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怪物 3
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王宮で役人へ、通りに出現したテハノ事件の顛末を報告したウォルフガングだが、ひとりになった途端に完璧な表情管理が崩れた。誰が聞いても心底うんざりしたことがわかってしまう大きなため息をつく。
「あー、めんどくせぇ」
地を這うような低い声で独りごちる。
昔のウォルフガングはこんなにヘラヘラした男ではなかった。この振る舞いはウォルフガングなりの親しみやすさの演出だ。彼に言われたことでもある。天才は分け与えなければいけない。正しくなくてはいけない。
それにウォルフガングが自ら追加した縛りがあった。彼の見舞われたような悲劇から、人々を守らなくてはいけない。そのために、誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも正しくあり続ける。
学生時代のウォルフガングはもっと傲慢で、最強にしか許されない態度を全方向に見せていた。そんな彼をたしなめられるのはふたりしかいなかった。ひとりは王宮に仕える聖女たちの指導係であるノーラ。平民出身にも関わらず恐ろしく肝が据わっており物怖じしない。現役時代から一目置かれた聖女で、ウォルフガングも彼女のすごさは認めていた。
もうひとりはウォルフガングの幼なじみで、親友。彼は子供の頃から落ち着いた立ち振る舞いで、ウォルフガングは彼を見習えと父から口酸っぱく言われていた。だが本当の彼はウォルフガングだけが知っていた。ウォルフガングと一緒にいる彼は同い年の子どもだった。
呪詛を得意とする家系の生まれの彼は、ウォルフガングと同じく、才能に溢れていて百年にひとりの逸材と言われていた。しかし呪い系の魔法は魔法石を濁しやすい。そのため、澱を浄化できるパートナーを常に求めていた。ウォルフガングも浄化に強力していたが、彼はただひとりの女性に出会った。互いに十四歳だった。ウォルフガングにはわからなかったが、彼は彼女と出会った瞬間にいい匂いがすると蝶のようにひらひらと誘われていった。
彼が強い魔法使いを狙わないのは、彼女を奪ったのが中途半端な魔力の持ち主だったからだ。強力な魔法使いは大抵、自分のことは自分で管理でき、魔法を悪用しない。
彼が手を下すのは、おそらく彼の中では怪物へ変貌させるに値する何かをしている人間たちだ。行方不明になった連中の顔ぶれを見ていると、容易く想像はついた。
彼と彼女は互いだけを見つめて五年過ごし、結婚の約束もしていた。彼女のお腹に新しい命が宿っていると、ウォルフガングが彼から聞いた翌々日だった。
彼女が死んだ。ひどい暴行を受け、胎児が死んでしまったと絶望して、冷たい湖に浸かって自ら命を絶った。辱められた自分は彼の側にいられないと考えたようでもあった。彼女の残した書き置きには、彼への謝罪の言葉がいくつもいくつも連ねられていた。
呪詛を生業にする彼がずっと健やかにいることに何か秘密があると嗅ぎ回った役人がいた。役人はウォルフガングと彼の通っていた学校の一年先輩に当たる人間で、後輩のふたりが恵まれた才能と容姿を持つことに嫉妬していた。
手に入れた情報を魔法石の管理に悩んでいた成金に売り払った。成金は魔法石の浄化と若く美しい女性の両方を強引に手に入れられると、彼のいない時間を狙って手下を何人も引き連れて侵入した。彼女はひどい悪阻で寝込んでいたせいもあり、多勢に無勢でなす術がなかった。入念に調べたようで、彼が行っていた対策はほとんど無効化された。彼らの家が山奥にぽつんと一軒だけだったことも災いした。辛うじて、連れ去られることにだけ抗えた。そのせいでふたりの幸せの詰まった家が汚されたとも言える。
彼は変わった。ウォルフガングが心配して様子を見に行っても扉は開かなかった。無力なのだと、ウォルフガングは初めて思い知った。親友ひとり助けられない。
ようやく彼の顔を見られた時には、彼女が亡くなってから一年経っていた。
彼女を死にいたらしめた関係者は、全員すでに死んでいた。惨たらしく呪い殺されていた。あるものは四肢を拗られ引き裂かれ、あるものは意識を失うことを許されず高所から地表へ叩きつけられた。ウォルフガングには犯人はわかっていたが、彼は警察にしっぽを掴ませなかった。
「よお」
彼の顔は、ウォルフガングの知る彼なのに、別人のように見えた。お茶ぐらいは出すと家の中へ通された。最初こそ雑談をしていたが、ウォルフガングの苛立ちに気づいた彼は穏やかに言った。
「お前はこっちには来られないよ」
彼にそう嘲笑され、ウォルフガングは奥歯を噛み締める。
彼にとって、ウォルフガングは圧倒的な光だった。何よりも眩しい太陽だった。
「行かねぇんだよ、舐めんな」
「これは失敬」
くつくつと喉の奥で笑う彼は、昔の、大人たちに見せる小賢しい仕草の彼だった。
あれからどれくらい経ったか、ウォルフガングはふと考えてしまった。直接の復讐は終えているのに、行方をくらまし愚行を止めない彼の考えていることがわかるようでわからないでいた。
「あー、めんどくせぇ」
地を這うような低い声で独りごちる。
昔のウォルフガングはこんなにヘラヘラした男ではなかった。この振る舞いはウォルフガングなりの親しみやすさの演出だ。彼に言われたことでもある。天才は分け与えなければいけない。正しくなくてはいけない。
それにウォルフガングが自ら追加した縛りがあった。彼の見舞われたような悲劇から、人々を守らなくてはいけない。そのために、誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも正しくあり続ける。
学生時代のウォルフガングはもっと傲慢で、最強にしか許されない態度を全方向に見せていた。そんな彼をたしなめられるのはふたりしかいなかった。ひとりは王宮に仕える聖女たちの指導係であるノーラ。平民出身にも関わらず恐ろしく肝が据わっており物怖じしない。現役時代から一目置かれた聖女で、ウォルフガングも彼女のすごさは認めていた。
もうひとりはウォルフガングの幼なじみで、親友。彼は子供の頃から落ち着いた立ち振る舞いで、ウォルフガングは彼を見習えと父から口酸っぱく言われていた。だが本当の彼はウォルフガングだけが知っていた。ウォルフガングと一緒にいる彼は同い年の子どもだった。
呪詛を得意とする家系の生まれの彼は、ウォルフガングと同じく、才能に溢れていて百年にひとりの逸材と言われていた。しかし呪い系の魔法は魔法石を濁しやすい。そのため、澱を浄化できるパートナーを常に求めていた。ウォルフガングも浄化に強力していたが、彼はただひとりの女性に出会った。互いに十四歳だった。ウォルフガングにはわからなかったが、彼は彼女と出会った瞬間にいい匂いがすると蝶のようにひらひらと誘われていった。
彼が強い魔法使いを狙わないのは、彼女を奪ったのが中途半端な魔力の持ち主だったからだ。強力な魔法使いは大抵、自分のことは自分で管理でき、魔法を悪用しない。
彼が手を下すのは、おそらく彼の中では怪物へ変貌させるに値する何かをしている人間たちだ。行方不明になった連中の顔ぶれを見ていると、容易く想像はついた。
彼と彼女は互いだけを見つめて五年過ごし、結婚の約束もしていた。彼女のお腹に新しい命が宿っていると、ウォルフガングが彼から聞いた翌々日だった。
彼女が死んだ。ひどい暴行を受け、胎児が死んでしまったと絶望して、冷たい湖に浸かって自ら命を絶った。辱められた自分は彼の側にいられないと考えたようでもあった。彼女の残した書き置きには、彼への謝罪の言葉がいくつもいくつも連ねられていた。
呪詛を生業にする彼がずっと健やかにいることに何か秘密があると嗅ぎ回った役人がいた。役人はウォルフガングと彼の通っていた学校の一年先輩に当たる人間で、後輩のふたりが恵まれた才能と容姿を持つことに嫉妬していた。
手に入れた情報を魔法石の管理に悩んでいた成金に売り払った。成金は魔法石の浄化と若く美しい女性の両方を強引に手に入れられると、彼のいない時間を狙って手下を何人も引き連れて侵入した。彼女はひどい悪阻で寝込んでいたせいもあり、多勢に無勢でなす術がなかった。入念に調べたようで、彼が行っていた対策はほとんど無効化された。彼らの家が山奥にぽつんと一軒だけだったことも災いした。辛うじて、連れ去られることにだけ抗えた。そのせいでふたりの幸せの詰まった家が汚されたとも言える。
彼は変わった。ウォルフガングが心配して様子を見に行っても扉は開かなかった。無力なのだと、ウォルフガングは初めて思い知った。親友ひとり助けられない。
ようやく彼の顔を見られた時には、彼女が亡くなってから一年経っていた。
彼女を死にいたらしめた関係者は、全員すでに死んでいた。惨たらしく呪い殺されていた。あるものは四肢を拗られ引き裂かれ、あるものは意識を失うことを許されず高所から地表へ叩きつけられた。ウォルフガングには犯人はわかっていたが、彼は警察にしっぽを掴ませなかった。
「よお」
彼の顔は、ウォルフガングの知る彼なのに、別人のように見えた。お茶ぐらいは出すと家の中へ通された。最初こそ雑談をしていたが、ウォルフガングの苛立ちに気づいた彼は穏やかに言った。
「お前はこっちには来られないよ」
彼にそう嘲笑され、ウォルフガングは奥歯を噛み締める。
彼にとって、ウォルフガングは圧倒的な光だった。何よりも眩しい太陽だった。
「行かねぇんだよ、舐めんな」
「これは失敬」
くつくつと喉の奥で笑う彼は、昔の、大人たちに見せる小賢しい仕草の彼だった。
あれからどれくらい経ったか、ウォルフガングはふと考えてしまった。直接の復讐は終えているのに、行方をくらまし愚行を止めない彼の考えていることがわかるようでわからないでいた。
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