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6章
君のとなり 2
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眞澄くんが様子を見に来てくれたのは、何か嫌な予感がしたからだそうだ。
淳くんが私と一緒に夕飯の後片付けをしている最中にそう教えてくれた。誠史郎さんが良く言うけれど、眞澄くんは本当に勘が良い。
「遥さんと一緒にいる吸血種が、どうして裕翔に決闘を挑むんだろうね」
私も淳くんと一緒に首を傾げる。ちゃんとシキくんの姿を見たのも、会話したのも今日が初めてだった。
「遥さんにメールはしてみたけれど……」
まだ返事は来ていない。ダイニングテーブルの上に置いてある携帯電話へ目をやるけれど、食器を洗っている間に何か届いたと通知する様子もなかった。
本当はヒスイくんのことも尋ねたいのだけど、ずっと聞きそびれてしまっている。でも今日のシキくんの発言で、繋がっていることははっきりした。あえてそのことについては触れない文面を送っている。せっかく仲良くなれそうなのに騙しているみたいで申し訳ない。
多分、遥さんにとってヒスイくんの件は仕事だったと思うけれど。
「あ、その時亘理さんにお会いしたよ」
私はそのことをふと思い出して淳くんに伝えた。
「ワタリ……?」
隣にいた淳くんではなく、食後の紅茶を用意するためキッチンに来た誠史郎さんが反応する。
「どうしましたか?」
「……いえ、同じ名字の方を存じていただけです。みさきさんのおっしゃるワタリさんはどちらの方ですか?」
「お隣さんです。1年ぐらい前に引っ越して来られたんですけど」
そう言えば、誠史郎さんは知らないことかもしれない。今まで特に話すこともなかった。
亘理さんはお隣さんとは言え、ほとんど会うことも無く、会えば挨拶をする程度の付き合いだ。表札も出てなかった気がする。
「そうですか……」
誠史郎さんの切れ長の双眸は何かを思案しているみたいで、レンズ越しに長い睫毛が伏せるのが見えた。
「誠史郎?」
黙りこくった誠史郎さんを怪訝そうに淳くんが覗き込んだ。
「失礼ですが、ワタリさんはどのような方ですか?」
「会社に勤めてらっしゃるような……」
お会いするときはいつもスーツ姿なので、私はそう思っていた。
「……そう言われると、どうしてひとり暮らしの男性がこんな住宅街の一軒家で、わざわざ越してきてまで生活しているんだろう」
淳くんの色素の薄い瞳にも疑念が浮かんでいる。
「お会いしたいですね。ワタリさんに」
口角に薄い微笑みを浮かべた誠史郎さんが、カップに紅茶を注ぐ。
華やかな香りがキッチンに拡がった。
†††††††
みさきからのメールを見た遥は、どうしたものかと思案しつつ唇を尖らせてあごの辺りに指先を遊ばせる。
仕事に出るときはスマートフォンを自宅に置いて行くため、確認するのが帰宅して一息ついた今の時間になった。
紫綺は隣の暗い部屋でうつ伏せになって本を読んでいた。吸血種は夜目が利くので暗がりでも活字が見える。
まさか紫綺が、遥の言葉にこのような反応を示すとは思わなかった。負けず嫌いだと思っていたがここまでとは。これは好機と見るべきだろうか。
「紫綺」
黄金色の冷徹な瞳が物言わぬまま僅かに動き、遥を捉える。何と言葉を継ぐべきか逡巡しているうちに紫綺が起き上がった。
「何?」
相変わらずつっけんどんとしている。しかし、いつもよりどこか楽しそうだ。
「楽しいことがあったかい?」
「別に」
素っ気なく即答すると今度は仰向けに寝転んで本の続きを読み始める。その様子に遥は、しばらく黙って事の成り行きを見守ることに決めた。
次の問題は、みさきへの返信だ。
†††††††
今週をがんばればゴールデンウィークに突入だ。
朝の寒さがなくなって来て快適だけど、それはそれで起きられない。私がベッドの中で出たくないな、ともぞもぞしているとドアが勢い良く開かれた。
「みさきー、起きないとちゅーしちゃうよー」
裕翔くんの台詞に驚いて飛び起きたの。寝起きでボサボサの髪を手櫛で整えようと試みる。
「おっはよー」
裕翔くんはドアのところでお日様のような満面の笑みを見せてくれていた。もう制服に着替えている。
「おはよう……」
起き抜けの姿を見られるのは、私もさすがに恥ずかしい。
「裕翔くん、あの……」
「何?」
無邪気な笑顔でこちらへ来ようとした裕翔くんの首根っこが、伸びてきた眞澄くんの腕に掴まれる。
「眞澄!」
「みさき、悪いな」
パタン、と静かに扉が閉まる。裕翔くんには申し訳ないけれど、助かったと胸を撫で下ろした。
身支度を整えてからダイニングへ行くと、珍しくまだ誠史郎さんがいた。紅茶を飲む姿が、朝から優雅だ。
「おはようございます」
眼鏡の奥が優しく細められる。私も挨拶を返して席に着き、淳くんが用意してくれていた朝食を食べ始める。
「誠史郎、こんな時間まで家にいて間に合うのかい?」
淳くんが時計を見た。
「ええ。今朝はみなさんと一緒に出ようと思いまして」
誠史郎さんは穏やかに微笑んでいるけれど、何か目的があるみたいな気がした。
珍しく皆で揃って家を出た。眞澄くんが鍵を閉めているのを私が隣で見ていると、先頭にいた淳くんが誰かに挨拶をする声が聞こえた。振り返るとお隣の亘理さんがいる。
「おはようございます」
誠史郎さんが颯爽と歩み出る。
「お久しぶりですね」
「……お久しぶりです」
亘理さんは軽く会釈した。顔を上げると私たち全員を見回して微笑む。
「行ってらっしゃい」
そう言って亘理さんは去ったけれど、私は驚いて言葉が出てこなかった。昨日誠史郎さんが言っていた、知っているワタリさんとお隣の亘理さんは同一人物なんて、そんな偶然はめったにないはず。
「……誠史郎」
淳くんは誠史郎さんの傍らへ寄る。
「偶然、ではないでしょうね。私には会わないよう注意を払っていたのでしょう」
ため息混じりの怜悧な声に、私も眞澄くんも裕翔くんも訳がわからず目を白黒させるばかりだ。
「私もお会いしたのは20年以上前ですが……。詳しいことは帰ってからお話します」
淳くんが私と一緒に夕飯の後片付けをしている最中にそう教えてくれた。誠史郎さんが良く言うけれど、眞澄くんは本当に勘が良い。
「遥さんと一緒にいる吸血種が、どうして裕翔に決闘を挑むんだろうね」
私も淳くんと一緒に首を傾げる。ちゃんとシキくんの姿を見たのも、会話したのも今日が初めてだった。
「遥さんにメールはしてみたけれど……」
まだ返事は来ていない。ダイニングテーブルの上に置いてある携帯電話へ目をやるけれど、食器を洗っている間に何か届いたと通知する様子もなかった。
本当はヒスイくんのことも尋ねたいのだけど、ずっと聞きそびれてしまっている。でも今日のシキくんの発言で、繋がっていることははっきりした。あえてそのことについては触れない文面を送っている。せっかく仲良くなれそうなのに騙しているみたいで申し訳ない。
多分、遥さんにとってヒスイくんの件は仕事だったと思うけれど。
「あ、その時亘理さんにお会いしたよ」
私はそのことをふと思い出して淳くんに伝えた。
「ワタリ……?」
隣にいた淳くんではなく、食後の紅茶を用意するためキッチンに来た誠史郎さんが反応する。
「どうしましたか?」
「……いえ、同じ名字の方を存じていただけです。みさきさんのおっしゃるワタリさんはどちらの方ですか?」
「お隣さんです。1年ぐらい前に引っ越して来られたんですけど」
そう言えば、誠史郎さんは知らないことかもしれない。今まで特に話すこともなかった。
亘理さんはお隣さんとは言え、ほとんど会うことも無く、会えば挨拶をする程度の付き合いだ。表札も出てなかった気がする。
「そうですか……」
誠史郎さんの切れ長の双眸は何かを思案しているみたいで、レンズ越しに長い睫毛が伏せるのが見えた。
「誠史郎?」
黙りこくった誠史郎さんを怪訝そうに淳くんが覗き込んだ。
「失礼ですが、ワタリさんはどのような方ですか?」
「会社に勤めてらっしゃるような……」
お会いするときはいつもスーツ姿なので、私はそう思っていた。
「……そう言われると、どうしてひとり暮らしの男性がこんな住宅街の一軒家で、わざわざ越してきてまで生活しているんだろう」
淳くんの色素の薄い瞳にも疑念が浮かんでいる。
「お会いしたいですね。ワタリさんに」
口角に薄い微笑みを浮かべた誠史郎さんが、カップに紅茶を注ぐ。
華やかな香りがキッチンに拡がった。
†††††††
みさきからのメールを見た遥は、どうしたものかと思案しつつ唇を尖らせてあごの辺りに指先を遊ばせる。
仕事に出るときはスマートフォンを自宅に置いて行くため、確認するのが帰宅して一息ついた今の時間になった。
紫綺は隣の暗い部屋でうつ伏せになって本を読んでいた。吸血種は夜目が利くので暗がりでも活字が見える。
まさか紫綺が、遥の言葉にこのような反応を示すとは思わなかった。負けず嫌いだと思っていたがここまでとは。これは好機と見るべきだろうか。
「紫綺」
黄金色の冷徹な瞳が物言わぬまま僅かに動き、遥を捉える。何と言葉を継ぐべきか逡巡しているうちに紫綺が起き上がった。
「何?」
相変わらずつっけんどんとしている。しかし、いつもよりどこか楽しそうだ。
「楽しいことがあったかい?」
「別に」
素っ気なく即答すると今度は仰向けに寝転んで本の続きを読み始める。その様子に遥は、しばらく黙って事の成り行きを見守ることに決めた。
次の問題は、みさきへの返信だ。
†††††††
今週をがんばればゴールデンウィークに突入だ。
朝の寒さがなくなって来て快適だけど、それはそれで起きられない。私がベッドの中で出たくないな、ともぞもぞしているとドアが勢い良く開かれた。
「みさきー、起きないとちゅーしちゃうよー」
裕翔くんの台詞に驚いて飛び起きたの。寝起きでボサボサの髪を手櫛で整えようと試みる。
「おっはよー」
裕翔くんはドアのところでお日様のような満面の笑みを見せてくれていた。もう制服に着替えている。
「おはよう……」
起き抜けの姿を見られるのは、私もさすがに恥ずかしい。
「裕翔くん、あの……」
「何?」
無邪気な笑顔でこちらへ来ようとした裕翔くんの首根っこが、伸びてきた眞澄くんの腕に掴まれる。
「眞澄!」
「みさき、悪いな」
パタン、と静かに扉が閉まる。裕翔くんには申し訳ないけれど、助かったと胸を撫で下ろした。
身支度を整えてからダイニングへ行くと、珍しくまだ誠史郎さんがいた。紅茶を飲む姿が、朝から優雅だ。
「おはようございます」
眼鏡の奥が優しく細められる。私も挨拶を返して席に着き、淳くんが用意してくれていた朝食を食べ始める。
「誠史郎、こんな時間まで家にいて間に合うのかい?」
淳くんが時計を見た。
「ええ。今朝はみなさんと一緒に出ようと思いまして」
誠史郎さんは穏やかに微笑んでいるけれど、何か目的があるみたいな気がした。
珍しく皆で揃って家を出た。眞澄くんが鍵を閉めているのを私が隣で見ていると、先頭にいた淳くんが誰かに挨拶をする声が聞こえた。振り返るとお隣の亘理さんがいる。
「おはようございます」
誠史郎さんが颯爽と歩み出る。
「お久しぶりですね」
「……お久しぶりです」
亘理さんは軽く会釈した。顔を上げると私たち全員を見回して微笑む。
「行ってらっしゃい」
そう言って亘理さんは去ったけれど、私は驚いて言葉が出てこなかった。昨日誠史郎さんが言っていた、知っているワタリさんとお隣の亘理さんは同一人物なんて、そんな偶然はめったにないはず。
「……誠史郎」
淳くんは誠史郎さんの傍らへ寄る。
「偶然、ではないでしょうね。私には会わないよう注意を払っていたのでしょう」
ため息混じりの怜悧な声に、私も眞澄くんも裕翔くんも訳がわからず目を白黒させるばかりだ。
「私もお会いしたのは20年以上前ですが……。詳しいことは帰ってからお話します」
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