141 / 271
第二章 マレビト
035-3
しおりを挟む
思いがけない展開で、第二王子と第二妃と伯父である侯爵の野望は阻止された。
メルとコッコは第一層に戻った。
ジャッロたちには伝わったかは分からないけど、お礼を言って、王都の花屋さんで両手で持てるだけお花を買って行った。喜んでくれた気がする。たぶん。
メルのミルクをもらって食堂に戻ると、テーブルに人が集まっているのが見えた。
ラズロさんとノエルさん、クリフさんもいる。あれ? 騎士団長にトキア様もいる……? ティール様も……?
「アシュリー、こっちに来てくれるか?」
トキア様に声をかけられたものの、手に持ったミルクをどうしようかと考えてしまう。せっかくメルからもらったのに。
「あー、今日はミルクの熱処理は良いんじゃないか?」とラズロさんが言う。
「熱処理とは何だ?」
初めて聞く声がした。
「熱処理と言うのは……」
ノエルさんが説明しようとする。
「良い」
誰かが立ちあがる音がして、みんながお辞儀をした。それで初めて、人集りの中心にいた声の主が見えた。
ほっそりした、お日様みたいにキラキラした金色の髪をした、整った顔の男の人が僕を見ていた。
光沢のある皺のない質の良さそうな服をゆったりとまとったその人は、にっこりと微笑んだ。
ラズロさんがお辞儀したまま、こっちを見て口をぱくぱくさせている。
お
う
い
おうい?
ラズロさんの口の動きばかり見ていたら、その人は僕の近くまでやって来て言った。
「僕はこの国の第一王子 セルリアン」
殿下。あぁ、だからトキア様や騎士団長がお辞儀してるんですね。
にゃーん、と僕の足元でネロが嬉しそうに鳴いた。
殿下が慣れた手付きでネロを抱き上げる。
「そなたの黒猫のお陰で、寂しさを紛らわせる事が出来た。本当に色々と世話になった」
答えた方が良いのは分かるんだけど、僕も本を読むようになって、覚えた事があるんです。
許可なく王族の方へ直接話しかけてはならないんだって。あ、どうしよう、お辞儀、忘れてた……!
どうして良いのか分からなくて困っていると、トキア様が助け舟を出してくれた。
「殿下、直答をお許しになられますか?」
納得した殿下は何度か頷いた。
「勿論。
直答を許す。そなたが平民である事も聞いている。言い回しについても気にしない」
ちらりとトキア様を見ると、トキア様が笑顔で頷いた。
腕にミルクの入った器を持ったままなので、溢さないようにお辞儀をして、名乗った。
「アシュリーといいます、殿下」
うん、と頷く殿下は、僕の持つミルクを見た。
「それを熱処理するのであろう? 僕の事は気にしなくて良いから、作業をすると良い」
……そんな訳にもいかないと思う。
「そなたが作ってくれた食事はいつも温かで、美味しい。作業を見てみたい」
ミルクに関して言えば、温めるだけです……。
『ちょうど良い。目の前で王子用のミルクを作ってやってはどうだ?』
天井に逆さまに伏せをしているマグロが言った。
『蜂ヤニも受け取ったのだろう?』
「うん」
天井から下りて来たマグロに、殿下は丁寧にお辞儀をした。
「オブディアンから話は聞いております。
初めてお目にかかります、古の魔女 パシュパフィッツェ様。僕はセルリアン・ドナーシュ。王の子です」
『いつも遠巻きに見ていたが、随分と良くなったな』
「パシュパフィッツェ様とアシュリー、多くの者達のお陰です」
マグロの目がわずかに細まる。
『アシュリーに説明してやるが良い。
王国とは無縁の少年を巻き込んだ事の、呆気ない事の顛末をな』
「はい」と殿下が頷いた。
そのまま話をしそうだったので、恐れ多いなとは思ったけど、とりあえず座ってもらう事にした。
良くなったとは言っても、立ったままは辛いと思って。
「どうぞ、おかけ下さい」
「ありがとう」
殿下がカウンターの席に腰掛けたので、僕は厨房に入った。
「なかなか、面白い視界だ。料理人の作業が見えるとは。実に興味深い。
遠慮せず作業をして見せて欲しい」
そう言って楽しそうに殿下が笑う。
仕方がないので、作業をする事にした。
メルとコッコは第一層に戻った。
ジャッロたちには伝わったかは分からないけど、お礼を言って、王都の花屋さんで両手で持てるだけお花を買って行った。喜んでくれた気がする。たぶん。
メルのミルクをもらって食堂に戻ると、テーブルに人が集まっているのが見えた。
ラズロさんとノエルさん、クリフさんもいる。あれ? 騎士団長にトキア様もいる……? ティール様も……?
「アシュリー、こっちに来てくれるか?」
トキア様に声をかけられたものの、手に持ったミルクをどうしようかと考えてしまう。せっかくメルからもらったのに。
「あー、今日はミルクの熱処理は良いんじゃないか?」とラズロさんが言う。
「熱処理とは何だ?」
初めて聞く声がした。
「熱処理と言うのは……」
ノエルさんが説明しようとする。
「良い」
誰かが立ちあがる音がして、みんながお辞儀をした。それで初めて、人集りの中心にいた声の主が見えた。
ほっそりした、お日様みたいにキラキラした金色の髪をした、整った顔の男の人が僕を見ていた。
光沢のある皺のない質の良さそうな服をゆったりとまとったその人は、にっこりと微笑んだ。
ラズロさんがお辞儀したまま、こっちを見て口をぱくぱくさせている。
お
う
い
おうい?
ラズロさんの口の動きばかり見ていたら、その人は僕の近くまでやって来て言った。
「僕はこの国の第一王子 セルリアン」
殿下。あぁ、だからトキア様や騎士団長がお辞儀してるんですね。
にゃーん、と僕の足元でネロが嬉しそうに鳴いた。
殿下が慣れた手付きでネロを抱き上げる。
「そなたの黒猫のお陰で、寂しさを紛らわせる事が出来た。本当に色々と世話になった」
答えた方が良いのは分かるんだけど、僕も本を読むようになって、覚えた事があるんです。
許可なく王族の方へ直接話しかけてはならないんだって。あ、どうしよう、お辞儀、忘れてた……!
どうして良いのか分からなくて困っていると、トキア様が助け舟を出してくれた。
「殿下、直答をお許しになられますか?」
納得した殿下は何度か頷いた。
「勿論。
直答を許す。そなたが平民である事も聞いている。言い回しについても気にしない」
ちらりとトキア様を見ると、トキア様が笑顔で頷いた。
腕にミルクの入った器を持ったままなので、溢さないようにお辞儀をして、名乗った。
「アシュリーといいます、殿下」
うん、と頷く殿下は、僕の持つミルクを見た。
「それを熱処理するのであろう? 僕の事は気にしなくて良いから、作業をすると良い」
……そんな訳にもいかないと思う。
「そなたが作ってくれた食事はいつも温かで、美味しい。作業を見てみたい」
ミルクに関して言えば、温めるだけです……。
『ちょうど良い。目の前で王子用のミルクを作ってやってはどうだ?』
天井に逆さまに伏せをしているマグロが言った。
『蜂ヤニも受け取ったのだろう?』
「うん」
天井から下りて来たマグロに、殿下は丁寧にお辞儀をした。
「オブディアンから話は聞いております。
初めてお目にかかります、古の魔女 パシュパフィッツェ様。僕はセルリアン・ドナーシュ。王の子です」
『いつも遠巻きに見ていたが、随分と良くなったな』
「パシュパフィッツェ様とアシュリー、多くの者達のお陰です」
マグロの目がわずかに細まる。
『アシュリーに説明してやるが良い。
王国とは無縁の少年を巻き込んだ事の、呆気ない事の顛末をな』
「はい」と殿下が頷いた。
そのまま話をしそうだったので、恐れ多いなとは思ったけど、とりあえず座ってもらう事にした。
良くなったとは言っても、立ったままは辛いと思って。
「どうぞ、おかけ下さい」
「ありがとう」
殿下がカウンターの席に腰掛けたので、僕は厨房に入った。
「なかなか、面白い視界だ。料理人の作業が見えるとは。実に興味深い。
遠慮せず作業をして見せて欲しい」
そう言って楽しそうに殿下が笑う。
仕方がないので、作業をする事にした。
17
あなたにおすすめの小説
ブサ猫令嬢物語 大阪のオバチャン(ウチ)が悪役令嬢やって? なんでやねん!
神無月りく
ファンタジー
旧題:ブサ猫令嬢物語~大阪のオバチャンが乙女ゲームの悪役令嬢に転生したら……~
*あらすじ*
公爵令嬢ジゼル・ハイマンは、”ブサ猫令嬢”の二つ名を持つ、乙女ゲームの悪役令嬢である。
その名の通り、ブサ猫を連想させるおデブな体と個性的な顔面の彼女は、王太子ミリアルドの婚約者として登場し、ヒロインをいじめまくって最後は断罪されて国外追放される――という悪役令嬢のテンプレキャラに転生してしまったのは、なんと”大阪のオバチャン”だった!
――大阪弁の悪役とか、完全にコントやん! 乙女ゲームの甘い空気ぶち壊しや! とんだ配役ミスやで、神さん!
神様のいたずら(?)に憤慨しつつも、断罪されないため奮闘する……までもなく、婚約者選びのお茶会にヒロイン・アーメンガート(多分転生者)が闖入し、王太子と一瞬で相思相愛になって婚約者に選ばれ、あっけなく断罪回避したどころか、いきなりエンディング感満載の展開に。
無自覚にブサ猫萌えを炸裂させ、そこかしこで飴ちゃんを配り、笑顔と人情でどんな場面も乗り越える、テンプレなようで異色な悪役令嬢物語、始めました。
*第三部終盤より一部他作品『乙女ゲームの転生ヒロインは、悪役令嬢のザマァフラグを回避したい』のキャラが登場しますが、読んでなくとも問題ありません。
*カクヨム様でも投稿しております(番外編のみアルファポリスオンリー)
*乙女ゲーム転生ですが、恋愛要素は薄いです。
*HOTランキング入りしました。応援ありがとうございます!(2021年11月21日調べ)。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい
桐山じゃろ
ファンタジー
魔王討伐を成し遂げた魔法使いのエレルは、勇者たちに裏切られて暗殺されかけるも、さくっと逃げおおせる。魔法レベル1のエレルだが、その魔法と魔力は単独で魔王を倒せるほど強力なものだったのだ。幼い頃には親に売られ、どこへ行っても「貧民出身」「魔法レベル1」と虐げられてきたエレルは、人間という生き物に嫌気が差した。「もう人間と関わるのは面倒だ」。森で一人でひっそり暮らそうとしたエレルだったが、成り行きで狐に絆され姫を助け、更には快適な生活のために行ったことが切っ掛けで、その他色々が勝手に集まってくる。その上、国がエレルのことを探し出そうとしている。果たしてエレルは思い描いた悠々自適な生活を手に入れることができるのか。※小説家になろう、カクヨムでも掲載しています
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。
その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する!
底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる