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第壱帖・白藤の情念
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『こっちで視た白藤と雪、そして少女。伝説にも出てくるキーワードと合致する点が多いわね。間違いないと思うわ、わたくしも』
母もそう思うということは、馨の推測にほぼ間違いはないのだろう。ただひとつ問題があるとすれば、茉莉が付いてくることだろう。その懸念も伝えたが、あっさりと「諦めなさい」のひと言で片付けられた。
『何度も言うようだけど、依頼人の中には強引だったり人の話を聞かないケースも多いの。こればかりは場数を踏んで、人あしらいの術を自分で身に付けるしかないわね。まぁ依頼人の守護霊を説得をして、大人しくしていて貰うっていう手もあるけれど、オススメしないわ』
「どうしてですか?」
その手があったかと喜んだのも束の間、母の難しい顔に馨は問い返さずにはいられない。己が守護する人間が、危険な目に遭うことを是とする守護霊など、いないと思うからだ。
『守護霊は基本的に見守ることが役目。その人間が危険な目にあったときに力を発揮して、己の霊力が及ぶ範囲内で助けるだけ。池園さんの守護霊は割と力の強い方だけど、婚約者を見つけるんだって息巻いている彼女を、止められるほどの力はないわね』
そんな、と馨は脱力する。いいことを聞いたと思っただけに、落胆も大きい。
『考えてもみなさいな。池園さんや新藤さんの守護霊では太刀打ちできないほどの悪霊が、今回の黒幕なのよ? だから池園家の守護霊たちも、うちに助けを求めるよう動いた。池園さんが付いていくということは、守護霊もそれを望んでいるということね。貴方にも、久遠家代々の守護霊が護っているのだから安心しなさいな。あら、お父さんがお風呂から出てきたわ。それじゃ、しっかりねー』
「ちょっと母さん、母さん!」
相変わらず一方的に念話を切られ、小萩も桔梗も姿を消してしまった。父が家に居ると父が最優先で、他のことは全て後回しになることを失念していたのは、馨の失策だ。溜息を吐きつつ、自分は女難の相でもあるのだろうかと、思わず真剣に鏡に見入ってしまった。
天気予報をチェックすると、晴れマークが出ている。出来れば午前の、陽の力が強い時間帯に白藤を見てみたい。ボストンバッグから更にセカンドバッグを取りだし、中に入っている護符や人形を確認する。
「小萩、明日は何が起こるか判らないから、頼むね」
姿を消していた式神の小萩が姿を顕し、鏡越しに頷いた。念のためにもう一体、童子の式神である鐡も呼び出しておく。鐡は狩衣姿で前髪を左右に流し首の後ろでひとつに結わえるという、典型的な平安期童子の髪型をしている。童女の姿をした小萩や桔梗と違い、童子の姿をした鐡は、いざとなれば鬼神本来の荒々しさを発揮する。五百年以上もこの世に執着している悪霊だ、童子タイプの式神は万が一の保険である。
家を嗣いだとはいえ、今回が初仕事だ。正直言って己の力が何処まで通用するのか、不安でしかない。だが、代々の当主も初仕事は皆、こうして不安とプレッシャーに押し潰されそうだったのだろう。それをはね除け、築き上げてきた信頼を損なわぬようにしてきた。あの自信に満ち溢れた母親だって、若かりし頃に祖父から家督を譲られたときは、今の自分と同じ境地だったろう。
『場数をこなすしかないのよ』
母が家督を継いだ平成初期のころは、女だからという理由で、昔は軽視されたことも多々あったという。ぐうの音も出せないほどに完璧に仕事をやり遂げてきた母は、やはり偉大なのだと改めて思う。その息子は期待外れだと後ろ指を指されぬよう、気張るしかない。隣の寝室へ移動しようとすると、小萩は部屋を出て行った。式神の動向は追えるので、彼女がどこに行ったのか思念を飛ばしてみると、茉莉の部屋の前にいた。どうやら茉莉の護衛をするらしい。鐡は傍に残り、寝室まで一緒に付いてきた。
(明日は何が起きるか、本当に判らない。少しでも身体を休めて、体力を温存しておこう)
そんなことを考えながら、馨はいつしか深い眠りに落ちていった。
母もそう思うということは、馨の推測にほぼ間違いはないのだろう。ただひとつ問題があるとすれば、茉莉が付いてくることだろう。その懸念も伝えたが、あっさりと「諦めなさい」のひと言で片付けられた。
『何度も言うようだけど、依頼人の中には強引だったり人の話を聞かないケースも多いの。こればかりは場数を踏んで、人あしらいの術を自分で身に付けるしかないわね。まぁ依頼人の守護霊を説得をして、大人しくしていて貰うっていう手もあるけれど、オススメしないわ』
「どうしてですか?」
その手があったかと喜んだのも束の間、母の難しい顔に馨は問い返さずにはいられない。己が守護する人間が、危険な目に遭うことを是とする守護霊など、いないと思うからだ。
『守護霊は基本的に見守ることが役目。その人間が危険な目にあったときに力を発揮して、己の霊力が及ぶ範囲内で助けるだけ。池園さんの守護霊は割と力の強い方だけど、婚約者を見つけるんだって息巻いている彼女を、止められるほどの力はないわね』
そんな、と馨は脱力する。いいことを聞いたと思っただけに、落胆も大きい。
『考えてもみなさいな。池園さんや新藤さんの守護霊では太刀打ちできないほどの悪霊が、今回の黒幕なのよ? だから池園家の守護霊たちも、うちに助けを求めるよう動いた。池園さんが付いていくということは、守護霊もそれを望んでいるということね。貴方にも、久遠家代々の守護霊が護っているのだから安心しなさいな。あら、お父さんがお風呂から出てきたわ。それじゃ、しっかりねー』
「ちょっと母さん、母さん!」
相変わらず一方的に念話を切られ、小萩も桔梗も姿を消してしまった。父が家に居ると父が最優先で、他のことは全て後回しになることを失念していたのは、馨の失策だ。溜息を吐きつつ、自分は女難の相でもあるのだろうかと、思わず真剣に鏡に見入ってしまった。
天気予報をチェックすると、晴れマークが出ている。出来れば午前の、陽の力が強い時間帯に白藤を見てみたい。ボストンバッグから更にセカンドバッグを取りだし、中に入っている護符や人形を確認する。
「小萩、明日は何が起こるか判らないから、頼むね」
姿を消していた式神の小萩が姿を顕し、鏡越しに頷いた。念のためにもう一体、童子の式神である鐡も呼び出しておく。鐡は狩衣姿で前髪を左右に流し首の後ろでひとつに結わえるという、典型的な平安期童子の髪型をしている。童女の姿をした小萩や桔梗と違い、童子の姿をした鐡は、いざとなれば鬼神本来の荒々しさを発揮する。五百年以上もこの世に執着している悪霊だ、童子タイプの式神は万が一の保険である。
家を嗣いだとはいえ、今回が初仕事だ。正直言って己の力が何処まで通用するのか、不安でしかない。だが、代々の当主も初仕事は皆、こうして不安とプレッシャーに押し潰されそうだったのだろう。それをはね除け、築き上げてきた信頼を損なわぬようにしてきた。あの自信に満ち溢れた母親だって、若かりし頃に祖父から家督を譲られたときは、今の自分と同じ境地だったろう。
『場数をこなすしかないのよ』
母が家督を継いだ平成初期のころは、女だからという理由で、昔は軽視されたことも多々あったという。ぐうの音も出せないほどに完璧に仕事をやり遂げてきた母は、やはり偉大なのだと改めて思う。その息子は期待外れだと後ろ指を指されぬよう、気張るしかない。隣の寝室へ移動しようとすると、小萩は部屋を出て行った。式神の動向は追えるので、彼女がどこに行ったのか思念を飛ばしてみると、茉莉の部屋の前にいた。どうやら茉莉の護衛をするらしい。鐡は傍に残り、寝室まで一緒に付いてきた。
(明日は何が起きるか、本当に判らない。少しでも身体を休めて、体力を温存しておこう)
そんなことを考えながら、馨はいつしか深い眠りに落ちていった。
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