41 / 145
6章
君のとなり 1
しおりを挟む
今日は出かけないで、私は剣の稽古をしたいとお願いした。するとみんな付き合ってくれると言う。
先日の透さんの姿を見て、皆それぞれに思うところがあるみたい。もちろん、私も感じることがあった。
当の本人である透さんは、今日は身体を休めるためにゆっくり寝て過ごすと自宅に戻った。隣の市におうちがあるそうだ。
今は裕翔くんが誠史郎さん相手に、攻撃の間合いの取り方などを研究していた。
珍しく眼鏡をかけていない誠史郎さんに軽く往なされて、突進していた裕翔くんは体勢を崩す。だけど倒れたりはせず、見事な前方宙返りを披露して華麗に着地を決める。そして、すぐに誠史郎さんへ振り返って不敵に笑った。
勢い良く床を蹴ると、冷静に裕翔くんを見つめる誠史郎さんに躍りかかる。顔を狙った裕翔くんの拳は誠史郎さんに手首を掴まれ、捻られるとお尻から床に沈められた。
「狙いが安易です」
裕翔くんの武器は、拳に装着できるものを数種類イズミさんに頼んで作ってもらっている。今は着けていないけれど。
誠史郎さんは普段、中距離や遠距離の武器を使用しているから、こんなに武術に長けているなんて驚きだった。
どうも顔に出ていたみたいで、誠史郎さんは苦笑いを見せる。
「私は攻撃力がないので、近距離攻撃をいかに避けるかを研究しただけです。裕翔くんのパワーやスピードは羨ましい限りですよ」
先ほど見せてくれたのは合気道のようなものらしい。
誠史郎さんにこんな風に言わせるなんて、裕翔くんの身体能力は吸血種の中でも稀有なものなのだと感心する。
「オレも習いたい」
裕翔くんの目がキラキラしている。新しいことを学ぶのが本当に楽しいみたい。
「構いませんよ。ですが、一度休憩しましょう」
「じゃあ、みさき」
眞澄くんの声に、私は彼の顔を見てうなずく。竹刀を手に立ち上がった。
夕陽の沈む頃、牛乳を買い忘れていたので私と裕翔くんで歩いて5分ほどの場所にあるスーパーへ行った。
その帰り道、遥さんと初めて会った場所で彼は私たちを待っていた。
和服姿の、涼しげな目元の美少年だった。だけど人間ではない。
「……ええと、どちら様?」
「紫綺」
その声に聞き覚えがあった。
「あー、悩み多き青年」
裕翔くんがポンと手を打つと、シキくんはこめかみに青筋を立てそうなほど険しい表情になる。
「遥のヤツ、余計なことを……!」
シキくんはキッとこちらを睨んでくる。そして裕翔くんの鼻先に人差し指を突きつけた。
「お前、俺と勝負しろ」
シキくんの申し出に裕翔くんはきょとんとして首を傾げる。私もそれは仕方ないと思った。あまりにも突然過ぎる申し出だ。
「何で?」
「俺がお前より弱いはずないんだ!」
いきなり飛びかかってきたシキくんを、裕翔くんはひょいひょいと軽やかな動きで後方へステップを刻んで翻弄する。
埒が明かなくなったふたりは一旦、成人男性ひとり分ぐらいの距離を取った。
「お前が勝ったら、翡翠の居どころを教えてやるよ」
ニヒルに笑って見せたシキくんの呟きを聞いて、裕翔くんの目の色が変わる。
「みさき!これ持ってて!」
私は牛乳の入ったエコバッグを差し出されて、慌てて受け取りに走る。
「さっきの言葉、忘れるなよ」
裕翔くんは猫のようなまんまるの瞳を好戦的に輝かせて、ちろりと舌舐めずりをした。
重力など感じていないように裕翔くんは跳躍すると、旋回しながらシキくんの左頬を足の甲で蹴りつけようとする。だけど読まれていたみたいで、掌で受け止められてしまう。
そのまま捕まえようとしたシキくんの手を素早く避けた裕翔くんは、着地してすぐ肘鉄砲で喉を狙った。まともには食らわなかったけれど、頬の辺りを掠めたみたいでシキくんは僅かにバランスを崩す。
「くっ……」
よろけた隙を裕翔くんが見逃すはずもなく、シキくんを背負い投げようとした。だけどすり抜けた白く細い腕に、逆に背中を強く突き飛ばされてしまう。
裕翔くんはうまく力を受け流してすぐにシキくんに向き直る。私はほっとした。
でも裕翔くんの襟首を後ろから掴んだ人がいた。
「牛乳買いに行ったヤツが何やってんだ」
眞澄くんが呆れた面持ちで立っている。
「眞澄!だってあいつが……」
「お前!邪魔するな!」
抗議するふたりに、眞澄くんはやれやれと首を振ってため息を吐く。
「やるなってわけじゃない。結界ぐらい張れ」
すっかり忘れていた。私の練習にもなるので結界を張ろうとした時、お隣の亘理さんが通りかかった。
「こんばんは」
亘理さんににこやかに挨拶をされて、私は何となく構えていた両手を後ろに隠してしまう。
シキくん以外はそれぞれに挨拶したり会釈したりした。そしてみんな無言でスーツの背中が見えなくなるまで待った。
「……興が削がれた」
シキくんは仏頂面になって、踵を返す。
「あっ!逃げるな!」
裕翔くんの声で振り返った人形のように整った面は、子供じみた苛つきに溢れていた。
「逃げてない!後日、仕切り直しだ!」
「忘れるなよ!」
ふん、と鼻を鳴らしてシキくんは嵐のように去って行った。
