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誠史郎ルート 1章
甘い毒 5
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保健室のデスクの上に置かれていた封筒。
難しく考えなければ、届けたのは学校の中にいる誰かだ。
だけど周りの目がおかしかったということはない。私たちの関係をみんなに報せるのが目的ではない気がする。
「みさきー!置いていくよー」
今日最後の授業は家庭科室だったので、下校前のホームルームのため教室へ戻る途中だった。
咲良たちと並んで廊下を歩いていたはずなのに、考えごとをしていたせいで置いていかれている。
「今……」
はっとして顔を上げ、みんなを追いかけようとした。視界の端で生徒ではない人影がこちらへ歩いてくるのを認識する。
「ハンカチ、落としたよ?」
すれ違いざま、その人に声をかけられる。脚立を肩にかけ作業着姿のキャップを目深にかぶった男性で、優しげな声と口調だった。
彼が手にしていたのは私のハンカチではなかった。というか、高校生の女の子が持つことはあまりなさそうな紺色と茶色のチェック柄だ。
「私のものでは……」
「知ってる。俺のだもん」
呆気にとられている私の前で、大学生くらいに見える男性はにっこりと笑っている。
背が高く、顔がとても小さい。帽子のつばに隠れていたあっさりとした目鼻立ちは整っていて、温厚で爽やかな印象を受ける。
「みさきー?」
少し離れた場所からこちらを振り返った咲良に呼ばれる。
「あ、ごめん。先に行ってて。すぐに追いつくから」
そう告げると、咲良は頷いて再び教室へ歩き始めた。その背中を確認して、目の前の男性に向き直る。
「何の……」
「放課後、ちょっと時間をくれるかな?大事な話があるから」
私が問うより早く、彼はそう切り出した。
「……大事な話?」
警戒して一歩退きながら、彼の顔を見上げる。
「そ。君と、君の彼氏の話」
青年の瞳は穏やかな色をしていた。柔らかく静かに破顔する。
「君の考えるような、悪い話ではないよ」
誰かを疑うのは良くないけれど、あの写真を誠史郎さんに届けたのは彼ではないかという疑念が湧く。
「……わかりました。どこでお待ちすれば良いですか?」
唇を結んで返答を待つ。一体何が目的なのだろう。
「そうだね……」
うーん、と頭を捻りながら彼はトラバーチン模様の天井に視線を滑らせる。ややあってぱちんと指を鳴らした。
「保健室に押し掛ける?」
勝手に決めてしまったら誠史郎さんに叱られそうだけど、一緒に話を聞いてもらえるなら心強い。
「……わかりました」
彼の笑顔を前に頷く。ひとつだけ確信したことがあった。
このひとは、たった数日前に始まったばかりの私と誠史郎さんの秘密を知っている。
膝の傷が痛むので保健室に寄ってから帰ると伝えて、みんなには先に帰ってもらった。
「失礼します」
ドアを開くと、すでに椅子に座った誠史郎さんと立っているさっきの男性が対峙していた。慌てて室内に入って扉を閉める。
「真堂さん」
誠史郎さんの端正な面がこちらに振り向く。眼鏡の向こう側の視線が鋭いのは、目の前にいる男性のせいだろう。
「早かったね」
向かい合う男性は対照的ににこやかだ。
「あ、今さらだけど、山神です。普段は大学生なんだけど、今日はアルバイトのやぎさん郵便」
「真堂です」
私も自分からは名乗っていなかったと会釈する。
「さすが、真堂家のお嬢さん。礼儀正しいんだね」
「私たちにどういったご用件ですか?」
誠史郎さんの突き刺さるような眼光に、山神さんは困ったような表情を浮かべる。宥めるように両手を軽く胸の辺りに挙げた。
「安心してください。俺たちはふたりの味方です。あの写真は一昨日偶然現場に居合わせたものだから。こんなことしてるとすぐにバレてまずいことになりますよーっていう警告です。先生と真堂さんに、ぜひ上手くいってもらいたいんですよ」
見ず知らずの方にそんなに応援される意味がわからない。先生と生徒という関係は確かに茨の道だけど、私が高校を卒業するまでの話だ。
「付き合い始めって嬉しくて、つい浮かれてしまいますもんね」
確かに軽率な行動だったけれど、余計なお世話だとも感じてしまう。
「貴方のお話というのはそれだけですか?」
「ええ」
山神さんはにこやかに頷いた。
「偶然あの場に居合わせたとして、どうしていらっしゃったのですか?私は貴方が亘理さんの関係者に思えるのですが」
「さすがですね」
誠史郎さんの推察に、山神さんはつぶらな瞳を大きく見開いた。喜んでいるように見える。
「俺は亘理さんのところのバイトなんです。あの日も、バイトでおうちにお邪魔していて」
亘理さんの会社でアルバイトをしているという言葉に嘘はなさそうだった。誠史郎さんは腕組みをしながら山神さんの話を聞いている。
「……なるほど。でしたら亘理さんは私たちに何をさせたいのかご存じですか?」
「何も。ただ、ふたりに幸せに暮らしてもらいたいだけです。それが亘理さんの願いで、目的ですよ」
ニコニコしながら話す山神さんに、誠史郎さんの切れ長の双眸が鋭く細められる。
「俺たちとおっしゃいましたが、今回のことは彼の差し金ですか?」
やはり笑顔のまま、モデルのようにすらりとした青年は首を横に振った。
「コレは俺の独断です。社長は何も知りません」
「……ずいぶんと仕事熱心なアルバイトですね。自宅に呼ばれるほどですから、さぞかし優秀なのでしょう」
「おだてても何も出ませんよ。俺はただのバイトです。家にお邪魔するのはそれがバイトの内容ってだけです。社長は本当に、ふたりに幸せになってもらいたいだけです」
「……どうして亘理さんは、隣に引っ越してきたのですか?山神さんのお仕事が亘理さんのおうちでってことと関係があるんじゃないですか?」
私が山神さんに質問していると、誠史郎さんは何かに気がついたようで口元を右手で覆った。
「……私たちの幸せ、ですか」
切れ長の双眸が皮肉を含んで微笑んでいるように見えた。
難しく考えなければ、届けたのは学校の中にいる誰かだ。
だけど周りの目がおかしかったということはない。私たちの関係をみんなに報せるのが目的ではない気がする。
「みさきー!置いていくよー」
今日最後の授業は家庭科室だったので、下校前のホームルームのため教室へ戻る途中だった。
咲良たちと並んで廊下を歩いていたはずなのに、考えごとをしていたせいで置いていかれている。
「今……」
はっとして顔を上げ、みんなを追いかけようとした。視界の端で生徒ではない人影がこちらへ歩いてくるのを認識する。
「ハンカチ、落としたよ?」
すれ違いざま、その人に声をかけられる。脚立を肩にかけ作業着姿のキャップを目深にかぶった男性で、優しげな声と口調だった。
彼が手にしていたのは私のハンカチではなかった。というか、高校生の女の子が持つことはあまりなさそうな紺色と茶色のチェック柄だ。
「私のものでは……」
「知ってる。俺のだもん」
呆気にとられている私の前で、大学生くらいに見える男性はにっこりと笑っている。
背が高く、顔がとても小さい。帽子のつばに隠れていたあっさりとした目鼻立ちは整っていて、温厚で爽やかな印象を受ける。
「みさきー?」
少し離れた場所からこちらを振り返った咲良に呼ばれる。
「あ、ごめん。先に行ってて。すぐに追いつくから」
そう告げると、咲良は頷いて再び教室へ歩き始めた。その背中を確認して、目の前の男性に向き直る。
「何の……」
「放課後、ちょっと時間をくれるかな?大事な話があるから」
私が問うより早く、彼はそう切り出した。
「……大事な話?」
警戒して一歩退きながら、彼の顔を見上げる。
「そ。君と、君の彼氏の話」
青年の瞳は穏やかな色をしていた。柔らかく静かに破顔する。
「君の考えるような、悪い話ではないよ」
