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裕翔ルート 1章
時間と距離と密度の関係 7
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まだ寝ていたいのに、唇を塞ぐようなキスで強引に起こされた。
「おはよ」
目の前で裕翔くんはいたずらっ子のように笑うわ。
「……おはよう」
私は何だか照れてしまって、顔の下半分を布団で隠した。
「みさき、すごいね。夜中にみやびちゃんが部屋に入れてってカリカリしてのに全然起きないんだもん」
裕翔くんは誉めてるつもりみたいだけど、私はそんな気がしない。むしろ恥ずかしいからあまり触れないでもらいたい。
そう言われれば、いつの間にかみやびちゃんも私のベッドに寝ている。
「アタシは裕翔がここで寝てることに驚いたんだけど」
かわいい黒猫は丸まったまま、しっぽをシーツにぱたぱたさせている。
「ホントはみさきとイチャイチャする予定だったんだけど、光の速さで寝られちゃったからなーんにもできなかったんだよねー」
言いながら裕翔くんは私を背中から抱き締めて髪に顔を埋めた。うなじにキスをされて、嬌声がこぼれそうになったのを手で口をふさいで我慢する。
「わかったら、裕翔はさっさと部屋に戻りなさい」
「はーい」
みやびちゃんに叱られた裕翔くんから解放されるのと同時に、全身の緊張が解ける。朝から心臓に悪い。
「またあとでね、みさき」
まだベッドに寝転んだままの私の頬に、裕翔くんはキスをして軽やかに出て行った。
みやびちゃんが見てるのに、裕翔くんは全然照れることなくスキンシップをする。これから先、私は心臓がいくつあっても足りなさそうだ。
夜になるまで珠緒さんから連絡が来ることはないけれど、私たちでできることはやっておこうと、再び女郎蜘蛛さんのところへ行ってみる。全員で行っても仕方ないので、裕翔くんと私と淳くんで来た。近くまでは透さんが車に乗せてくれた。
女郎蜘蛛さんの住処(すみか)の前に、スラッとした男性が立っていた。少し顔色が悪いように見える。
「本当に来た」
細くて心配になるくらい華奢だ。ちゃんとごはんを食べているのだろうか。
「うちのご主人の方が、よっぽどヤバそうだよね」
裕翔くんの顔を見て、青年は苦笑いする。私たちより少し上、大学生ぐらいに見える。
「ヤバいでしょ。オレに濡れ衣着せて、女郎蜘蛛と戦わせようとしてるんだから」
「君にこっぴどくやられたみたいだからね」
オーバーサイズのシャツが彼の細さを際立ている。
「僕たちは真堂家のものです。……貴方は?」
「僕? 僕はね、非常食」
にこやかにそう言ってのける彼は、どこか浮世離れしていた。遥さんと似ているけれど、本質が違う。目の前にいる彼の掴み所のなさは、クラゲみたいに芯のない感じだ。
「真堂家、とかわからないんだ。ただの非常食だから。今日も、ここで待ってろって言われたからいただけ」
「こっぴどくやられたって……オレに?」
裕翔くんは丸くて大きな目をさらに丸くした。
「いっぱいやり過ぎて覚えてない?」
「オレ、眷属になる前の記憶ないからなー」
後頭部を撫でながらのんびり呟く裕翔くんを見て、今度は青年がおや、という顔をした。
「通りで、平和そうな顔をしてるはずだ」
彼は薄い微笑みを浮かべて裕翔くんをまじまじと見つめる。
「うちのご主人は自分が一番強いと思ってたみたいで、君に負けたのがよっぽど悔しかったみたい」
どこかで聞いたことのあるような話だ。私の脳内に遥さんと一緒にいる美しい少年吸血種の姿が思い浮かぶ。
「だからって、女郎蜘蛛さんと私たちを戦わせる必要はないと思います」
「別に戦わなくても良いと思うよ?」
目の前の男性の言葉に、私はきょとんとしてしまう。彼はくすくすと笑いながら小さく肩をすくめた。
「あの人は、彼に自分の存在を忘れ去られてることが耐えらなかっただけみたいだから。もはや恋だよね」
