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1章

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時間が経つのは早いもので今日でエヴァトリスが辺境に向かって2ヶ月を超えることになる。寂しくなかったといえば嘘になるが、それでもエヴァトリスからの手紙がカタリーナの気持ちを暖かくしていた。時間が空くと、無意識に自室でエヴァトリスからの手紙を眺めることが多くなった。
だが、今日は朝からコルセットをこれでもかと閉められ、着飾られている。これから王妃とのお茶会があるのだ。王妃は息子であるエヴァトリスの不在が思ったよりも寂しいらしく、気分転換にと誘われたのだ。カタリーナとしても寂しく思っており、王妃とのお茶会は楽しみであった。王宮に着くと庭を見渡すことができる応接室に通された。季節が変わり始めており、花達は終わりを告げ、木々の紅葉が始まっている。日が出ていないと肌寒さも感じるため、本日は室内でのお茶会のようだ。椅子に腰掛け庭を眺めていると、すぐに王妃が入室してきた。
「急にごめんなさい。あんな息子でもいないと、寂しいものなのね。3ヶ月くらいなんてないと思ったのに」
王妃様の顔は寂しそうだった。
「そうですね。お手紙はくださいますけどやっぱり会えないと違いますよね。私もこれほど殿下と距離があるのは始めてで・・・」
エステルは思わず視線を下げてしまった。
「そうなのよ、向こうに着いたって手紙は来たのにそれ以外は国王宛に『〇〇が必要だから△△して』みたいな義務連絡ばかりなのよ。少しは体調がどうとか、新しい発見があったとか、日常が知りたいのに」
口調が砕けて、頬を膨らませて話す王妃はとても可愛らしい。
「手紙もよこさないような婚約者なんてカタリーナだって嫌よね?」
寂しいのもあるようだが、どうやら本題は愚痴こぼしだったらしい。1~2週間に一度は手紙をもらっている身としては何ともいえなため、少し困った表情になったらしくそれを王妃は見逃さなかった。
「えっ!もしかしてカタリーナのところには手紙届いているの?」
カタリーナが口を挟む暇もなく、一人話し続ける王妃にどのタイミングで返答してよいのかわからなくなっていると、
「ねぇ、どうなの?」
と王妃は、机を挟んで向かい合わせに座っていた体を身を乗り出す様にして、返答を促してくる。
「はい。時々ではありますが、お手紙をいただいています。」
カタリーナの言葉に王妃は嬉しそうに
「まぁ、私には何もくれないのに。やっぱり好きな子には送っていたのね」
カタリーナは王妃の言葉に顔が赤くなったが、それを見た王妃はさらに頬を緩める。
「ありがとう。あの子の気持ちに向き合ってくれているのね。長い片思いで恋心が熟成しちゃって大変だとおもうけどこれからもよろしくね。」
「いえ、こちらこそ殿下にお手を煩わせてしまっているみたいで申し訳ありませんがよろしくお願いします」
恥ずかしくなり思わず視線を下げてしまったが、下げる直前に王妃の嬉しそうな顔が目に入る。
「あなたが待っていてくれるならエヴァトリスは頑張れるわ」
カタリーナ自身も王妃に認めてもらえている気持ちになり嬉しくなるのだった。

王妃とのお茶会から戻るとエヴァトリスからの手紙が届いていた。いつものように手紙の封蝋を撫でた後にペーパーナイフで丁寧に開封する。手紙の中の見慣れたエヴァトリスの文字に思わず頬が緩む。手紙には現在の状況から始まり、今後の政策やこれ以降の長雨対策など、見た事・学んだ事・感じた事が書かれている。こんな状況ではあるが、カタリーナは知らない土地を知ることが楽しくて仕方なかった。「自分ならこのようにしたい」など意見を伝えると、それに対するエヴァトリスの考えが返ってくる。意見の交換をしていると、『二度とこのような被害を起こさないように』という思いが強くなる。次第に婚姻後はこのように政策を話し合ったりするのかと思うと、結婚が楽しみになるのだった。手紙を読み進めていくとある一文で目が止まった。『復興にはまだ時間がかかる。元々3ヶ月で王都に戻る予定であったが、ある程度目処が経つまで・・・あと、3ヶ月程予定を延長したい』と書かれていた。カタリーナにとってエヴァトリスの居ない2ヶ月は非常に長かった。この視察の直前までが頻回に会い・言葉を交わしていたから余計だろう。少し前に3ヶ月話しをしない事があったが、その時はどうやって過ごしていたのか思い出せない。カタリーナが分かるのは、今ほど苦しくなかったということだけだった。だが、それはカタリーナの感情の問題であって、最後まで責任を持つことは良いことだ。カタリーナ自身も現場の話を聞くことで成長も可能だろう。気持ちを切り替えるためにその日は早く休み、翌日応援する旨の手紙を書いて送るのだった。

カタリーナは手紙のやり取りの合間に神殿に行ったり、孤児院の慰問を行ったり、時々王妃とのお茶を楽しみながら過ごした。早いのか、遅いのか、気づくとエヴァトリスが視察に行ってから6ヶ月が経とうとしていた。王妃は会うごとにいつ帰ってくるのか心配する様子と我が子の成長を楽しむ親の顔を交互に見せていた。カタリーナもエヴァトリスの帰りを心待ちにしており、そのことを話すと王妃からはとても嬉しそうに微笑まれていた。

だが、そんな中届いたのは期待を裏切る手紙だった。いつも通り百合の封蝋がしてある手紙を楽しそうに読み始めるカタリーナ。手紙はいつも通りの書き出しから始まり、現在の辺境の状況が記されていた。だいぶ復興が進んでいるようでカタリーナはうれしくなった。だが、途中の一文で目が止まる。「あと、2ヶ月この地で学びたい」復興も終わりを迎えようとしている中何があったのかわからない。カタリーナに分かるのは、エヴァトリスがしばらく帰ってこないということだけだった。その文字を見つめていると、手紙に雫がポタポタと落ち始めることに気がついた。慌てて手紙を抑え、はっと目元をこするとそこに触れたのは涙だった。気づかないうちに涙が流れていたらしい。手の甲でゴシゴシと顔をこする。最後の文面にはいつも通りの「愛してる」の一言が添えてあったが、それは頭に入ってこなかった。
その日、カタリーナは夕食も取らずに休んだ。
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