誰かを疑うのは良くないけれど、あの写真を誠史郎さんに届けたのは彼ではないかという疑念が湧く。
「……わかりました。どこでお待ちすれば良いですか?」
唇を結んで返答を待つ。一体何が目的なのだろう。
「そうだね……」
うーん、と頭を捻りながら彼はトラバーチン模様の天井に視線を滑らせる。ややあってぱちんと指を鳴らした。
「保健室に押し掛ける?」
勝手に決めてしまったら誠史郎さんに叱られそうだけど、一緒に話を聞いてもらえるなら心強い。
「……わかりました」
彼の笑顔を前に頷く。ひとつだけ確信したことがあった。
このひとは、たった数日前に始まったばかりの私と誠史郎さんの秘密を知っている。
膝の傷が痛むので保健室に寄ってから帰ると伝えて、みんなには先に帰ってもらった。
「失礼します」
ドアを開くと、すでに椅子に座った誠史郎さんと立っているさっきの男性が対峙していた。慌てて室内に入って扉を閉める。
「真堂さん」
誠史郎さんの端正な面がこちらに振り向く。眼鏡の向こう側の視線が鋭いのは、目の前にいる男性のせいだろう。
「早かったね」
向かい合う男性は対照的ににこやかだ。
「あ、今さらだけど、山神です。普段は大学生なんだけど、今日はアルバイトのやぎさん郵便」
「真堂です」
私も自分からは名乗っていなかったと会釈する。
「さすが、真堂家のお嬢さん。礼儀正しいんだね」
「私たちにどういったご用件ですか?」
誠史郎さんの突き刺さるような眼光に、山神さんは困ったような表情を浮かべる。宥めるように両手を軽く胸の辺りに挙げた。
「安心してください。俺たちはふたりの味方です。あの写真は一昨日偶然現場に居合わせたものだから。こんなことしてるとすぐにバレてまずいことになりますよーっていう警告です。先生と真堂さんに、ぜひ上手くいってもらいたいんですよ」
見ず知らずの方にそんなに応援される意味がわからない。先生と生徒という関係は確かに茨の道だけど、私が高校を卒業するまでの話だ。
「付き合い始めって嬉しくて、つい浮かれてしまいますもんね」
確かに軽率な行動だったけれど、余計なお世話だとも感じてしまう。
「貴方のお話というのはそれだけですか?」
「ええ」
山神さんはにこやかに頷いた。
「偶然あの場に居合わせたとして、どうしていらっしゃったのですか?私は貴方が亘理さんの関係者に思えるのですが」
「さすがですね」
誠史郎さんの推察に、山神さんはつぶらな瞳を大きく見開いた。喜んでいるように見える。
「俺は亘理さんのところのバイトなんです。あの日も、バイトでおうちにお邪魔していて」
亘理さんの会社でアルバイトをしているという言葉に嘘はなさそうだった。誠史郎さんは腕組みをしながら山神さんの話を聞いている。
「……なるほど。でしたら亘理さんは私たちに何をさせたいのかご存じですか?」
「何も。ただ、ふたりに幸せに暮らしてもらいたいだけです。それが亘理さんの願いで、目的ですよ」
ニコニコしながら話す山神さんに、誠史郎さんの切れ長の双眸が鋭く細められる。
「俺たちとおっしゃいましたが、今回のことは彼の差し金ですか?」
やはり笑顔のまま、モデルのようにすらりとした青年は首を横に振った。
「コレは俺の独断です。社長は何も知りません」
「……ずいぶんと仕事熱心なアルバイトですね。自宅に呼ばれるほどですから、さぞかし優秀なのでしょう」
「おだてても何も出ませんよ。俺はただのバイトです。家にお邪魔するのはそれがバイトの内容ってだけです。社長は本当に、ふたりに幸せになってもらいたいだけです」
「……どうして亘理さんは、隣に引っ越してきたのですか?山神さんのお仕事が亘理さんのおうちでってことと関係があるんじゃないですか?」
私が山神さんに質問していると、誠史郎さんは何かに気がついたようで口元を右手で覆った。
「……私たちの幸せ、ですか」
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