先日の透さんの姿を見て、皆それぞれに思うところがあるみたい。もちろん、私も感じることがあった。
当の本人である透さんは、今日は身体を休めるためにゆっくり寝て過ごすと自宅に戻った。隣の市におうちがあるそうだ。
今は裕翔くんが誠史郎さん相手に、攻撃の間合いの取り方などを研究していた。
珍しく眼鏡をかけていない誠史郎さんに軽く往なされて、突進していた裕翔くんは体勢を崩す。だけど倒れたりはせず、見事な前方宙返りを披露して華麗に着地を決める。そして、すぐに誠史郎さんへ振り返って不敵に笑った。
勢い良く床を蹴ると、冷静に裕翔くんを見つめる誠史郎さんに躍りかかる。顔を狙った裕翔くんの拳は誠史郎さんに手首を掴まれ、捻られるとお尻から床に沈められた。
「狙いが安易です」
裕翔くんの武器は、拳に装着できるものを数種類イズミさんに頼んで作ってもらっている。今は着けていないけれど。
誠史郎さんは普段、中距離や遠距離の武器を使用しているから、こんなに武術に長けているなんて驚きだった。
どうも顔に出ていたみたいで、誠史郎さんは苦笑いを見せる。
「私は攻撃力がないので、近距離攻撃をいかに避けるかを研究しただけです。裕翔くんのパワーやスピードは羨ましい限りですよ」
先ほど見せてくれたのは合気道のようなものらしい。
誠史郎さんにこんな風に言わせるなんて、裕翔くんの身体能力は吸血種の中でも稀有なものなのだと感心する。
「オレも習いたい」
裕翔くんの目がキラキラしている。新しいことを学ぶのが本当に楽しいみたい。
「構いませんよ。ですが、一度休憩しましょう」
「じゃあ、みさき」
眞澄くんの声に、私は彼の顔を見てうなずく。竹刀を手に立ち上がった。
夕陽の沈む頃、牛乳を買い忘れていたので私と裕翔くんで歩いて5分ほどの場所にあるスーパーへ行った。
その帰り道、遥さんと初めて会った場所で彼は私たちを待っていた。
和服姿の、涼しげな目元の美少年だった。だけど人間ではない。
「……ええと、どちら様?」
「紫綺」
その声に聞き覚えがあった。
「あー、悩み多き青年」
裕翔くんがポンと手を打つと、シキくんはこめかみに青筋を立てそうなほど険しい表情になる。
「遥のヤツ、余計なことを……!」
シキくんはキッとこちらを睨んでくる。そして裕翔くんの鼻先に人差し指を突きつけた。
「お前、俺と勝負しろ」
シキくんの申し出に裕翔くんはきょとんとして首を傾げる。私もそれは仕方ないと思った。あまりにも突然過ぎる申し出だ。
「何で?」
「俺がお前より弱いはずないんだ!」
いきなり飛びかかってきたシキくんを、裕翔くんはひょいひょいと軽やかな動きで後方へステップを刻んで翻弄する。
埒が明かなくなったふたりは一旦、成人男性ひとり分ぐらいの距離を取った。
「お前が勝ったら、翡翠の居どころを教えてやるよ」
ニヒルに笑って見せたシキくんの呟きを聞いて、裕翔くんの目の色が変わる。
「みさき!これ持ってて!」
私は牛乳の入ったエコバッグを差し出されて、慌てて受け取りに走る。
「さっきの言葉、忘れるなよ」
裕翔くんは猫のようなまんまるの瞳を好戦的に輝かせて、ちろりと舌舐めずりをした。
重力など感じていないように裕翔くんは跳躍すると、旋回しながらシキくんの左頬を足の甲で蹴りつけようとする。だけど読まれていたみたいで、掌で受け止められてしまう。
そのまま捕まえようとしたシキくんの手を素早く避けた裕翔くんは、着地してすぐ肘鉄砲で喉を狙った。まともには食らわなかったけれど、頬の辺りを掠めたみたいでシキくんは僅かにバランスを崩す。
「くっ……」
よろけた隙を裕翔くんが見逃すはずもなく、シキくんを背負い投げようとした。だけどすり抜けた白く細い腕に、逆に背中を強く突き飛ばされてしまう。
裕翔くんはうまく力を受け流してすぐにシキくんに向き直る。私はほっとした。
でも裕翔くんの襟首を後ろから掴んだ人がいた。
「牛乳買いに行ったヤツが何やってんだ」
眞澄くんが呆れた面持ちで立っている。
「眞澄!だってあいつが……」
「お前!邪魔するな!」
抗議するふたりに、眞澄くんはやれやれと首を振ってため息を吐く。
「やるなってわけじゃない。結界ぐらい張れ」
すっかり忘れていた。私の練習にもなるので結界を張ろうとした時、お隣の亘理さんが通りかかった。
「こんばんは」
亘理さんににこやかに挨拶をされて、私は何となく構えていた両手を後ろに隠してしまう。
シキくん以外はそれぞれに挨拶したり会釈したりした。そしてみんな無言でスーツの背中が見えなくなるまで待った。
「……興が削がれた」
シキくんは仏頂面になって、踵を返す。
「あっ!逃げるな!」
裕翔くんの声で振り返った人形のように整った面は、子供じみた苛つきに溢れていた。
「逃げてない!後日、仕切り直しだ!」
「忘れるなよ!」
ふん、と鼻を鳴らしてシキくんは嵐のように去って行った。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる