25 / 35
第壱帖・白藤の情念
3
しおりを挟む
誰かの視線を強く感じる。しかも相当な悪意付きで。
式神たちの緊張が高まる。馨の掌にも、じんわりと嫌な汗が滲んだ。
霊感がない茉莉も、先刻から落ち着かない。
馨や式神たちには、ハッキリと見えている。ダム湖畔駐車場を覆う、真っ白な藤の花房の姿を。
幻影と判っているが、本来ならば美しいと感じるその花房たちが大きな手となって、自分たちを搦め捕り締め上げようとしている。
「池園さん、決してこの車から出てはいけませんよ」
運転手に待っていてくれるよう頼み込み、鐡と小萩の二人を連れて禍々しい気配が濃い方向へと歩を進める。車の結界蘇芳が全力で張っているので、悪しき気配は車内に入り込めない。
「臨兵闘者皆陣列在前」
再び九字を切り、魔除けをしておく。それでも肌に突き刺さってくるような怨念が、馨の精神力を削ろうと躍起になる。
「ちっ、何て強い怨念だ。鐡は前を、小萩は後ろを頼む」
馨の前後を守らせると、五鈷杵という金剛杵の一種を手に歩き出す。この五鈷杵は、槍状の刃が五本、柄の下に付いている密教の法具である。奈良時代から平安時代にかけて大陸から輸入された。退魔師として、久遠家では真言密教を浄霊に用いることが多い。宗教の自由が認められているため現代日本では様々な宗教があるが、やはり仏教が大多数を占めるのではないか。ましてや今回の悪霊は500年以上も昔のもの。御仏に関する法具や読経が有効と判断し、五鈷杵を持ってきた。
『帰れ、今すぐ帰れ。退かねば後悔することになるぞ』
地の底から響くような、不気味な声が耳からではなく脳に直接響いてくる。虚仮威しに屈していては、退魔師など出来ない。五鈷杵を一振りすると手応えが有り、白藤の花房が幾房も地面に落ちていた。怨念の強い方角を辿っていくと、見事な白藤がそこにあった。普通の人間が見れば美しいと感じるだろうが、退魔師の馨からすれば禍々しさしか感じない。思わず五鈷杵を握る手に力が入る。
と、不意に風が吹き抜けた。反射的に五鈷杵を振ると手応えがまたあり、足元に真っ白な花房が積もる。
『退けと言うたのに、聞かぬとはよほど命が惜しくないとみえる。よかろう、ならば望み通りその素っ首を捻りきってくれようぞ』
再び風が強く吹き、止んだときには一人の少女が佇んでいた。樹木の洞から姿を現したお琴は、太郎兵衛の前とは別人のように禍々しい気を纏っている。鐡が太刀を振りかざすと、金属音が響いた。
「ほう……霊的な目がうろついているとは思うたが、まさか式神使いとは。陰陽師か?」
実体を現したせいか、声が耳に届いた。
「面白い。私を滅しようというのか?」
「新藤亘さんはどこだ!」
互いに睨み合い、言いたいことだけを言う。挑発に乗らぬ事を心がけている馨は、最も気がかりなことを単刀直入に問うた。
「新藤亘?」
「お前が拐かし、隠した男性だ」
お琴の眉間に深い皺が寄る。おろしていた黒髪が風もないのになびき、再び憎悪の念が白藤を覆う。
「太郎兵衛さまは、私のものじゃ。誰にも渡さぬ、邪魔だてする者は殺す!」
次の瞬間、白藤の花房が襲いかかってきた。
蔓から離れた花房が、四方八方から弾丸のように飛んでくる。鐡や小萩が手にしている武器でたたき落とし、馨も五鈷杵で応戦しながら護符を飛ばして、お琴の注意を自分から逸らす。この白藤と一体化しているお琴を浄霊するには、目の前に具現している虚像を傷つけても意味がない。白藤自体を結界で縛り、浄化するしかない。樹木の周囲に護符を均等に置き、お琴の死角で真言を唱える。
金の光が樹木を包んだ。
「ぎゃああああっ!」
一瞬怯んだお琴の隙を逃さず、鐵と小萩が幹を斬り付けていく。同時にお琴の身体にも深い傷がついていった。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
素早く馨は、光明真言を唱える。この真言は元は大日如来の真言で、罪障を取り除き極楽浄土へ導くためのもの。結界の光がますます強くなり、光明真言曼荼羅が白藤を取り囲む。何かに亀裂が入った音が響き、幹の中から意識を失った亘が転がり出てきた。
式神たちの緊張が高まる。馨の掌にも、じんわりと嫌な汗が滲んだ。
霊感がない茉莉も、先刻から落ち着かない。
馨や式神たちには、ハッキリと見えている。ダム湖畔駐車場を覆う、真っ白な藤の花房の姿を。
幻影と判っているが、本来ならば美しいと感じるその花房たちが大きな手となって、自分たちを搦め捕り締め上げようとしている。
「池園さん、決してこの車から出てはいけませんよ」
運転手に待っていてくれるよう頼み込み、鐡と小萩の二人を連れて禍々しい気配が濃い方向へと歩を進める。車の結界蘇芳が全力で張っているので、悪しき気配は車内に入り込めない。
「臨兵闘者皆陣列在前」
再び九字を切り、魔除けをしておく。それでも肌に突き刺さってくるような怨念が、馨の精神力を削ろうと躍起になる。
「ちっ、何て強い怨念だ。鐡は前を、小萩は後ろを頼む」
馨の前後を守らせると、五鈷杵という金剛杵の一種を手に歩き出す。この五鈷杵は、槍状の刃が五本、柄の下に付いている密教の法具である。奈良時代から平安時代にかけて大陸から輸入された。退魔師として、久遠家では真言密教を浄霊に用いることが多い。宗教の自由が認められているため現代日本では様々な宗教があるが、やはり仏教が大多数を占めるのではないか。ましてや今回の悪霊は500年以上も昔のもの。御仏に関する法具や読経が有効と判断し、五鈷杵を持ってきた。