「そのために関係のない人を巻き込んだのですか?」
「関係ない? これで少なくともあの男の人は女性たちの恨みを買いまくって死んだって、貴方たちは知ってるじゃん?」
淳くんの問いに対して、ニコニコと物騒なことを口にする。私の胸はチクリと痛んだわ。このまま私たちが放っておけば、長谷部さんの身は危険よ。だけど昨日誠史郎さんが言っていたことも正しい。
「まだ死んでないよ。勝手に殺すな」
「時間の問題だと思うけど。あの人がお金を払って助けてくださいなんて、頭を下げるようには思えない」
私たちが彼に聞きたいのはこの話ではない。非情かもしれないけれど、長谷部さんのことは横に置こうと決める。私は唇を結んで彼をまっすぐに見た。
「私は真堂みさきと言います。お名前をおうかがいしてもいいですか?」
彼の双眸は、興が冷めたと言わんばかりにすっと色を失う。
「……カイ」
「カイさん、貴方を非常食だという吸血種はどこにいますか?」
「聞いてどうするの? 寝首でも掻くつもり?」
意地悪な笑顔で小首を傾げる。私は少しムッとして反論しようとすると、裕翔くんに代わってほしいと手で合図された。
私がケンカ腰で何か言うより、そちらの方が良い気がしてひとつ頷いてからその場を譲る。
裕翔くんは片方の口角だけを上げて笑う。そして私の髪をくしゃりとするように頭を撫でた。
「オレと戦いたいなら、正々堂々と来い。いつでも受けて立つからさ。それから、女郎蜘蛛についた嘘はそっちで処理してね」
「えー……。めんどうだな」
カイさんは気だるそうに空を仰ぐ。
「そっちが蒔いた種だよ。ご主人サマにどうにかさせてね」
「元はといえば君が……」
「覚えてないことをどうしろって言うの?」
裕翔くんはあきれた表情になって腕を組む。カイさんは大きくため息をついた。
「……わかったよ。完全に貴方の片思いでしたよって伝えるから、あとはどうなっても知らないよ」
「みさきに手出ししようとしたら承知しないから。やるならオレとだよ」
裕翔くんは人差し指を頬に当てて、にっこりと破顔した。
「おはよ」
目の前で裕翔くんはいたずらっ子のように笑うわ。
「……おはよう」
私は何だか照れてしまって、顔の下半分を布団で隠した。
「みさき、すごいね。夜中にみやびちゃんが部屋に入れてってカリカリしてのに全然起きないんだもん」
裕翔くんは誉めてるつもりみたいだけど、私はそんな気がしない。むしろ恥ずかしいからあまり触れないでもらいたい。
そう言われれば、いつの間にかみやびちゃんも私のベッドに寝ている。
「アタシは裕翔がここで寝てることに驚いたんだけど」
かわいい黒猫は丸まったまま、しっぽをシーツにぱたぱたさせている。
「ホントはみさきとイチャイチャする予定だったんだけど、光の速さで寝られちゃったからなーんにもできなかったんだよねー」
言いながら裕翔くんは私を背中から抱き締めて髪に顔を埋めた。うなじにキスをされて、嬌声がこぼれそうになったのを手で口をふさいで我慢する。
「わかったら、裕翔はさっさと部屋に戻りなさい」
「はーい」
みやびちゃんに叱られた裕翔くんから解放されるのと同時に、全身の緊張が解ける。朝から心臓に悪い。
「またあとでね、みさき」
まだベッドに寝転んだままの私の頬に、裕翔くんはキスをして軽やかに出て行った。
みやびちゃんが見てるのに、裕翔くんは全然照れることなくスキンシップをする。これから先、私は心臓がいくつあっても足りなさそうだ。
夜になるまで珠緒さんから連絡が来ることはないけれど、私たちでできることはやっておこうと、再び女郎蜘蛛さんのところへ行ってみる。全員で行っても仕方ないので、裕翔くんと私と淳くんで来た。近くまでは透さんが車に乗せてくれた。
女郎蜘蛛さんの住処(すみか)の前に、スラッとした男性が立っていた。少し顔色が悪いように見える。
「本当に来た」
細くて心配になるくらい華奢だ。ちゃんとごはんを食べているのだろうか。
「うちのご主人の方が、よっぽどヤバそうだよね」
裕翔くんの顔を見て、青年は苦笑いする。私たちより少し上、大学生ぐらいに見える。
「ヤバいでしょ。オレに濡れ衣着せて、女郎蜘蛛と戦わせようとしてるんだから」
「君にこっぴどくやられたみたいだからね」
オーバーサイズのシャツが彼の細さを際立ている。
「僕たちは真堂家のものです。……貴方は?」
「僕? 僕はね、非常食」
にこやかにそう言ってのける彼は、どこか浮世離れしていた。遥さんと似ているけれど、本質が違う。目の前にいる彼の掴み所のなさは、クラゲみたいに芯のない感じだ。
「真堂家、とかわからないんだ。ただの非常食だから。今日も、ここで待ってろって言われたからいただけ」
「こっぴどくやられたって……オレに?」
裕翔くんは丸くて大きな目をさらに丸くした。
「いっぱいやり過ぎて覚えてない?」
「オレ、眷属になる前の記憶ないからなー」
後頭部を撫でながらのんびり呟く裕翔くんを見て、今度は青年がおや、という顔をした。
「通りで、平和そうな顔をしてるはずだ」
彼は薄い微笑みを浮かべて裕翔くんをまじまじと見つめる。
「うちのご主人は自分が一番強いと思ってたみたいで、君に負けたのがよっぽど悔しかったみたい」
どこかで聞いたことのあるような話だ。私の脳内に遥さんと一緒にいる美しい少年吸血種の姿が思い浮かぶ。
「だからって、女郎蜘蛛さんと私たちを戦わせる必要はないと思います」
「別に戦わなくても良いと思うよ?」
目の前の男性の言葉に、私はきょとんとしてしまう。彼はくすくすと笑いながら小さく肩をすくめた。
「あの人は、彼に自分の存在を忘れ去られてることが耐えらなかっただけみたいだから。もはや恋だよね」
「そのために関係のない人を巻き込んだのですか?」
「関係ない? これで少なくともあの男の人は女性たちの恨みを買いまくって死んだって、貴方たちは知ってるじゃん?」
淳くんの問いに対して、ニコニコと物騒なことを口にする。私の胸はチクリと痛んだわ。このまま私たちが放っておけば、長谷部さんの身は危険よ。だけど昨日誠史郎さんが言っていたことも正しい。
「まだ死んでないよ。勝手に殺すな」
「時間の問題だと思うけど。あの人がお金を払って助けてくださいなんて、頭を下げるようには思えない」
私たちが彼に聞きたいのはこの話ではない。非情かもしれないけれど、長谷部さんのことは横に置こうと決める。私は唇を結んで彼をまっすぐに見た。
「私は真堂みさきと言います。お名前をおうかがいしてもいいですか?」
彼の双眸は、興が冷めたと言わんばかりにすっと色を失う。
「……カイ」
「カイさん、貴方を非常食だという吸血種はどこにいますか?」
「聞いてどうするの? 寝首でも掻くつもり?」
意地悪な笑顔で小首を傾げる。私は少しムッとして反論しようとすると、裕翔くんに代わってほしいと手で合図された。
私がケンカ腰で何か言うより、そちらの方が良い気がしてひとつ頷いてからその場を譲る。
裕翔くんは片方の口角だけを上げて笑う。そして私の髪をくしゃりとするように頭を撫でた。
「オレと戦いたいなら、正々堂々と来い。いつでも受けて立つからさ。それから、女郎蜘蛛についた嘘はそっちで処理してね」
「えー……。めんどうだな」
カイさんは気だるそうに空を仰ぐ。
「そっちが蒔いた種だよ。ご主人サマにどうにかさせてね」
「元はといえば君が……」
「覚えてないことをどうしろって言うの?」
裕翔くんはあきれた表情になって腕を組む。カイさんは大きくため息をついた。
「……わかったよ。完全に貴方の片思いでしたよって伝えるから、あとはどうなっても知らないよ」
「みさきに手出ししようとしたら承知しないから。やるならオレとだよ」
裕翔くんは人差し指を頬に当てて、にっこりと破顔した。
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