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眠れぬ天使
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スーユーは長椅子にゆったりと腰掛けたままうたた寝している主の前に立ち、彼をじっと見つめた。無精ひげをはやし、隈がひどく、やつれた顔だがそれさえ渋みに変換できてしまう美形だ。
ついに居所を突き止めた、スーユーの年の離れた姉を婚約者の目の前でいたぶり、死に追いやった男。母方の親戚にトウ国の高官がいたので、犯人はすぐに捕まると思っていた。しかし腐敗した独裁国家の憲官は私腹を肥やすためにマフィアの幹部に情報を流し、ジエンを逃がした。それを知った母は精神を病み、父は病で死んだ。一人残されたまだ幼かったスーユーはトウ国に絶望し、ひとりで当てのない復讐の旅に出た。
何度もジエンの尻尾を掴んでは逃げられることを繰り返していたので、一刻も早く制裁を加えたくて主に談判に来た。しかしとても静かに穏やかに眠っていたので見惚れてしまう。
「……何の用だ?」
「申し訳ございません!」
ガブリエルにスッと視線を向けられ、スーユーは頭を下げた。彼がずっと不眠症状で、誰もいない瞬間だけわずかに睡眠を取っていることを知りながら邪魔してしまったとスーユーは恥じ入る。それでも彼のそばを離れたくないと思ってしまい、うつむきながらちらりと彼の様子を盗み見た。心はここにないのだろうと思われる、冷たく昏い瞳。主の心の中にはずっと想い続けている人がいて、他の誰かを愛することはないとわかっていても思慕の情を抱いてしまっていた。
スーユーがガブリエルと出会えたことは、神など信じていなかった彼女が、やはりこの世界に神はいて、神はスーユーに味方したのではないかと思うほどの奇跡だった。実際には無策で動き回るスーユーを、すでにガブリエルと行動を共にしていたリシャールが見つけ、素性を調べるとガブリエルの婚約者の事件とほんの少しつながりのある娘だと判明したので保護したという顛末なのだが、スーユーにはガブリエルが神の御使いに見えていた。
ガブリエルは主のように扱われることも、振る舞うことも嫌がって、十人の大所帯だが独りきりのように静かにひっそり暮らしている。彼の下に集まっている人間はスーユーのように仇討ちを目的とする者、魔法の研鑽を積みたい者、ガブリエルに興味のある者と様々だ。生まれた国もバラバラで、普段はまとまりもなく好き勝手に生活している。この豪邸はガブリエルの過去を知る協力者が提供してくれたものだ。他国で活動していたが、ふた月程前にガブリエルの祖国であるヴィーラ王国に潜入した。彼らには協力者や出資者、依頼人が世界中にいる。ガブリエルは寡黙だが、人を引きつける不思議な魅力があった。
「謝る必要はない。何か用があったのだろう?」
ガブリエルに気を遣わせてしまったことにスーユーは心苦しくなるが、彼が自分を気にかけてくれているのだと嬉しくなる。
「ジエンの処理の件です」
スーユーは表情筋を引き締めてガブリエルに告げる。
ジエンの存在はガブリエルも事件当時から把握していたが、実行に関わらなかったので捨て置いた。のちにスーユーの姉の件を知り、ヴィーラ王国から逃亡したあとも各地で事件を起こしていたことを知った。害虫駆除をしておかなかった自らの甘さに怒りを覚えた。被害者を増やしてしまった。リシャールから、奴がまたヴィーラ王国で事件を起こす気配があると報告を受けている。
しかし前回、王都の中心地でターゲットをテハノに変貌させてしまうミスを犯し、ガブリエルは少々慎重になっていた。最近はテハノに変貌させる魔法はメンバーたちの魔力を集結させ使う手法をとっている。もうガブリエル自身が長く生きられないとわかっているためだ。前回はガブリエルは魔力を一切供与しなかったことが徒となり、魔法をかけてから発動まで予想より長いタイムラグが発生した。
袂を分ったウォルフガングが何かを察知している気配もある。しかしこれ以上ジエンを野放しにできないという思いもあった。
「聞こう」
ガブリエルの返答に、スーユーの表情はぱっと明るくなった。
ついに居所を突き止めた、スーユーの年の離れた姉を婚約者の目の前でいたぶり、死に追いやった男。母方の親戚にトウ国の高官がいたので、犯人はすぐに捕まると思っていた。しかし腐敗した独裁国家の憲官は私腹を肥やすためにマフィアの幹部に情報を流し、ジエンを逃がした。それを知った母は精神を病み、父は病で死んだ。一人残されたまだ幼かったスーユーはトウ国に絶望し、ひとりで当てのない復讐の旅に出た。
何度もジエンの尻尾を掴んでは逃げられることを繰り返していたので、一刻も早く制裁を加えたくて主に談判に来た。しかしとても静かに穏やかに眠っていたので見惚れてしまう。
「……何の用だ?」
「申し訳ございません!」
ガブリエルにスッと視線を向けられ、スーユーは頭を下げた。彼がずっと不眠症状で、誰もいない瞬間だけわずかに睡眠を取っていることを知りながら邪魔してしまったとスーユーは恥じ入る。それでも彼のそばを離れたくないと思ってしまい、うつむきながらちらりと彼の様子を盗み見た。心はここにないのだろうと思われる、冷たく昏い瞳。主の心の中にはずっと想い続けている人がいて、他の誰かを愛することはないとわかっていても思慕の情を抱いてしまっていた。
スーユーがガブリエルと出会えたことは、神など信じていなかった彼女が、やはりこの世界に神はいて、神はスーユーに味方したのではないかと思うほどの奇跡だった。実際には無策で動き回るスーユーを、すでにガブリエルと行動を共にしていたリシャールが見つけ、素性を調べるとガブリエルの婚約者の事件とほんの少しつながりのある娘だと判明したので保護したという顛末なのだが、スーユーにはガブリエルが神の御使いに見えていた。
ガブリエルは主のように扱われることも、振る舞うことも嫌がって、十人の大所帯だが独りきりのように静かにひっそり暮らしている。彼の下に集まっている人間はスーユーのように仇討ちを目的とする者、魔法の研鑽を積みたい者、ガブリエルに興味のある者と様々だ。生まれた国もバラバラで、普段はまとまりもなく好き勝手に生活している。この豪邸はガブリエルの過去を知る協力者が提供してくれたものだ。他国で活動していたが、ふた月程前にガブリエルの祖国であるヴィーラ王国に潜入した。彼らには協力者や出資者、依頼人が世界中にいる。ガブリエルは寡黙だが、人を引きつける不思議な魅力があった。
「謝る必要はない。何か用があったのだろう?」
ガブリエルに気を遣わせてしまったことにスーユーは心苦しくなるが、彼が自分を気にかけてくれているのだと嬉しくなる。
「ジエンの処理の件です」
スーユーは表情筋を引き締めてガブリエルに告げる。
ジエンの存在はガブリエルも事件当時から把握していたが、実行に関わらなかったので捨て置いた。のちにスーユーの姉の件を知り、ヴィーラ王国から逃亡したあとも各地で事件を起こしていたことを知った。害虫駆除をしておかなかった自らの甘さに怒りを覚えた。被害者を増やしてしまった。リシャールから、奴がまたヴィーラ王国で事件を起こす気配があると報告を受けている。
しかし前回、王都の中心地でターゲットをテハノに変貌させてしまうミスを犯し、ガブリエルは少々慎重になっていた。最近はテハノに変貌させる魔法はメンバーたちの魔力を集結させ使う手法をとっている。もうガブリエル自身が長く生きられないとわかっているためだ。前回はガブリエルは魔力を一切供与しなかったことが徒となり、魔法をかけてから発動まで予想より長いタイムラグが発生した。
袂を分ったウォルフガングが何かを察知している気配もある。しかしこれ以上ジエンを野放しにできないという思いもあった。
「聞こう」
ガブリエルの返答に、スーユーの表情はぱっと明るくなった。
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