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1章

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現状が分からないカタリーナは、そのまま表情に疑問を乗せていたらしく、それをフォローしてくれたのは診察を終えた侍医だった。
「お嬢様が魔法で公爵夫人の傷を治して差し上げたのです」
カタリーナは侍医の言葉を上手くのみこめなかった。両親の顔を見ても困惑している様子が見て取れるが、取り乱す様子がない事から初めて聞いた話ではない事が伺える。
「私の魔法適正は・・・水であったと思うのですが・・・」
カタリーナの記憶だと、水魔法の適正があり、高熱を出す前は、ごくわずかだが水を生み出すことができていた。今まで魔法の性質が変わるなどの話は聞いたことはない。その上異世界からの聖女しか持ち得ないと言われている治癒魔法だ。
「何が原因かは私にも分かりませんし、この様な事は聞いたことがありません。それも聖魔法ですし、あまり大事にはせず、まずは神殿に相談されてみてはいかがでしょうか」
話の後半はカタリーナではなく、カタリーナの両親に向けられた言葉だった。その言葉に両親は表情を険しくするだけで、返事をする事はなかった。

体が上手く動かない事については、2~3日安静にしていれば良くなるだろうと言うのが医者の見立てだったため、食事を含めてひたすらベッドの上で過ごした。その間は家庭教師の出入りが禁止されただけでなく、本を読む事すら禁止された。魔力の変化について調べたいと思っていたカタリーナにとっては不満で仕方なかったが、涙ながらに話す、母の姿を見れば不満を言うことも出来なくなった。
そんなこんなで、母から丸め込まれる事早1週間。カタリーナは、医者から指示の出た安静期間がとっくに過ぎたにも関わらず相変わらずベッドの上での生活を強要されていた。引きこもり生活も我慢の限界を迎えそうな頃過、突然外出の話が出た。

この1週間父と母の2人は神殿に行くかどうかの話し合いをしていたらしい。魔法の性質が変わる事は異質であり、人に知られない方が良いと言う父の意見。父の意見は一見冷たいようにも感じるが魔法を使えなくても、それ以上特異な視線に娘をらささせたくないという優しさが含まれているのはいつもの父の言動からすぐに察することができた。
また、今回のように突然魔法が現れ体調に異常が起きてはいけないので神殿で状態を見てもらいたいと言う母の意見。
どちらの意見も納得できる部分はあるが、生涯魔法を使わないのは難しく、また今回のように無意識で発動する可能性がゼロではない為結局母の意見が採用される事になった。

母の意見が採用されてからの動きは早かった。少しでも早い方が良いだろうと心配性の母に連れられて、倒れてから1週間後の今日、教会を訪れる事になった。どうやら、1週間の安静は情報が外に漏れるのを防ぐため、と言う意味も持っていたらしい。

母から外出の話を聞くと、入口から侍女達がぞろぞろと部屋に入ってきてあっという間に準備が進んでいった。
移動の馬車の中では母からしきりに体調の心配をされたが、そう思うなら事前に外出の話しを教えて欲しかった・・・、と言うのがカタリーナの心情だ。ただ、両親が心配してくれているのは十分に理解しているのでそれを口に出す事はない。
神殿までは馬車で30分ほどの距離にある。馬車の中では不自然なほど、魔法に関する話題を口に出す事はなく、母は時折険しい顔をしていた。カタリーナは、外を見るふりをしながら自身の魔法について考えているとあっという間に神殿に着いた。


神殿に着くと多くの神官と見習いに出迎えられた。#流石_さすが__#公爵家と、カタリーナは心の中で変な喝采を贈ってみるが、もちろんそれに気づく者はいない。最初の魔力検査の際に神殿に来た事はあったが、前世の記憶を取り戻してからは初めてであり装飾の細かさに圧倒される。恥ずかしげもなくカタリーナはキョロキョロと視線を移す。もちろん母とはぐれないようにスカートの裾を掴む事は忘れていない。
母は迷いなく1人の神官を目指して歩く。母が高齢の神官に話をすると個室に通された。高齢の神官はどうやら神官長らしい。現在個室に居るのは神官長1人と、見習いと思われる少年が1人だ。
「今回の事は内密にしていただきたいため、見習いの少年にも外してもらいたいのですが・・・」
「この子は口が硬いので大丈夫です。それに今は見習いですが、特別な力を持っていて将来は神官長になる可能性のある子どもです。今後きっとお役に立つ事もあるでしょう。ぜひ、同席の許可を貰いたい」
人の良さそうな顔で笑顔で答える神官長に対して、少し表情を歪めた母は諦めた様にため息を吐いた。
同席を許された少年は、15歳前後だろうか、金髪碧眼で整った顔をしているが、気怠けだるげな表情で入り口に控えたままだ。
「先日お手紙で連絡させていただいた内容についてです。昨年熱病にかかりましたが、その後魔法を使えなくなっていました。しかし、先週突然治癒魔法を使い私の怪我を治してくれたのです。本人は無意識だったようで、無理をしたのか、その後すぐ倒れてしまいました。」
冷静に話をする母を他所に、神官長は悩ましげに手元を顎に置き髭を撫でながら話を聞いている。
「お話しだけ聞くと正直信じられないと言うのが私の見解ですな。魔法の性質が変わることももちろんですが、異世界からの聖女以外が治癒魔法を使うと言うのも異例の事ですからな」
ゆったりとした口調で話す神官長は髪も髭も白く高齢であることが窺える。神官長はカタリーナと目が合うと目尻にシワを寄せて笑みを浮かべた。思わずつられたカタリーナも笑顔になる。カタリーナに目線が合うようにしゃがんだ神官長はそのままカタリーナに声をかける。
「治癒魔法を使われたのは、その一回だけかな?」
「はい。でも、私どうやったのか記憶がなくて・・・」
急に声をかけられたため、しどろもどろになりながらカタリーナは答えるが、それで十分と言うように神官長は笑顔で頷いている。
立ち上がった神官長はまた、母の方に視線を移す。
「であれば、再度魔力検査を行うしかないでしょう。もし、お話が本当で聖魔法の適正があるのであれば、魔法をコントロールする方法について神殿の方でもアドバイスさせていただきます。」
異世界からの聖女は例にもれず、王族との婚礼までの期間は神殿預かりとなっている。これは、聖女の後継人となった貴族が力を持つのを抑えるためだ。聖女は、神殿預かりの期間で魔力の制御方法と、この世界での常識を学ぶことになる。聖魔法については、異世界からの聖女しか持ち得ないもののため、一般に公開されている事項は少ない。もし、適正があって学ぶ必要があれば神殿ほどふさわしい場所はないだろう。
「ですが、魔力検査を行うには大聖堂に移動しなくてはいけないかと。そこは人払いを行うこともできませんし、魔力検査の結果は全て国王への報告書類となりますよね。」
両親の心配はそこだった。聖魔法が使えることが国に知られる事で政治的な問題にカタリーナが巻き込まれるのを避けたかったようだ。公爵家であることから、ある程度は仕方ないが聖魔法となれば王家が動く可能性が高くなり、そうすればいくら公爵家であっても断る事は難しい。現在同年代の王族がいない事も、今後の予測ができず不安に拍車をかけている。
「それほど心配されると言う事は、公爵夫人は本当にお嬢様が聖魔法の適応者だと信じていらっしゃるようだ。」
笑いながら話す様子の神官長を軽く睨む母。
「おっと、これは失言でしたな。まぁ、ファビウス公爵家であれば、こんな狂言など行い周囲の関心を買う必要などないのだから、事実には変わらないのでしょうな。ただ、聖魔法としての確証が得られなければ魔力制御の方法についてもお教えする事はできません。これは機密の一つですからな。」
話前半は穏やかに笑いながら、後半は笑みを消して話す神官長。神官長の笑みが消えると空気が冷える。その空気の変化に思わずカタリーナは身を強張らせ、母は小さくため息をついた。
「わかりました。それでは、魔力検査をお願いします。」
これ以上の交渉は難しいと考えた母は、魔力検査を依頼した。
すると、先ほどまでの空気は一変し、また笑顔になる神官長。
「それでは、ご案内いたします。」
神官長の後に続きカタリーナと母は歩き始める。一番後ろからは見習いの神官が付いてくる。
そうして、魔力検査を行うべく大聖堂へと移動をはじめるのだった。
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