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第壱帖・白藤の情念
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できるだけ茉莉に見付からないよう注意していたつもりだったが、彼女はロビーにしっかりと陣取っていた。置いていくのは許しませんよといわんばかりの態度に、やっぱり女難の相が出ているに違いないと内心でそっと涙を流す。
「どうしても、着いてくるおつもりですか?」
「ここまで来た以上、絶対に私も彼を見つけます。お願いです、危ないことはしませんから、どうか連れて行ってください」
危ないことをしないというなら、大人しく宿に――いや、名古屋に帰ってほしいと思うのだが、美女に見つめられて懇願されると、断れない男の哀しい性。
「判りました。そこまでおっしゃるならば同行しても構いませんが、これだけは約束してください」
できるだけ茉莉の矜持を傷つけぬよう、言葉を選ぶ。
できるだけ茉莉に見付からないよう注意していたつもりだったが、彼女はロビーにしっかりと陣取っていた。置いていくのは許しませんよといわんばかりの態度に、やっぱり女難の相が出ているに違いないと、馨は内心でそっと涙を流す。
「どうしても、着いてくるおつもりですか?」
「ここまで来た以上、絶対に私も彼を見つけます。お願いです、危ないことはしませんから、どうか連れて行ってください」
危ないことをしないというなら、大人しく宿に――いや、名古屋に帰ってほしいと思うのだが、美女に見つめられて懇願されると、断れない男の哀しい性。
「判りました。そこまでおっしゃるならば同行しても構いませんが、これだけは約束してください」
できるだけ茉莉の矜持を傷つけぬよう、言葉を選ぶ。
母が初仕事の時に女だからと侮られたように、自分は若いからという理由で信頼されないかもしれない。とにかく依頼人を好き勝手にさせないことだ。はったりでも何でもきかせてやろうじゃないかと、気合いを入れる。
「絶対に僕の言うことには従ってください。そうでなければ、冗談抜きで命の保証は出来ませんよ」
真剣な眼差しと声で伝えると、彼女も神妙な面持ちで頷いてくれた。馨はあらかじめ用意してあった、真っ白な人形を一枚取り出し何やら唱える。すると、たちまち童女の姿に変じた。小萩や母の式神である桔梗と同じく、10歳くらいの童女の姿をした式神は名を蘇芳という。その名の通り強い赤色の着物を纏い、小萩よりも切れ長の涼やかな目元が印象的な童女。式神としての力は高く童子の鐡には及ばないが、童女タイプの式神ではトップクラスの性能を持っている。
「この蘇芳を護衛として付けます。彼女が結界を張りますから、余程のことがない限りは安全だと思ってください。では行きましょうか。できるだけ午前中に、けりをつけましょう」
宿を出て、そのままタクシーで九頭竜ダム湖へと向かう。茉莉には何も感じられないが、湖に近付くにつれ馨は頭痛と肌が粟立ってくるのを覚えた。同時に姿を消していた鐡と小萩も、馨を守るように運転席の周囲で警戒する。
(これは想像以上に、強い霊力だな)
写真を霊視したときとは、比べものにならぬほどの圧迫感がある。空気が刃となって襲いかかってきているようだ。霊感のない人間を、羨ましく思う瞬間でもあった。
「鐡、小萩、結界を張れ。蘇芳、絶対に池園さんから離れるな」
命令を下すと、それぞれの式神たちは迅速に動いた。車全体に結界を張り、鐡は瞬時に武装し腰の太刀を引き抜くと構えた。小萩と蘇芳もそれぞれに武装し、小萩は長巻を、蘇芳は梓弓を構える。式神たちが臨戦態勢に入るも、霊感のない茉莉には彼らの姿が一切見えない。故に、呑気に車窓から見える風景に目を細めていた。湖畔駐車場が近付くにつれ、悪意の波動はどんどん大きくなっていく。結界を張っていても尚、伝わってくる不気味な念。普通の人間である茉莉も、ようやく異常を感じた。
「な、なんだか寒くありませんか?」
「おかしいな。エアコン、故障したのかな?」
タクシーの運転手も寒気を感じたのか、首を捻りながらエアコンを操作しようと手を伸ばす。しかし作動すらしていないことを確認した運転手は、おかしいなぁと呟きながら運転に集中する。エアコンが作動していないことを確認した茉莉は、寒さと不気味さで粟立つ両腕を抱え込んだ。彼女には見えないが、式神たちの顔は緊張で強張っている。普段は不気味なほどに無表情なのだが、こうも緊張する彼らを、使役する立場の馨ですら初めて見る。
「臨兵闘者皆陣列在前」
前後に車がないこと、また車道が真っ直ぐで見通しが良いことを確認してから、馨は素早く九字を切った。式神たちの結界に加え馨の九字のお陰で、車内を襲うおぞましい気配が緩んだ。
「どうしても、着いてくるおつもりですか?」
「ここまで来た以上、絶対に私も彼を見つけます。お願いです、危ないことはしませんから、どうか連れて行ってください」
危ないことをしないというなら、大人しく宿に――いや、名古屋に帰ってほしいと思うのだが、美女に見つめられて懇願されると、断れない男の哀しい性。
「判りました。そこまでおっしゃるならば同行しても構いませんが、これだけは約束してください」
できるだけ茉莉の矜持を傷つけぬよう、言葉を選ぶ。
できるだけ茉莉に見付からないよう注意していたつもりだったが、彼女はロビーにしっかりと陣取っていた。置いていくのは許しませんよといわんばかりの態度に、やっぱり女難の相が出ているに違いないと、馨は内心でそっと涙を流す。
「どうしても、着いてくるおつもりですか?」
「ここまで来た以上、絶対に私も彼を見つけます。お願いです、危ないことはしませんから、どうか連れて行ってください」
危ないことをしないというなら、大人しく宿に――いや、名古屋に帰ってほしいと思うのだが、美女に見つめられて懇願されると、断れない男の哀しい性。
「判りました。そこまでおっしゃるならば同行しても構いませんが、これだけは約束してください」
できるだけ茉莉の矜持を傷つけぬよう、言葉を選ぶ。
母が初仕事の時に女だからと侮られたように、自分は若いからという理由で信頼されないかもしれない。とにかく依頼人を好き勝手にさせないことだ。はったりでも何でもきかせてやろうじゃないかと、気合いを入れる。
「絶対に僕の言うことには従ってください。そうでなければ、冗談抜きで命の保証は出来ませんよ」
真剣な眼差しと声で伝えると、彼女も神妙な面持ちで頷いてくれた。馨はあらかじめ用意してあった、真っ白な人形を一枚取り出し何やら唱える。すると、たちまち童女の姿に変じた。小萩や母の式神である桔梗と同じく、10歳くらいの童女の姿をした式神は名を蘇芳という。その名の通り強い赤色の着物を纏い、小萩よりも切れ長の涼やかな目元が印象的な童女。式神としての力は高く童子の鐡には及ばないが、童女タイプの式神ではトップクラスの性能を持っている。
「この蘇芳を護衛として付けます。彼女が結界を張りますから、余程のことがない限りは安全だと思ってください。では行きましょうか。できるだけ午前中に、けりをつけましょう」
宿を出て、そのままタクシーで九頭竜ダム湖へと向かう。茉莉には何も感じられないが、湖に近付くにつれ馨は頭痛と肌が粟立ってくるのを覚えた。同時に姿を消していた鐡と小萩も、馨を守るように運転席の周囲で警戒する。
(これは想像以上に、強い霊力だな)
写真を霊視したときとは、比べものにならぬほどの圧迫感がある。空気が刃となって襲いかかってきているようだ。霊感のない人間を、羨ましく思う瞬間でもあった。
「鐡、小萩、結界を張れ。蘇芳、絶対に池園さんから離れるな」
命令を下すと、それぞれの式神たちは迅速に動いた。車全体に結界を張り、鐡は瞬時に武装し腰の太刀を引き抜くと構えた。小萩と蘇芳もそれぞれに武装し、小萩は長巻を、蘇芳は梓弓を構える。式神たちが臨戦態勢に入るも、霊感のない茉莉には彼らの姿が一切見えない。故に、呑気に車窓から見える風景に目を細めていた。湖畔駐車場が近付くにつれ、悪意の波動はどんどん大きくなっていく。結界を張っていても尚、伝わってくる不気味な念。普通の人間である茉莉も、ようやく異常を感じた。
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タクシーの運転手も寒気を感じたのか、首を捻りながらエアコンを操作しようと手を伸ばす。しかし作動すらしていないことを確認した運転手は、おかしいなぁと呟きながら運転に集中する。エアコンが作動していないことを確認した茉莉は、寒さと不気味さで粟立つ両腕を抱え込んだ。彼女には見えないが、式神たちの顔は緊張で強張っている。普段は不気味なほどに無表情なのだが、こうも緊張する彼らを、使役する立場の馨ですら初めて見る。
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前後に車がないこと、また車道が真っ直ぐで見通しが良いことを確認してから、馨は素早く九字を切った。式神たちの結界に加え馨の九字のお陰で、車内を襲うおぞましい気配が緩んだ。
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