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1章

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無心で歩き続けたためか、気付くと食事の広間についていた。過去に何度か訪れ国王夫婦とも食事を交わしたことのあるカタリーナは食事についてはそれほど緊張はしていなかった。むしろこの羞恥プレイに終わりを告げることを嬉しく思っていたくらいだ。
エヴァトリスは部屋の前で待機していた護衛に声をかけ中に入る。中では既に王妃が席についておりカタリーナは待たせてしまったことを申し訳なく感じているが、エヴァトリスには全くその様子がない。
「母上との約束さえなければもう少し二人でゆっくりできたのに。」
エヴァトリスより先に口を開くわけにはいかなかったカタリーナであったが、第一声が恨み言であり一瞬驚きの表情を浮かべたがすぐに表情を元に戻す。
「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。」
先ほどのエヴァトリスの発言がなかったかのようにカタリーナが声を発すると、王妃はクスクスと笑い始める。童顔の王妃にその笑い方は非常に似合っており、ピンクゴールドの髪も相待って20代半ばの女性にしか見えない。隣に立った場合、もしかするとカタリーナの方が年上に見える可能性も否定できない。
「今日は無理を言ってごめんなさいね。二人が仲良く散歩をしている話を侍女達から聞いて嬉しくなったわ。」
「そう思うなら、今日の母上の約束はキャンセルしてくれてもよかっ・・・」
恨み言のような失言の続くエヴァトリスの言葉を遮って腕を強めに引く。どこに蛇がいるかわからないのだから、不用意に藪を突かず返事をしてもらいものだと、カタリーナは少し恨みがましい視線をエヴァトリスに向けた。
そのやりとりを見ていたのはもちろん王妃であり、クスクスと楽しそうに笑い続けているばかりだった。
「お話の続きは食事を始めてからにしましょうか。」
王妃のその言葉を皮切りに給仕係が動き始める。席のエスコートを行うものと、テーブルの上を整える者、そして給仕係達。何人もの人が一斉に動き始めた状態にも関わらず一人一人の動きはとても優雅である。その洗練された動きにさすがは王宮勤めだと心の中で賛辞を送った。
わずかな時間で前菜が運ばれてくるところまでの準備が整いいよいよ食事開始だ。

食事中は最近のドレスの流行やおすすめのお菓子やお茶などたわいのないものがほとんどで、食事もスムーズに進んでいく。最後のデザートを食べる頃には今日カタリーナ達が訪れた温室の話なども出た。
「実はね、温室の向こうにもまだ小さな庭園があるのよ。そこは小さな池と自然の草花を簡単に手入れしただけの素朴な場所なんだけれど、私は時々行くの。」
カタリーナは初めて聞く話に少し驚く。新たな庭園の場所を知ったからではない、華美に飾られることの多い王宮できるだけ自然な状態を保とうとしている場所があるということについてだ。
「そこは何か特別な場所なのでしょうか?」
疑問が自然とカタリーナの口から紡がれる。それに対してエヴァトリスは少し困った顔をし、王妃は考えるような仕草を取っている。
「う~ん・・・、私はあまり信じてはいないんだけど・・・過去に異世界からの聖女が現れたって伝説があるの。一部の王族と神殿関係者しか知らないことだけど、カタリーナちゃんは神殿で何か聞いたことある?」
カタリーナは思わず思いっきり首を横に振ることで否定をする。明らかに一般には公開されていない情報である。
「私と結婚すれば知ることになる情報だし、少し早まったと思えばいいよ。」
特に気にした様子もなくエヴァトリスは話始めるが、カタリーナとしては王国の機密情報を知ってしまったことに表情を固くする。
「あっ、気にしなくて良いの。本当ならばカタリーナちゃんが15歳になった時に話すはずの内容だから。」
王妃の言葉にカタリーナは首をかしげる。15歳という年齢と王国の機密情報と何の関係があるかわからないからだ。
「何年後かはわからないけれど、最後の聖女が15歳で現れるっていう予言?みたいなものがあるらしいの。それは神殿に文章が保管されているらしくて・・・ただ、読める人も限られている文章だからはっきりしたことはわからないけれど。それの確証を得るためにもエステルちゃんが15歳の時に一度奥の庭園に案内しようって話が一部の人の間でされていたのよ。」
本人そっちのけで、随分と大それた話が進んでいたらしいエステルは背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
「でも、あの頃は正式に婚約したばかりだったでしょ?あの時のカタリーナちゃんの気持ちを考えるとこれ以上この国に振り回させるわけにもいかないと思っちゃったの。まぁ、神殿の方は何か言っていたけれど、でもカタリーナちゃんはこの国の人であり異世界人ではないわ。それに聖女としての力が使えるようになったのももっと幼い時だし、普通に考えたら当てはまらないわよね。」
少女のようにクスクスと笑う王妃に対してカタリーナは微妙な表情を返すしかない。前世の記憶をもつカタリーナが完全にこの国の人なのか異世界の人なのか判断が怪しいと思ったからだ。そして、予言が書かれた本にカタリーナは心当たりがあった。あの聖女の部屋にあった日記である。聖女の部屋は限られた人にから知られていない場所であり、日記も日本語で書かれていたためこの国の人間には読むことはできない。あの日記の中に聖女の予言に関するものがあるかもしれないと思うと気になって仕方がない。カタリーナは元々は探究心が高いのだ。
「色々とお気遣いいただきありがとうございます。」
どう返すことが正解かわからないカタリーナは国王夫婦の気遣いに感謝を伝えた。
「神殿からの許可はあの話し合いの時点で下りているから、もし気になるなら見に言ってもいいわよ。ただ、特別な場所の扱いにはなっているから、事前に申請は必要だけれど。もし見に行きたい時はエヴァトリスに声をかけてね。」
王妃の声は相変わらず楽しそうであり、とても軽い。
「何から何までありがとうございます。それで・・・どうして急にこの事をお話しくださったのですか?」
今まで差し障りのない話をしていた所からの急に王国の機密情報。それも食事の終了間際でありこのことを話すために呼ばれたのは間違い無いだろう。
「最近のカタリーナちゃんの様子を見ていて、王妃になる気になってくれたのかと思って。ほら、そんな気もない時にこういう話をして逃げ道を塞ぐようなことをするのは同じ女性として申し訳ないと思っていたから。」
楽しそうな王妃の声にカタリーナは赤面する。それほど自身の言動があからさまだったのかと恥ずかしくなる。
「その・・・、はい。」
何と返事をして良いかわからないエステルは曖昧な返事しかできない。
「あー、もう。そうやってすぐに可愛い顔をするんだから。」
今まで静観していたはずのエヴァトリスはいつの間にかエステルの側まで歩いた。そして、エヴァトリスは椅子に座ったままのカタリーナを後から抱きしめたのだった。
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