ずかしくなってあわてる。あわあわするゼリンダの動きがシエルはとてもかわいいと思った。
「ゼリンダの声しか聞こえなかったよ」
ふふ、と微笑むシエルはとても嬉しそうだった。
「サシャにゼリンダが連れ出される瞬間に君を捕まえられなくて、追いかけるか迷っちゃって」
はあ、とシエルは小さくため息をつく。自嘲が整った面に浮かんだ。
「本当、俺ってダメダメだな。ゼリンダを失いたくないって思ったら足が動いたけど、結局カイの力を借りてるし」
「探しに来てくれて、嬉しかった」
ゼリンダはぽつりとこぼして、照れ隠しにニコッとヒマワリのように笑う。
「ありがと!」
「そのかわいさは反則でしょう……」
恋人の愛らしさが眩しすぎて、シエルは手で目の辺りを覆った。
アジトに戻ると、カイがノーラから依頼された魔道具の修理をしていた。
「ただいま」
かなり集中しているようで、カイの視線は魔道具にピタリと張り付いて動かない。シエルとゼリンダが帰ってきたことにも気づいていない様子だ。
「いつもこうだから、気にしなくて大丈夫。集中切れたら動き出すよ。俺たちは飯にしよう」
「私、何か作るよ」
「あ、いや、ごめん。調理道具がないんだ」
「え?」
立派なお家に立派なキッチンがあって、調理道具がないと聞いてゼリンダは驚く。
「もしかして、ふたりとも家事苦手?」
家の中の散らかり具合も加味して問いかける。もしカイとシエルが家事が苦手なのなら、その分野なら役に立てるとゼリンダは嬉しくなる。ふたりのためにできることがある。
「苦手っていうか、壊滅的? 適当に掃除と洗濯はするけど、料理は簡単に作れるって教えてもらったスープを作るのに鍋の中を炭にしたから諦めた」
「スープで鍋の中が炭…?」
どれだけ鍋を火にかけて放置していたのかとゼリンダは恐れ慄く。それでも何かないかと一縷の望みをかけてキッチンの収納を見たが、鍋もフライパンも存在しなかった。
「魔法で時間短縮しようとかなりの強火にしたのが敗因だったと思う」
「火力の問題なの?」
完璧に見えるカイとシエルの意外な一面を知って、ゼリンダはお腹を抱えて笑う。
「料理が上手になる魔法とかないの?」
ゼリンダの疑問にシエルは顎に手を当てて考える。その姿がかっこいいのでゼリンダはどきりとした。
「カイは舌が肥えてるわりに食事に興味がないから、料理の腕前が上がるとか関心なさそう。俺も、食事は外注で良いかと思ってた」
「明日はシエル、空いてる? お鍋買いに行きたい」
「ゼリンダが食事を作ってくれるの?」
シエルの質問にゼリンダはこくんとうなずいた。
「お口に合うと良いんだけど」
「そう言えば、村でいただいたアップルパイはゼリンダの手作りだっけ?」
「うん」
おぼえていていくれたことが嬉しくて、ゼリンダの頬は少し熱くなる。
「すごくおいしかったから、これから楽しみだな。ゼリンダに教えてもらえるなら、俺もがんばれるかも」
「練習するの?」
「ゼリンダが教えてくれるなら。一緒に作った方が楽しいし、早くできあがるでしょ?」
ウインクをしたシエルにゼリンダはぎゅっと抱きついた。
シエルはゼリンダと妙な行き違いを起こさないために、サシャと話したことを確かめておこうと思った。これまでの恋人には湧いてこなかった感情だ。
「もしかしてなんだけど、俺がカイのことが好きでサシャと別れたって言われた?」
「えっ」
ゼリンダは隠したかったが、顔も声もとても正直な反応をしていた。
「やっぱりか」
シエルは苦笑いを浮かべる。顔を上げて、学生時代のことを思い出していた。夕日を見つめるシエルのオレンジ色の横顔はとても澄んでいた。
「付き合ってたと言っても、本当に手をつなぐぐらいのことしかしてないお付き合いで、それも一ヶ月ほど。俺もあの頃はいっぱいいっぱいで、至らないところがたくさんあったから別れたいってサシャに言われたときすぐに了承したんだけどね。そのあと、サシャの友達に、ちゃんと私が純愛の邪魔をしちゃいけないって伝えておきましたからって言われたんだ。あの時は何のことだかさっぱりわからなかったけど」
「な、なるほど……?」
選ばれし人間の通う学校には、ゼリンダの想像もつかないことが起こるらしい。カイと言い、魔法使いとして突出している者は他の部分もどこか尖っているのかもしれない。
「ゼリンダが俺を信じるって言ってくれたこと、嬉しかった」
「どうして」
なぜシエルが、ゼリンダがサシャに告げたことを知っているのか聞こうとして、ハッと気がつく。カイの作った魔道具で、ゼリンダの声を頼りにあのカフェへ来たとシエルは言っていた。
「サシャさんとの会話、全部聞こえてましたか!?」
ゼリンダは今さらとても恥ずかしくなってあわてる。あわあわするゼリンダの動きがシエルはとてもかわいいと思った。
「ゼリンダの声しか聞こえなかったよ」
ふふ、と微笑むシエルはとても嬉しそうだった。
「サシャにゼリンダが連れ出される瞬間に君を捕まえられなくて、追いかけるか迷っちゃって」
はあ、とシエルは小さくため息をつく。自嘲が整った面に浮かんだ。
「本当、俺ってダメダメだな。ゼリンダを失いたくないって思ったら足が動いたけど、結局カイの力を借りてるし」
「探しに来てくれて、嬉しかった」
ゼリンダはぽつりとこぼして、照れ隠しにニコッとヒマワリのように笑う。
「ありがと!」
「そのかわいさは反則でしょう……」
恋人の愛らしさが眩しすぎて、シエルは手で目の辺りを覆った。
アジトに戻ると、カイがノーラから依頼された魔道具の修理をしていた。
「ただいま」
かなり集中しているようで、カイの視線は魔道具にピタリと張り付いて動かない。シエルとゼリンダが帰ってきたことにも気づいていない様子だ。
「いつもこうだから、気にしなくて大丈夫。集中切れたら動き出すよ。俺たちは飯にしよう」
「私、何か作るよ」
「あ、いや、ごめん。調理道具がないんだ」
「え?」
立派なお家に立派なキッチンがあって、調理道具がないと聞いてゼリンダは驚く。
「もしかして、ふたりとも家事苦手?」
家の中の散らかり具合も加味して問いかける。もしカイとシエルが家事が苦手なのなら、その分野なら役に立てるとゼリンダは嬉しくなる。ふたりのためにできることがある。
「苦手っていうか、壊滅的? 適当に掃除と洗濯はするけど、料理は簡単に作れるって教えてもらったスープを作るのに鍋の中を炭にしたから諦めた」
「スープで鍋の中が炭…?」
どれだけ鍋を火にかけて放置していたのかとゼリンダは恐れ慄く。それでも何かないかと一縷の望みをかけてキッチンの収納を見たが、鍋もフライパンも存在しなかった。
「魔法で時間短縮しようとかなりの強火にしたのが敗因だったと思う」
「火力の問題なの?」
完璧に見えるカイとシエルの意外な一面を知って、ゼリンダはお腹を抱えて笑う。
「料理が上手になる魔法とかないの?」
ゼリンダの疑問にシエルは顎に手を当てて考える。その姿がかっこいいのでゼリンダはどきりとした。
「カイは舌が肥えてるわりに食事に興味がないから、料理の腕前が上がるとか関心なさそう。俺も、食事は外注で良いかと思ってた」
「明日はシエル、空いてる? お鍋買いに行きたい」
「ゼリンダが食事を作ってくれるの?」
シエルの質問にゼリンダはこくんとうなずいた。
「お口に合うと良いんだけど」
「そう言えば、村でいただいたアップルパイはゼリンダの手作りだっけ?」
「うん」
おぼえていていくれたことが嬉しくて、ゼリンダの頬は少し熱くなる。
「すごくおいしかったから、これから楽しみだな。ゼリンダに教えてもらえるなら、俺もがんばれるかも」
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「ゼリンダが教えてくれるなら。一緒に作った方が楽しいし、早くできあがるでしょ?」
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