『帰れ、今すぐ帰れ。退かねば後悔することになるぞ』
地の底から響くような、不気味な声が耳からではなく脳に直接響いてくる。虚仮威しに屈していては、退魔師など出来ない。五鈷杵を一振りすると手応えが有り、白藤の花房が幾房も地面に落ちていた。怨念の強い方角を辿っていくと、見事な白藤がそこにあった。普通の人間が見れば美しいと感じるだろうが、退魔師の馨からすれば禍々しさしか感じない。思わず五鈷杵を握る手に力が入る。
と、不意に風が吹き抜けた。反射的に五鈷杵を振ると手応えがまたあり、足元に真っ白な花房が積もる。
『退けと言うたのに、聞かぬとはよほど命が惜しくないとみえる。よかろう、ならば望み通りその素っ首を捻りきってくれようぞ』
再び風が強く吹き、止んだときには一人の少女が佇んでいた。樹木の洞から姿を現したお琴は、太郎兵衛の前とは別人のように禍々しい気を纏っている。鐡が太刀を振りかざすと、金属音が響いた。
「ほう……霊的な目がうろついているとは思うたが、まさか式神使いとは。陰陽師か?」
実体を現したせいか、声が耳に届いた。
「面白い。私を滅しようというのか?」
「新藤亘さんはどこだ!」
互いに睨み合い、言いたいことだけを言う。挑発に乗らぬ事を心がけている馨は、最も気がかりなことを単刀直入に問うた。
「新藤亘?」
「お前が拐かし、隠した男性だ」
お琴の眉間に深い皺が寄る。おろしていた黒髪が風もないのになびき、再び憎悪の念が白藤を覆う。
「太郎兵衛さまは、私のものじゃ。誰にも渡さぬ、邪魔だてする者は殺す!」
次の瞬間、白藤の花房が襲いかかってきた。
蔓から離れた花房が、四方八方から弾丸のように飛んでくる。鐡や小萩が手にしている武器でたたき落とし、馨も五鈷杵で応戦しながら護符を飛ばして、お琴の注意を自分から逸らす。この白藤と一体化しているお琴を浄霊するには、目の前に具現している虚像を傷つけても意味がない。白藤自体を結界で縛り、浄化するしかない。樹木の周囲に護符を均等に置き、お琴の死角で真言を唱える。
金の光が樹木を包んだ。
「ぎゃああああっ!」
一瞬怯んだお琴の隙を逃さず、鐵と小萩が幹を斬り付けていく。同時にお琴の身体にも深い傷がついていった。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラマニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
素早く馨は、光明真言を唱える。この真言は元は大日如来の真言で、罪障を取り除き極楽浄土へ導くためのもの。結界の光がますます強くなり、光明真言曼荼羅が白藤を取り囲む。何かに亀裂が入った音が響き、幹の中から意識を失った亘が転がり出てきた。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
近づいてはならぬ、敬して去るべし
句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら……
近づいてはいけない。
敬して去るべし。
山を降りろ。
六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。
28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。
田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。
大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。
会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。
ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。
「名付け得ぬ神」。
東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。
コウイチは訪ねることにする。
道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——
雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。
不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。
あれ? 鳥の声が、まったくない。
雨が止むとき、人形は眠る
秋初夏生
ホラー
「雨の日に人が突然倒れる」という不可解な事件が、金沢で続発していた。
冥府庁調査課の神崎イサナと黒野アイリは調査の末、ひがし茶屋街に佇む老舗の人形店「蓮月堂」へ辿り着く。
そこでは“誰も作った覚えのない人形が、夜ごと少しずつ増えている”という奇妙な噂が立っていた。
病に伏す人形師・桐生誠士は、異変の真相解明を二人に託し、さらに姿を消した元弟子の人形師“斎宮”を探してほしいと願う。
増え続ける人形、曖昧に濁される証言、消えた記録。静かな雨音の下で、隠された想いが少しずつ輪郭を帯びていく。
これは、失ったものを手放せなかった人間の執念が引き起こす、じわじわと心を侵す怪異の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる