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誠史郎ルート 1章
甘い毒 6
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「ものは言い様ですね」
誠史郎さんの口角は上がったけれど、切れ長の双眸は笑っていない。
「周ではできなかった、主と眷属の研究……。私たちで行うという訳ですか」
「んー、ちょっと違いますが、だいたい合ってます」
「研究……?」
事態が上手く飲み込めなくて、引っ掛かった言葉を反芻する。
そう言えば以前誠史郎さんから、亘理さんが大学生の時、お祖父ちゃんに研究材料になってほしいと頼みに来たと聞いたことを思い出す。
お隣に住んで研究というのは、我が家の日々の観察でもするということだろうか。そんなことをして何がわかるのか不思議だ。
「亘理さん曰く彼女は、伝説の術者、真堂周を上回る逸材だそうですから」
山神さんは私に振り向いてにっこり笑う。お祖父ちゃんより強い力なんて私にあるはずもない。見当違いだと、ぶんぶんと頭を振った。
「不愉快です」
誠史郎さんが静かに告げる。両眼には冷たい怒りが燃えていた。
「皆さんに害を及ぼしたりしませんよ。ただの隣人です」
「そういう問題ではありませんが……。雪村さんという社員が翡翠くんを捕らえていますね?」
違う角度から攻めようと、誠史郎さんは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら山神さんを見据える。
「俺、バイトなんで、自分の仕事以外のことはわかりません」
彼は爽やかな笑顔でさらりと答えた。本当に知らないのか疑問に思うけれど、そう言うのなら山神さんが答えられることを聞いてみよう。
「……バイトの内容は、私たちを監視することですか?」
「監視なんて大げさなものじゃないよ。たかだかバイトの俺の精神がさすがにもたないから」
破顔して肩をすくめる山神さんに私は閉口する。自分のハンカチを私の落とし物だと言って笑って声を掛けられるのだから、それなりに肝が据わっていると感じる。謙遜なのか、無自覚なのか、悩ましいところだ。
「だけどやっぱり、見張ってるってことですよね?」
山神さんの涼しげな口元はわずかに動いたけれど、何も言葉を発しない。
それを私は肯定と受け取った。人の出入りを見ているということだろうか。一体何の目的があるのだろう。
「亘理さんに会えるよう、とりなしてください。あなた方の目的がみさきさんだというのは、私としても黙っていられません」
「……今度会ったら聞いてみますけど、期待はしないでくださいね。俺はゼミの教授が亘理さんの友達で、その紹介でバイトしてるってだけですから」
苦笑する山神さんを誠史郎さんは腕組みをしたまま真っ直ぐ見つめる。
「あのような写真をあなたの独断で私に見せて、警告しようとは思うのでしょう?」
「それはまあ、仕事のうちと言いますか。真堂さんに平穏無事に暮らしてもらえるように配慮するのが仕事内容です」
「……山神さんにも、何らかの能力があるのですか?でなければ、あの会社の、裏の部署へいきなり入れるとは思えません」
「それは買い被りすぎです。実家が神社で、ちょっと見えるってだけですよ」
十分普通じゃなかった。山神さんは私たちのような仕事に理解があるから、アルバイトとして雇われたのかと合点がいく。
「俺に隠し事はもうないんで、失礼しますね」
最後まで爽やかな笑顔を崩すことなく、山神さんは保健室を後にした。
誠史郎さんは納得していない様子だけど彼を引き留めることはなかった。
ゆっくりとドアが閉じられると、私は緊張が解けて大きくため息をつく。そしてしゃがみこんでしまった。だけど膝を庇ったので動きが少しぎこちない。
「みさきさん。大丈夫ですか?」
傍らに屈んで私の様子を気にしてくれた好きな人に心配をかけたくなくて、へらりと笑った。
「ちょっとほっとしたんです。やっぱり学校に知られると騒ぎになってしまうでしょうから、そういうことじゃなくて良かったと思ったら力が抜けちゃって」
誠史郎さんが膝を床についたと思った次の瞬間、ぎゅっと抱き締められた。
私も床に膝を預けるしか身体を支える方法がなくて、痛みにちょっとだけ顔をしかめる。
「何があっても守ると言っておきながら、申し訳ありません」
「そ、そんな……。誠史郎さんは何も悪くないです」
いい香りのする清潔なシャツの胸の辺りに顔を埋めるような体勢になっていたので、顔を上げようとした。だけど髪を優しく撫でる大きな手がそれを許してくれない。
「少々癪ですが、彼の言うとおり浮かれていました」
いつも冷静沈着な誠史郎さんにそんな風に言われると照れてしまう。
今、彼はどんな表情をしているのだろうと声音から想像するために瞳を閉じる。おずおずと白衣の背中に手を回した。
「私もです」
そう告げた瞬間、誠史郎さんの動きが止まった気がした。
「誠史郎さん……?」
今度こそ顔がみたいと視線を上げる。誠史郎さんは少し困ったように微笑んでいた。目が合うと頬擦りをされる。
「あまり甘やかすと、要求に際限がなくなりますよ」
艶のある甘い声がいたずらっぽく耳朶をくすぐる。照れ笑いをすると、柔らかい微笑で返してくれた。
私の手を握ってゆっくり立ち上がる。私も誠史郎さんの助けを借りながら、膝を庇いつつ立って姿勢を正した。
向かい合うと、繋いでいた手の甲に誠史郎さんがそっとキスをする。
「……家までお送りします。今ならみさきさんの足を言い訳にできますし、これ以上こうしていると私の理性がもちません」
私は赤面してうつむきながらうなずいた。
誠史郎さんの口角は上がったけれど、切れ長の双眸は笑っていない。
「周ではできなかった、主と眷属の研究……。私たちで行うという訳ですか」
「んー、ちょっと違いますが、だいたい合ってます」
「研究……?」
事態が上手く飲み込めなくて、引っ掛かった言葉を反芻する。
そう言えば以前誠史郎さんから、亘理さんが大学生の時、お祖父ちゃんに研究材料になってほしいと頼みに来たと聞いたことを思い出す。
お隣に住んで研究というのは、我が家の日々の観察でもするということだろうか。そんなことをして何がわかるのか不思議だ。
「亘理さん曰く彼女は、伝説の術者、真堂周を上回る逸材だそうですから」
山神さんは私に振り向いてにっこり笑う。お祖父ちゃんより強い力なんて私にあるはずもない。見当違いだと、ぶんぶんと頭を振った。
「不愉快です」
誠史郎さんが静かに告げる。両眼には冷たい怒りが燃えていた。
「皆さんに害を及ぼしたりしませんよ。ただの隣人です」
「そういう問題ではありませんが……。雪村さんという社員が翡翠くんを捕らえていますね?」
違う角度から攻めようと、誠史郎さんは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら山神さんを見据える。
「俺、バイトなんで、自分の仕事以外のことはわかりません」
彼は爽やかな笑顔でさらりと答えた。本当に知らないのか疑問に思うけれど、そう言うのなら山神さんが答えられることを聞いてみよう。
「……バイトの内容は、私たちを監視することですか?」
「監視なんて大げさなものじゃないよ。たかだかバイトの俺の精神がさすがにもたないから」
破顔して肩をすくめる山神さんに私は閉口する。自分のハンカチを私の落とし物だと言って笑って声を掛けられるのだから、それなりに肝が据わっていると感じる。謙遜なのか、無自覚なのか、悩ましいところだ。
「だけどやっぱり、見張ってるってことですよね?」
山神さんの涼しげな口元はわずかに動いたけれど、何も言葉を発しない。
それを私は肯定と受け取った。人の出入りを見ているということだろうか。一体何の目的があるのだろう。
「亘理さんに会えるよう、とりなしてください。あなた方の目的がみさきさんだというのは、私としても黙っていられません」
「……今度会ったら聞いてみますけど、期待はしないでくださいね。俺はゼミの教授が亘理さんの友達で、その紹介でバイトしてるってだけですから」
苦笑する山神さんを誠史郎さんは腕組みをしたまま真っ直ぐ見つめる。
「あのような写真をあなたの独断で私に見せて、警告しようとは思うのでしょう?」
「それはまあ、仕事のうちと言いますか。真堂さんに平穏無事に暮らしてもらえるように配慮するのが仕事内容です」
「……山神さんにも、何らかの能力があるのですか?でなければ、あの会社の、裏の部署へいきなり入れるとは思えません」
「それは買い被りすぎです。実家が神社で、ちょっと見えるってだけですよ」
十分普通じゃなかった。山神さんは私たちのような仕事に理解があるから、アルバイトとして雇われたのかと合点がいく。
「俺に隠し事はもうないんで、失礼しますね」
最後まで爽やかな笑顔を崩すことなく、山神さんは保健室を後にした。
誠史郎さんは納得していない様子だけど彼を引き留めることはなかった。
ゆっくりとドアが閉じられると、私は緊張が解けて大きくため息をつく。そしてしゃがみこんでしまった。だけど膝を庇ったので動きが少しぎこちない。
「みさきさん。大丈夫ですか?」
傍らに屈んで私の様子を気にしてくれた好きな人に心配をかけたくなくて、へらりと笑った。
「ちょっとほっとしたんです。やっぱり学校に知られると騒ぎになってしまうでしょうから、そういうことじゃなくて良かったと思ったら力が抜けちゃって」
誠史郎さんが膝を床についたと思った次の瞬間、ぎゅっと抱き締められた。
私も床に膝を預けるしか身体を支える方法がなくて、痛みにちょっとだけ顔をしかめる。
「何があっても守ると言っておきながら、申し訳ありません」
「そ、そんな……。誠史郎さんは何も悪くないです」
いい香りのする清潔なシャツの胸の辺りに顔を埋めるような体勢になっていたので、顔を上げようとした。だけど髪を優しく撫でる大きな手がそれを許してくれない。
「少々癪ですが、彼の言うとおり浮かれていました」
いつも冷静沈着な誠史郎さんにそんな風に言われると照れてしまう。
今、彼はどんな表情をしているのだろうと声音から想像するために瞳を閉じる。おずおずと白衣の背中に手を回した。
「私もです」
そう告げた瞬間、誠史郎さんの動きが止まった気がした。
「誠史郎さん……?」
今度こそ顔がみたいと視線を上げる。誠史郎さんは少し困ったように微笑んでいた。目が合うと頬擦りをされる。
「あまり甘やかすと、要求に際限がなくなりますよ」
艶のある甘い声がいたずらっぽく耳朶をくすぐる。照れ笑いをすると、柔らかい微笑で返してくれた。
私の手を握ってゆっくり立ち上がる。私も誠史郎さんの助けを借りながら、膝を庇いつつ立って姿勢を正した。
向かい合うと、繋いでいた手の甲に誠史郎さんがそっとキスをする。
「……家までお送りします。今ならみさきさんの足を言い訳にできますし、これ以上こうしていると私の理性がもちません」
私は赤面してうつむきながらうなずいた。
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